第3話5 ……よく知ってるわ、その話

「いらっしゃい。って、キミは……」


「どうも……」


 結局先程大友さんに連れてきてもらった『純喫茶べレシート』に戻ってきた。迎えたマスターは再訪したこちらに対し、


「忘れ物を……」


 と言いかけて、


「ってわけじゃ、なさそうだ。お節介かもだが、遊びはほどほどにしたほうがいいよ」


 後ろにいる女性が大友さんから別の女性に変わっていることに気づいて、言い換えた。どうやら妙な誤解を受けたらしい。


「いや、友人なんですけど……」


「そういうことにしておくよ」


 まさしく〝そういうこと〟なのだが、伝わらなかったようだ。


「ん、何? 混んでるって?」


 後ろの皆元が背中を突いてきた。スマートフォンを触っていて、さっきのマスターとのやり取りを聞いてなかったのだろう。会話内容を混雑具合について訊いていたのだと、勘違いしていた。


「いや、大丈夫だって。入ろう」


 二人は一番奥の壁際の二人席に、向かい合って座った。正人からすれば本日二度目の同じ座席。再訪した今回も、周囲に他の客がいなくてベストな場所といえばここだったのだ。


「こんなレトロな店、よく知ってたわね。なんか、あんたらしくない」


「意外だろ?」


 さっき知ったばっかだが。


「意外すぎるわ……。でも悪くないわね。落ち着いてて好きかも」


 それから初回入店時と同じようにマスターの奥さんが水とおしぼりを置いていった。そのときに正人は再びホットのブレンドコーヒーを、皆元はアイスカフェ・ラテを注文する。


 マスターの奥さんは去り際、


「うちの旦那が、ごめんなさいね」


 と正人に小さく一言。彼女はマスターのような誤解はしていないようだった。


「なんで謝られたの?」


「マスターが俺とお前を、恋人同士だと勝手に誤解したみたいだ」


 そう言った途端、コップの水を飲んでいた皆元が唐突にむせた。


「ゴホッ、ゴホッ! 水飲んでるときに……ゲホッゲホッ! この前と言い、わざとでしょ!?」


「いや、そんなつもりはないが……大丈夫か?」


 普通に平然と流すかと思いきや、かなり驚いた様子だった。


「あのね……! ……って、もういいわ」


「……?」


 何か皆元は抗議らしき言葉を紡ごうとしたようだが、なぜか突如諦めたように脱力してやめてしまうのだった。


「……それで、具体的にはどういう感じなわけよ? あんたのことだから、よっぽどヒドイこと言ったのね」


(お前の中の俺って、ほんとどんなやつなんだよ……)


 と、突っ込みつつ、正人は頭を切り替えるためにコップを手に取り、水を一口含んで口の中を潤した。そこで初めて自覚したが、存外緊張しているようだ。


「じゃあ、さっそく……」


 ゴホン、と軽く咳払いし、


「まず謝罪しておくと、告白に関する相談ってのは嘘だ。本当は別の用件で呼び出した」


「へ? 別の用件?」


 心なしか、いささか表情が引き締まったように見えた。


「単刀直入に言おう。翠華と来栖を返してほしい」


「……え? だ、誰それ?」


 と、言葉の上では何も知らないかのような反応をしつつ、一方でその瞳は動揺の色を帯び、表情自体も引きつっていた。


(できれば、こいつであってほしくないが……)


 その反応は何も知らない人間のものには思えなかった。


「本来ならそれが普通の反応だよな。今やこの世の〝誰も〟がそう言うと思う。今までこの二人のことを知っていた人たちでさえな。ちゃんとこの国で生まれ育って、俺たちの前にいたのに、ある日突然最初からいなかったかのように存在ごと消えちまった。痕跡も何も残さず。誰も覚えてない……いや、知らないんだ」


「ごめん、何の話してるのか、よくわかんないんだけど……」


 皆元は急ごしらえで繕ったような笑顔を貼り付けていた。


「悪いが、続けるぞ。今この世界にはな、人間を存在ごと消してしまえるやつがいるんだ。翠華と来栖って女の子が、そいつに消されてしまってな……。俺は二人を元に戻すために、何としてでも消したやつを捕まえたい」


 正人が目線をまっすぐ皆元に向ける。するとさっきまであたかも話についていけていない様子だった彼女は、まるで蛇に睨まれた蛙のように無言になった。


「それで、ようやく俺は手がかりを得たんだ。前に来栖のことを〝今日は休みなのか〟って訊いたとき、お前はこう答えたの覚えてるか?」


 〝そんな女子知らないし〟


「――って」


「そ、そうだっけ?」


「ああ。俺もついさっきまですっかり忘れてたというか、流してたけどな。でもよくよく考えたら違和感があったというか……あの時点ですでに俺以外のやつからすれば〝最初から来栖なんて子はいなかった〟はずなのに、どうして明確に〝女性〟であることを知ってたんだ?」


