第4話3 名付けて、〝教えてミカちゃん〟だ!

「このアプリは?」


 画面に映る〝直してミカちゃん〟に似たアイコンを見つめながら、正人は問うた。すると紙鳴先生はドヤ顔で答える。


「名付けて、〝教えてミカちゃん〟だ!」


「相変わらずなネーミングセンスだな……」


「は? 超チャーミングでプリチーな教師らしい名前だろーが。いいから起動してみろ」


 言われたとおりアイコンをタップしてみる。すると何やら空欄ばかりのマス目の表が表示された。横は四マスある。しかし縦マス数については指で十秒ほどかなりのスピードで画面をスライドしたが、一向に最終行に到達する気配がなく、途中で諦めて先頭行に戻ったほど長かった。恐らくかなり膨大な情報量を並べるリストなのだろうが、少なくとも途中まで見た限りでは、現状すべての項目に何も書かれていない。それぞれの一番上横四マスには左から〝名前〟〝性別〟〝生年月日〟〝顔画像〟と書かれている。


「何かのリストか?」


「これには二つの便利な機能があってだな。まず一つは……〝存在制御バグ〟で消されたヤツが誰なのかを教えてくれる機能だ。消された瞬間、そいつの情報がこのリストに掲載されるワケよ」


「消えた人が……?」


「今は誰消えてねえから、何もねえけどな。これがあればいちいちバグが使われたかどうかをオレに訊く必要はねえし、誰が被害に遭ったかもわかるだろ?」


「確かに……」


「そして二つ目! リストの右上に『マップ』ってボタンがあるだろ? 押してみ」


 言われたとおりの箇所に正人が目をやると、確かに『マップ』と書かれたボタンが設置されていた。そのままそこをタップしてみると――、


「ん?」


 どう見ても某大手検索エンジンの会社の提供する地図アプリが、そのまま画面いっぱいに広がった。


「またパク……」


「オマージュ!」


 どうやら彼女的にこだわるところらしい。物は言いようである。


「ちなみにこれは当然ただのマップじゃねえ。全人類の位置情報を、現在進行形で教えてくれる機能付きだ!」


「全人類!? そりゃまたすごい機能だな……」


 オーバーテクノロジーも甚だしいが。


「地図を見ると、赤い点があちこちにあるだろ? それが人だ。まあ、さすがに現状無関係なヤツの個人情報が見えるのはアレだし、その赤い点がどこのどいつとかまではわかんねえけどな」


 地図は現在自分が立っている場所を中心に、およそ半径百メートル前後の範囲が表示されている。かなり拡大されていて、自分周辺の建物の形状まではっきり把握できた。建物の内外あちこちに赤い点が表示されており、よく見るとそれぞれが動き回っている。この点一つ一つが各々リアルタイムで日常を送っている生身の人間の居場所なのだ。まさか彼らは自分の居場所が今垣間見られているとは思うまい。


「もっとも縮小すると、世界地図になって世界中の人間の位置情報がわかるぜ」


 世界地図にまで縮小すると、世界各地に赤い点が表示されている。さすが七十億も表示しているからか、点同士が重なり合ってほぼ地形に沿ってベタ塗りのようになっている。特に各国の都市など、人が密集しているところはその傾向が強い。


 ちなみにこのマップの右上には『リスト』と書かれたボタンがあり、それをタップするとさっきのリストの画面に戻った。


「確かにどっちも便利な機能だ……」


 ふざけたネーミングセンスにパクリ上等な見た目だが、機能としては申し分ない。

 これらの機能の内容を一通り教えられた正人は、さっき先生が言っていた〝捕まえることはそう難しくない〟の意味に行き着く。


「……なるほど、確かにこれがあれば〝そう難しくない〟な。もし〝バグ持ち〟が全人類を消さず何人か消しただけなら、リストを見て誰が消されたかを把握し、皆元のときのようになぜ消されたかを洗って〝バグ持ち〟が誰かを推理できる。一方で地図アプリはこのままだとたいして役に立たないが、〝人類消失現象〟を起こされたら俺とそいつしか位置情報が表示されないから、一気に捜しやすくなる」


「いい理解だぜ。オレの権限内でできる最大限のバックアップってヤツだ。〝バグ持ち〟捜索をがんばる可愛い生徒に、教師のオレからプレゼントよ」


「そういえば先生って、確かに一応〝先生〟だったもんな」


 〝先生〟と呼んでいるが、自分の中ではいつの間にかただの呼称というイメージになっていた。


「一応ってなんだよ、一応って!」


 不機嫌そうに吊り目がちな目つきで睨みつけてきた。


「……でもこれで、手がかりがねえ~って焦る必要はなくなったろ?」


 それは紛れもない事実。ようやくスタート地点から一歩踏み出せそうな状態にはなれたような気がした。


「ああ、ありがとう先生」


「あ、でも、捕まえたら説得はてめぇがちゃんとやれよな?」


「う……」


 光明を見出した一方で、その陰に隠れてしまっていた部分である。一番ネックな問題であるだけに、意図的に一旦考えているのをやめていたのだ。正直第一の〝バグ持ち〟は皆元だったから良かったものの、第二のほうは正体がわからない以上、どう転ぶかわからない。そもそも交渉や説得ごとなんて、自分にできるだろうか。少なくともこの人生においてそれらでこれぞという実績らしい実績はない。


