第3話2 お久しぶりです、赤土さん
翌日の昼――。
正人はいつも学校へ行く方向とは反対に電車に乗って、数駅先の古枝駅に向かった。そこはこの近辺で一番駅前が栄えており、映画館付きの大型のショッピングモールや八階建ての家電量販店、大手ビジネスホテルや高層オフィスビルなどが建ち並び、そのふもとにはチェーン店から個人経営まで飲み屋街が広がっている。
そして駅前には噴水を擁した広場があり、人々の待ち合わせの場となっていた。正人もまた今日はその中の一人である。
スマートフォンに表示されている時間を見て、待ち合わせ時刻になったことを確認する。相手が来ていないか、姿を捜して広場を見渡した。以前会ったのはかなり前だ。正直そこまで深い仲ではなかったので、顔はうろ覚えで発見できる自信はあまりない。
それから通話しながら捜したほうが早そうだと思い、スマートフォンの連絡帳アプリを開いた、そのときだった。
「お久しぶりです、赤土さん」
声のした背後を振り返ると、十代半ばの少女が一人、そこに立っていた。黒髪おさげで、物静かそうな印象を窺わせる。
「えっと、大友さん?」
こうして実際に見て、正人はうろ覚えだった顔を今はっきりと思い出した。
彼女こそが、今日正人が会おうとしていた人物――大友さんである。
「はい、大友ですっ」
向こうは後ろ姿だけで発見してくれたというのに、こっちはさっきまで顔すらうろ覚えだったのはなんとも失礼な話である。
「久しぶりだな」
淡い青のプリーツスカートに、白のブラウスを着た少女は、ニコリと可愛らしく微笑む。
彼女はかつて引きこもった翠華の事情を知ろうと、なんとか正人が捕まえた情報源――翠華の元クラスメイトだ。
「悪いな、休みなのに急に呼び出して。このあと塾があるんだっけ?」
「はい。でもそれまではずっと家にいる予定でしたから、全然大丈夫ですよ」
そう言って彼女は微笑む。一つ下の高校一年生という立場もあってか、正人に話すときは敬語口調だ。ちなみに通っている高校は正人とは別である。
「どこでお話します? ここから一番近いのは、ムンバでしょうか」
〝ムンバ〟。正式名称を〝ムーンバックス〟。世界規模で展開するチェーン系カフェの一つだ。値段が手頃なのと、なんとなく〝ここを使う人はオシャレ〟というイメージから、学生や二十代の特に女性を中心に人気である。パソコンを持ち込んで仕事や何らかの作業をしている人も多い。
「じゃあ、そこにしようか」
「はいっ」
ムンバはここから歩いて数分のところにある。そこに向かう途中で、二人はいろいろ他愛もない話をした。最近どんなテレビを観ているのかとか、そんな感じの話題だ。
(なんていうか、いい子だよな……)
というのが、話していて思った正人の彼女への率直な感想である。
以前会って話したときも同じ感想を抱いたが、言葉遣いや細かい所作まで育ちの良さを窺える。こんな子が、翠華や来栖を〝消えてしまえ〟と思って実行に移すだろうか。
(それと来栖のときと同じだな。彼女の中から翠華の存在が丸っきり消えてる……)
ムンバに向かう途中話していてわかったのは、翠華の存在が消えたことで彼女の中で正人と出会った理由が曖昧になっていたことだ。もっといえば、明確に覚えていないといった感じだ。なんとなく出会って、半年前はそれなりに交流があった――という、ふわっとした状態で落ち着いていた。
まあ、彼女が〝バグ持ち〟で、適当に誤魔化している可能性もゼロではないが。
(とはいえ、今のところ不自然な様子はナシか)
それからふたりはムンバにたどり着き、自動ドアをくぐる。店内は休日だからか、友人同士やカップル、家族連れといった客でごった返していた。
「混んでますね」
「……ああ。パッと見、空いた席はなさそうだな。他の店行くしかないか」
「そうですね」
正人は次の休憩所の候補を見つけるため、スマートフォンを取り出した。
「この近くにある他のカフェとなると……」
「あ、一応、候補はありますよ。少しここよりお値段しますが……」
「キミが良ければ、俺は問題ないよ」
ムンバを諦めて、正人は大友さんが案内する次なる候補地へと向かった。ムンバのある表通りから外れて裏通りに入り、閑静な住宅街を進んでいく。
「ここです」
と案内されたのは、一軒の喫茶店だった。
「『純喫茶べレシート』……。大友さんって、なかなかチョイスが大人っぽいな」
昨今のオシャレなチェーン系〝カフェ〟というより、昔ながらのレトロな〝純喫茶〟だ。客層も中高生より、近所の年配の方々で構成されていそうである。
「趣味がおばあちゃんっぽいとは、よく言われます……。他のお店にしますか?」
大友さんが挙げてきた候補に単純な意外性を感じていただけなのだが、彼女には〝お気に召さなかった〟と見えたようだ。
「ちょっと意外に思っただけだ。レトロなのは結構好きだぞ。静かで落ち着けそうだし」
そう言った途端、自分の趣味を肯定されたからか、大友さんはぱっと明るく笑顔を浮かべる。
「よかったですっ。ここ、ムンバとかのカフェと比べると少し高いんですが、あまりざわざわしてないから落ち着けるんですよ」
と率先して店内に入っていった。正人も後に続く。
「いらっしゃい」
入るとカウンターから迎えたのは、すらっとした細身の年配の男性だ。どうやらこの喫茶店のマスターらしい。
「おや、今日も来てくれたんだね。隣の男の子は、恋人かい?」
「い、いえ! そういうのじゃ……!」
思わぬ誤解に、大友さんは顔を赤く染める。一方、正人は昔から翠華との関係でよくこういうからかいを受けていたので、その慣れもありマスターの冗談には苦笑で返した。
マスターと大友さんの親しげなやり取りを見るに、彼女はかなりの常連のようだ。
「こら、あなた。女の子をからかうもんじゃありませんよ」
「ははは、すまんすまん。妻に怒られちまったよ」
店の奥から出てきたのは、マスターと同じくらいの年齢の女性。夫婦で経営しているようだ。
店内はブラウン系で統一されており、まさにザ・レトロと表現するのが正しいシックな内装だ。ムンバのように混んではいないが、ご年配の落ち着いた層の客がまばらに座っている。
「〝恋人〟だなんて、なんだかすみません……」
「ははっ。気にしてないよ」
「す、座りましょうか」
二人は一番奥の壁際の二人席に、向かい合って座った。座ると同時に、マスターの奥さんが水とおしぼりを置いていく。
「ここ、定期テスト前の勉強とか、よく使ってるんです」
「だからあんなに親しげだったんだな」
「はい。あと、何よりコーヒーが美味しいんですよ。それで何もなくても、結構通っちゃったりします」
「なるほどね」
その後、大友さんはマスターの奥さんを呼び、ホットのブレンドコーヒーを注文した。正人も同じものを選ぶ。
「……それで、相談ってなんでしょうか?」
注文を待っている間、さっそく大友さんが切り出した。
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