「それは……」


「俺は来栖の下の名前を言わなかったし、わざわざ性別の話もしなかったから、苗字だけで男子か女子かなんてわかるはずがなかったんだ」


 これが大友さんとのやり取りの中で気づいたことである。大友さんは翠華のことを完全に〝知らなかった〟ので、男か女かわからないといった様子だった。それが今のこの世界での〝普通〟だ。しかし皆元は以前来栖のことを訊かれたとき、女性であることを知っている前提のコメントを返したのだ。


 皆元は正人の直視に対し、何も言わず目を逸らしうつむいた。本来であればいきなり漫画やラノベの設定のような、電波ちっくな会話を大真面目に始めた正人に対し、首を傾げて突っ込むべきだろう。しかし彼女はそうしなかった。


 引き続き、正人は言葉を紡いでいく。


「次に、人間を存在ごと消してしまう力だけど、これを使うには条件があるんだ。人類すべてを一気に消すだけなら何も考えなくていい。でも特定の誰かを消す場合は、少なからずその人の存在を知っていないといけないらしいんだ。俺の幼馴染の翠華……伊武翠華っていうんだけど、こいつはずっと前から引きこもり状態でな。引きこもる前ならともかく、引きこもったあとは誰とも出会っていない。だから俺は最初、この力を持ってるやつは、そうなる以前のあいつを知ってる誰かだと思ってた」


 正人は皆元の様子を見つめる。さっきまで気まずそうだった彼女は、うつむけていた顔を上げた。


「……続けて」


 その瞳からは迷いや動揺はどこかへ消え去っていた。その代わり、何か大きなものを受け止めようとする緊張の色合いが宿っている。


 正人は続けた。


「でも気づいたんだ。そもそも〝知っている〟ことが重要なら、直接会ったり見かけたりする必要はない。直接見ていなくても、あいつを〝今〟知ることは可能だってことに」


 知り合いでもなく、町で見かけたとかでもないのに、知っている。一見矛盾しているが、ある条件下ではあっさり成立してしまうのだ。


「何かの媒体越しに見たことがあれば、それでよかった。例えば……スマホの画像とか」


 皆元は翠華と過去も現在も接点はなく、知り合いではない。特に今の翠華は外に出ないし、町でふと見かけたなんてシチュエーションもありえないはずだ。引きこもる前に偶然どこかで出会っていた可能性はあるだろうが、その〝かもしれない〟レベルでは正人は皆元を疑い、呼び立てるようなことなんてしない。


 明確に、皆元が翠華を知っている根拠があったのだ。


「お前は一度、スマホの画像に写ったあいつの顔を見てた。名前までは言ってなかったと思うけど、〝赤土正人の幼馴染〟という存在をそこで認知していた。翠華のことを知ってたんだ」


 教室でストレージ容量確保のために、データ整理をしていたときだ。皆元は遊園地のマスコットキャラクターの着ぐるみと並んで、こちらにピースサインを向けている翠華の画像を見ていた。


「来栖のことは言うまでもないだろう。クラスメイトだしな。……ということは事実だけ並べると、お前は翠華と来栖のことを〝知っていて〟、なぜか覚えていないはずの来栖の性別を覚えていたってことになる」


 皆元の目を真っ直ぐに見据えて、


「正直証拠と言えないレベルのものばっかだし、来栖のことを女子と明言したのも、俺の記憶違いであればいいと思ってる」


「……」


「皆元、改めて訊くぞ。お前にとってこの話は本当に〝よくわかんない〟ものなのか?」


 その質問に皆元はすぐに答えず、視線をテーブルの上に落としたまま沈黙を保った。

 するとそこに、


「はい、ホットコーヒーとアイスのカフェ・ラテね」


 マスターの奥さんが注文した飲み物を運んできた。


「ど、どうも」


 すぐにいつもの笑顔を浮かべ、皆元はお礼の言葉を返す。しかし奥さんが去ったあと、その笑顔はさっと消え去り、ゆっくりと目を閉じた。ストローの入った袋も開けず、飲み物に手を付ける様子はない。


 やがて皆元は小さく「ふう」とため息をつくと、ようやく目を開けて口を開く。そこに動揺や緊張はなく、表情には諦めと覚悟が入り混じって浮かんでいた。


「……よく知ってるわ、その話」


 それは彼女が正式に、〝バグ持ち〟であることを認めた瞬間だった。

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