第4話2 先生、今のって……

 やってきた公園はちょうど人気もなく、おまけに周囲の道も人や車の往来が少ない。話し込むには都合が良かった。


 住宅街の一角にあるこの公園は、〝天地公園〟なんて偉そうな名前ではあるが、まるで余ったスペースの使い道に、とりあえず無難な公園カテゴリーを選んでみたと言わんばかりの小規模なものだ。小さな滑り台一つとベンチ一つが置かれているだけである。


 正人はベンチに一人座ると、さっそく口を開いた。


「この件も把握してるか?」


 それは皆元のバグを解決する中で発覚した新事実。


「皆元は、〝人類消失現象〟のほうには関わってなかった」


「……らしいな」


 紙鳴先生はいつの間にか滑り台の梯子を登って踊り場に立っており、そう一言答えると滑り面をすらーっと滑っていった。


 〝直してミカちゃん〟の使用を掴んでいたように、やはりこちらも気づいていたようだ。


 そう、皆元が消したのは、翠華と来栖の二人だけなのだ。彼女が言うには、自分にはすべての人類を消せるほどの力はなかったらしい。


 それを聞いて、そのとき正人はあることをふと思い出し、気がついたのだ。

 初めて〝人類消失現象〟に遭ったとき、〝人類が消えた以外に何も改変がなかった〟ことに。


 当時はバグ云々なんて知識はなかった上に状況に混乱していたから気づくことはなかったが、今思えば〝おかしい〟状態だった。皆元の使ったバグは存在が〝最初からなかった〟ことになるという、その人が存在した痕跡ごと消してしまうものである。具体例を挙げると、来栖の場合は出席簿から名前が消えていたし、翠華の場合は部屋が空っぽだったり、大友さんとの過去の出会いの理由が曖昧になっていた。消えた本人に関連した部分まで影響を与えるのだ。


 一方で〝人類消失現象〟にはそれが起こらなかった。同じ〝存在制御バグ〟とするなら、人類すべてを消した場合、人類が築いた――現存する人類が創り上げた文明の産物も影響を受けているはずなのだ。例えばあちこちの建造物が旧時代のものに変化していたり、パソコンやスマートフォンといった昨今のハイテクアイテムが消滅していたり。


 でもそうではなかった。来栖や翠華が消えたときと違い、人類が一気に消えたときは〝それだけ〟だった。単純に人類が消えただけで、その余波はなかったのだ。


 つまり皆元の使っていた〝存在制御バグ〟と、〝人類消失現象〟を起こした〝存在制御バグ〟は似てはいるが、別物だった。


「〝バグ持ち〟は少なくとも、もう一人いる……ってこった」


 そう言いながら、先生は正人の隣にやってきて腰を下ろした。


 それも皆元に発生していたものよりも、人類すべてを一気に消せるほどの強力なバグだ。しかも〝存在制御バグ〟の対象が人類すべてということから、〝来栖に消えてほしいと思う人間〟といった絞り込み条件が皆無で容疑者がとんでもなく多い。つまり皆元のとき以上にノーヒント。この世から全人類を消したいと本気で考える人間自体はさほど多くないかもしれないけど、それでもこの世すべての人類の中からと考えると億単位でいても不思議ではない。絞るだけでも時間がかかるのは目に見えている。


「なあ、確か先生ってバグが使われたら、それを感知可能なんだよな。今ってどうなんだ?」


 つまりすでに第二の〝バグ持ち〟によって、〝存在制御バグ〟が使われたのかどうかという確認である。

 人類すべては消えてないけど、気づいてないところで知らない赤の他人が一人二人消されていても不思議ではない。


「それなら安心しろ、今のとこは大丈夫だ」


 それを聞いてほっとする。しかしこの安堵にあまり意味はない。いつバグが使われてもおかしくはないのだから。


「できれば、使われる前に捕まえられたらいいんだけどな。説得とかしなくて済むし。って言っても、〝バグ持ち〟の手がかりゼロだから難しいだろうけど」


 もうすでに犯人がわかっていて、あとは捕まえるだけという話なら別だが、現状スタート地点から一歩も前に踏み出せていない。やはりバグは使われてしまうことを前提に、動くしかないのだろう。


「逆に説得前提なら、〝バグ持ち〟を捕まえることはそう難しくないぜ?」


 何か企むようにニヤリと笑ってみせる先生。


「それはどういう……」


「ほら、ちょっとスマホを貸してみな」


「え?」


 とりあえずスマートフォンを出した正人は、そのまま頭の上にはてなマークを浮かべつつ先生に手渡した。意図を読み取れないが、彼女がこちらのスマートフォンを求める理由といえば、〝直してミカちゃん〟だろうか。これで一体何をするのだろう。


「〝直してミカちゃん〟で、どうするんだ?」


「そっちじゃねーよ」


 そう言った直後、


 バチッバチッ!


「うわっ!?」


 突如スマートフォンに青白い稲妻のような光が小さく走り、正人はいつかのときと同じく驚きの声を上げた。すぐにも光は収まっていく。


「先生、今のって……」


 その現象は以前、〝直してミカちゃん〟のアプリをスマートフォン内に入れてもらったときに見たものだ。正人は紙鳴先生からスマートフォンを返され、中を見てみると、〝直してミカちゃん〟の隣に、彼女を模したドット絵の見知らぬアイコンがもう一つ並んでいた。そのデザインをよく見ると、今日の服装と同じくポーラーハットを被っている。


 そう、彼女によって新しくアプリがインストールされたのだった。

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