「ま、どちらにしろ、今オレらにできることは特にねえ。向こうの動き待ちってとこだな。焦ってもしょーがねえし、余裕かましてどっしり構えてよーぜ?」


 と、他人事のように言う。まあ、実際半分くらいはそうなのだが。しかし言っていること自体に間違いはない。今考えてもこの不安が解決することはないだろうし、むしろこういうのは考えれば考えるだけ不安が増す類のものである。〝バグ持ち〟が誰かわかってから、考える他あるまい。


「……そうだな」


「というわけで、赤土。明日、予定空いてっか?」


 突然の話題の転換。


「へ?」


 向こうの出方を待つという方針になった以上、正人的には特にいつもどおり翠華の家に行く以外の予定はなかった。


「まあ、空いてるけど……」


「んじゃ、明日十二時に古枝駅前の噴水広場な!」


「いや、何のことだよ……」


 突然時間と場所を言われても、正人に思い当たる節はない。


「へへ、まだ完全解決ってわけじゃねーが、がんばって第一の〝バグ持ち〟捕まえたろ? それを労ってやろうって話よ。飯でも奢ってやるぜ?」


「えっ、先生が……?」


「……なんだよ、不満か?」


「いや、てっきり休日とか、ゲームで埋めることばかり考えてそうなイメージあったから……」


「てめぇ、オレを何だと思ってんだよ……」


「ゲーム廃人」


「殴るぞ」


「体罰だ」


 というより、その体躯だと仮に殴られても痛くないだろう。


(いや、でも一応神様だしな……)


 突然町の上空の幻を見せちゃう力を持っているのだから、本気で殴ったら何百メートルも吹っ飛ぶような身体能力も持っているかもしれない。


「ったく、教師に面と向かって悪口とは、不良生徒め」


 とぼやきながら、勢いをつけてピョンとベンチから立ち上がった。


「……そんで、どーするよ?」


「奢ってくれるというやら、遠慮なく乗らせてもらうよ」


 奢るという厚意自体を蹴る理由はない。


 すると彼女は明日が楽しみと言わんばかりに、奢られる側よりも期待に溢れた笑顔を浮かべる。


「にしし、そーこなくちゃな! 明日、忘れんなよ?」


「ああ」


 そのときふと正人は思う。


(そういや、これって皆元理論で言えば、〝デート〟になるのか?)


 以前彼女は翠華と二人で遊びに行ったことをデートだと言った。もし二人きりで異性とプライベートを過ごすことが条件なら、これはまさに〝デート〟である。


「……」


 翠華に対して、少し罪悪感めいたものが芽生えるのだった。


 といっても、社会的には生徒と教師という間柄だし、名目も〝労い〟とはっきりしているわけで、皆元理論といえどもこれはデートとは呼べないだろう。


(相手は紙鳴先生だし、ノーカンだな)


 ――しかし、このときの正人はわかっていなかった。彼自身はそう思っていても、第三者から見れば必ずしもそうではないことに。


 それから次の言葉で先生は、「よし、今日の話は以上!」と手締めのようにパンと一回手を叩く。かくして、第一の〝バグ持ち〟の報告会は、これにてお開きとなったのだった。



     ×    ×    ×



 翌日の日曜日。古枝駅前の噴水広場に、正人はやってきた。一応相手は年上かつ教師なので、遅れてしまっては失礼になると、待ち合わせ時間の五分前に到着。


 すると、


「先生?」


「おう、来たか!」


 噴水広場のほうから手を振る小さな影。

 紙鳴先生だ。


 意外にも五分前到着した正人より、彼女のほうが早く到着して待っていた。てっきり待ち合わせ時間になってから、〝すまん、遅れる〟という連絡がくるものだろうと覚悟していたので意表を突かれた気分だ。


「早いな」


「ちょっと時間計算ミスって、三十分前に着いちまったんだ」


「三十分? かなり待たせてしまったみたいだな……悪い」


 さすがにそれだけ待たせてしまうと、少し申し訳なく思う。


「気にすることはねーよ。オレが勝手に早く着きすぎてしまっただけだ」


 そう言う彼女の今日の服装は、やはりジャージでもレディーススーツでもなかった。グレーのボーダー柄のカットソーに、デニムショートパンツ。上からは前を開けたガウンワンピースを羽織っており、靴は白のスニーカー。昨日のものともまた違う方向性だ。


「なんつーか、先生……」


「な、なんだよっ」


 昨日のように思わずジロジロ見つめてしまった。先生は少し恥ずかしそうに頬を赤く染め、ぷいっと目を逸らしている。


「いや、その……昨日も思ったけど、ジャージやスーツ以外も似合ってるなって」


「なっ……!」


 翠華がこういう服装をしたところを、少し見てみたいと正人は思った。きっと似合うだろうと思う。


「へ、変なこと言うんじゃねーよ。ほら、とっとと行くぞ!」


 きっと先生は自分のことに関して、褒められ慣れていないのだろう。照れ臭いのか、こちらに背を向けて先に歩き出してしまった。それを正人は小さく笑ってついていく。

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