第3話4 その幼馴染さんも恋人冥利に尽きますね
二人は純喫茶べレシートをあとにして、駅前の噴水広場まで戻ってきていた。今日は相談に乗ってもらったお礼にと正人はコーヒーをご馳走しようと思ったが、〝こういうのはしっかりしておきたい〟と大友さんは譲らず、それぞれ注文した分の金額で支払いを済ませた。やはり育ちがいい。
「あまり気の利いたことも言えず、すみません」
「いやいや、すごく助かったよ。塾の前の時間をもらってしまって、悪かったな」
「いえ」
まだ高校一年生だというのに勉強熱心なことだ。そういえば彼女の通う女子校は、かなり有名な進学校だった気がする。
「お役に立てたならよかったです。それにしてもこれだけ愛してもらえたら、その幼馴染さんも恋人冥利に尽きますね」
「えっ、恋人?」
「違うんですか?」
とても意外そうな表情になる。ひょっとすると、今日一番の彼女の驚き顔かもしれない。
「幼馴染の女の子とは言ったけど、恋人なんて一言も言ってないぞ」
「す、すみません、あれだけ真剣に想ってるところを見て、てっきり……。本当にお付き合いしてないんですか?」
「付き合ってないよ。そんなにその……恋人を想ってるように見えたのか?」
「そうとしか……。少なくとも、普通に幼馴染を想うような感じではなかったです」
つい昨日、紙鳴先生も似たようなことを言っていたような気がする。
繰り返すが、翠華は幼馴染で妹のような存在だ。
その、はずだ。
「だからさっき性別について尋ねたとき、男か女かではなく、女性であることを確認するような訊き方をしたんです。一応男性の可能性もあったので、疑問形でしたが……」
「そういえば、そんな訊き方してたな」
至って自分は普通に振る舞っているはずなのに、どうしてそのような誤解を受けてしまうのだろうか。
「変な誤解をしてしまって、すみません」
「気にしてないよ。昔からよくあったことだし。それより今日はありがとう」
「いえ。私も赤土さんとお話できてよかったです。また誘ってくださいね」
「ああ、月並みだけど、勉強がんばって」
「はいっ、お疲れさまです!」
大友さんは丁寧に頭を下げると、背を向けて雑踏の中に混ざっていった。その姿が見えなくなるまで見送ると、正人はポケットからスマートフォンを取り出す。
「さてと……」
スマートフォンを操作し、連絡帳アプリを開く。そして一覧からとある人物の名前をタップして、電話をかけた。
正人の目には、一つの確信の色が宿っていた。さっきの大友さんとのやり取りで、〝バグ持ち〟の正体についてある人物の顔と名前が浮かんだのだ。
いや、確信というには、まだ少し遠いかもしれない。あくまで現状一番明確に根拠を持って疑える、というだけである。正解かどうかは、これから確かめる必要があった。
「ああ、俺だ、赤土。今時間いいか?」
きっと本人も無自覚だっただろう。だが〝この人物〟は〝あのとき〟、本来なら言うはずのないキーワードを口走っていたのだ。
正人はその人物とこれから会う予定を取り付けた。
× × ×
正人が今いる場所を告げると、その人物は自分もそこに向かうと言ってくれたので、そのまま噴水広場で待つことにした。
広場にあるベンチに座って待って、二十分くらい経った頃だろうか。
「赤土くん!」
と自分を呼ぶ〝少女〟の声が聞こえた。
その少女は宝石のように美しい碧眼に、ポニーテールでまとめられたストロベリー・ブロンドの長めの髪をしており、日本人というよりかは異国風の外見をしている。容姿だけなら文句なしのモデル級の美人であるからか、横を通り過ぎた男性たちは思わず彼女をチラ見していた。しかし本人にその自覚はないのか、あるいはまったく興味がないのか、気にした様子はなく視線はずっと正人のみを捉えている。
「ごめん、待った?」
現れたのは――正人が呼び出したのは、皆元ドーラだった。
「いや、こっちこそ急に呼んで悪かったな」
「別に。あたし的には全然オーケー。ちょうど部活終わって、部のみんなとテキトーにナックで喋ってただけだし」
それでも部のみんなとの会話より、こちらを優先してくれたのは純粋に友人として嬉しかった。ちなみに〝ナック〟というのは世界的ファーストフードチェーン、〝ナックル・バーガー〟の略である。
彼女はバレーボール部の活動終わりだからか、いつも学校で会うように制服を着ていた。学校指定のカーディガンを腰に巻きつつ、下に着るシャツの長袖をそれぞれめくるというお決まりのスタイルだ。
「つまり、散々汗を掻いてきたわけか……」
と冗談っぽくクンクンと嗅ぐように正人が鼻を近づけると、
「おい、デリカシー」
こちらの顔を手で押しのけてきた。
「すまん、ストライキ中だ」
「バカ」
チョップが軽く正人の頭に乗っかる。
「つか、一応そのあたり対策はしてるし……。って、こんな冗談を言うために呼び出したわけじゃないんでしょ?」
「いや、そのために呼んだ」
「帰るわ」
「すまん、冗談だ」
正人は呼び出すとき用件を言っていなかった。嘘でも何か言うべきだったのかもしれないが、呼び出すこと自体に意識が持っていかれてしまって、すっかり忘れていたのだ。
「つか、用件も言ってないのに、よく二つ返事で来てくれたな。もし……〝実は人を殺したんだ、死体処理を手伝ってほしい〟とかだったら、どうするんだ?」
「うーん、そうねえ。手伝いはしないけど、〝警察にバラされたくなければ、あたしの言うことを一生聞け〟って脅すかな?」
「怖いやつだな……」
「いや、人を殺して、その処理を友だちに手伝わせるようなやつのほうが、もっと怖いでしょ」
なんて、冗談をやりつつ、正人は真面目に本題を切り出した。
「……今日はちょっとあることを相談したくてな」
「相談? ……もしかして、前の告白された件のこと、とか?」
「まあ、それ絡みかな」
主題としてはまったく関係ないが、その話題の登場人物絡みではある。
「〝自分の言葉で断れ〟って、言ったはずなんだけど……月曜日じゃダメだったの?」
「ちょっと、なる早でどうにかしたい事情があるんだ」
「……実は自分の言葉で断ったはいいけど、余計な一言で向こうを泣かせちゃったとか?」
「……そういうところだな」
「余計こじらせるとか、あんたらしいわね」
皆元の中の自分は、相当無神経な男のようだ。
「でも井出くんじゃなくて、あたしでいいの?」
「ほら、女子のお前のほうが、いろいろわかるかなって」
「都合のいいときだけ、女扱いしてくれるのね。……それで、どこで話す?」
文句を言いながらも、当然のようにこちらの都合に乗ってくれるのは彼女のいいところだと正人は思った。
(さて、どこで話すか……できれば静かなところがいいな)
そういえば、待ち合わせたあとのことまで考えていなかった。しかしこのあたりで混雑なく確実に落ち着ける場所なんて、正人は一つしか知らない。
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