第3話1 話が違うぞ、先生!

「話が違うぞ、先生! 消えた人たちは来栖以外戻ったんじゃなかったのか!」


『落ち着け、赤土』


 さっそく正人は翠華の部屋で、さっき教えてもらったばかりの紙鳴先生の電話番号にかけていた。出入り口がひとつしかない部屋で、翠華が消えたとわかってまず思いついた行動がこれだったのだ。


 最初はどこかに隠れたのかと思いたかった。しかし彼女だけならまだしも、家具ごと消えたのだ。隠れただけでは説明つかない事態である。


「で、でも、翠華が……! 部屋の中身ごとごっそり消えてて……。さっきスマホの昔撮った画像も見たんだ。そしたら――」


 いなかった。


 だいぶ前に遊園地で撮った画像に、翠華だけ写っていなかった。マスコットキャラクターと並んで確かに撮ったはず。しかし現在の画像は、単にマスコットキャラクターだけを写していた。


「翠華が消えちまってたんだ! 俺の幼馴染が……!」


 動揺が止まらない。翠華が来栖のように消えてしまったという事実。それはまるで突如自分の心や体の一部が、消滅してしまったかのようだった。


「先生、俺どうすれば……!」


『だーかーらぁ、落ち着け!』


 紙鳴先生は正人の動揺を止めるため、あえて大きな声を出した。


「せ、先生……」


『焦ったところで、てめぇの大事なその子は戻ってこねえぞ』


「……あ、ああ、そうだな」


 どうしようどうしようで動揺する正人の一方で、彼女は冷静さを貫いていた。おかげで正人もなんとか落ち着きを取り戻し、〝このまま慌てていても、翠華は戻らない〟という事実を見つめることができた。


「悪い、先生……」


『いいってことよ。翠華って子がよほど特別なんだな』


「え? 翠華が〝特別〟……?」


『なんだ、違うのか?』


「あ、いや……」


 〝特別〟。それはどういう意味の特別だろう、とふと思った。確かに翠華は大事な人だ。守るべき幼馴染で、妹のような女の子。そういう意味では、他のあらゆる人間と違った〝特別〟である。

 それを、なぜ自分は今ふと疑問に思ったのだろうか。


「特別、だと思う……」


『歯切れが悪いな。惚れてんじゃねえのか?』


「え? ほ、惚れ……?」


 思いもよらぬ先生の指摘に、正人は思わず聞き返してしまった。


『ん? そんな感じに思えたが? 来栖のときと明らかに違う取り乱し方だったぜ?』


 そういえば、来栖が〝消えた〟と感じたときは、ここまで動揺しただろうか。自分の一部を失ったような、耐え難い苦しみを感じただろうか。


『まあ、いいや。恐らく〝翠華〟って子が消えたのは、てめぇの想像通り〝バグ持ち〟のせいだ』


「その……会ったことがなくても、想像で〝もしこういうやつがいたら消えてほしい〟ぐらいのイメージでも消せたりするのか?」


『それはできねえな。大衆という十把一絡げの有象無象から独立した、特定の存在としてイメージできなきゃ上手くいかねえと思う』


「特定の存在……?」


『名前だけ、あるいは顔や声、人物像やそいつにまつわるエピソードなど何か断片的な情報でいい。そこから大衆よりかは具体的に、一存在としてイメージできるレベルで印象に残ってるヤツ……といえばわかるか? 〝こいつを消したい〟と思っても、〝こいつ〟の部分が曖昧だと対象が定まらなくて上手くいかねえんだ。来栖を消したヤツには、恨みがあるんじゃねえかって言っただろ? 認識すらしたことのない赤の他人じゃ、そもそも消すことができないワケよ。全人類を一気に消すだけなら〝全部消したい〟だけで簡単だけどな』


「そういうものなのか。思ったよりも無差別に対象を選ぶことはできないんだな」


 つまり〝バグ持ち〟は翠華と知り合いか、あるいは一方的にどこかで見かけて意識した、あるいは印象に残った程度には知っているのだ。そして同時に、〝消えてほしい〟と思うほどの気持ちを抱いている。


(でも翠華は、引きこもりなんだよな……)


 不登校になって以来、翠華はまったく知り合いなんて増えていないはずだし、外に出ていないので誰からも見られることはない。


「ってことは、中学の頃のクラスメイトとか……?」


 不登校になる前に知り合った相手だろうか。


(一方的によく見かけるからただ印象に残っているだけ、ってやつも容疑者になるな……)


 例えば、登下校で毎日すれ違っただけとか。


(そこまで考えると多すぎる……)


 ちなみに来栖のことも消したわけだから、翠華のことを知っていると同時に、来栖のことも知っているはずだ。


 これ自体は絞り込み条件として優秀だが、一方でそもそも絞り込み元のほうの情報が足りていない。今の情報量だけでは、なかなかに見つけ出すハードルが高い。


『さーてと、そろそろゲームに戻ってもいいか?』


「ゲームって、先生……」


 思わず呆れ顔を浮かべてしまう。どうやら趣味に溺れている最中だったらしい。


「……まあ、とりあえず冷静になれたし、ありがとう」


『もしまだ不安だったら、そっち行ってよしよしぐらいはしてやるぜ?』


「ゲームを我慢できるのか?」


『大丈夫だ、携帯機を持参していく』


「そこは〝生徒のためだから、我慢できるぜ〟ぐらい言えよ」


 どんだけゲームが好きなんだか。もし先生の部屋でゲーム機を端から破壊したら、その仕返しでこの世界ごと破壊されそうだ。


『我慢はダメだ。手が震えたり、睡眠障害になる』


「アル中かよ!」


 本当にそんなので世界のパトロールなんか務まるのだろうか。むしろ彼女のほうが誰かにパトロールされないといけないのではと正人は思った。が、口には出さずに飲み込んだ。


『それじゃ、オレはゲームに戻るぜ。またなー』


「あ、ああ……」


 プツリと通話は途切れた。


「この人がサポートで、大丈夫なのだろうか……」


 と一抹の不安。この世界に来ているらしい他の〝デベロッパー〟も、こんな感じなのだろうか。

 とはいえ、これだけゲーム好きなのに、こちらが電話したら途中でもすぐに出てくれたことを思うと、案外自分が思うより心配してくれているのかもしれない。


「さてと……」


 翠華の消失に、ショックを受けてばかりはいられない。そしてそれならもうさっき先生のおかげで過ぎ去ったところだ。


 粛々と必要なことをやり、翠華と来栖を取り戻す。

 今やるべきことはこのための次なるアクションだ。


「できることからやるしかないか」


 〝バグ持ち〟の〝容疑者〟は未だにまったく絞り込めていない。とりあえず、今は自分が思い当たる人物を端から当たっていくしかないだろう。直接話して実は来栖や翠華について覚えてないか探ったり、別の〝バグ持ち〟候補に繋がる手がかりを得ていくしかない。


 かなり手探り感ハンパないが。


(となると、明日さっそく来栖の友だち二人に接触するか)


 交友関係についてはそこまで詳しくなく、彼女と親しい人間についてはあの二人しか知らない。なので、まずはその二人から――。


「って、待て。明日、休みじゃないか……」


 そこで気づく。明日が土曜日で休日であることに。来栖たちの所属する文芸部員に休日の部活動はない上、来栖とすらチャットアプリのIDを交換していないのに、その友人二人の連絡先を知っているわけもなく、当然どこに住んでいるかなんてわからない。つまり休日の接触方法がない。


「となると……」


 次の候補として浮かぶのは、翠華側の知り合いだ。もちろん、〝現在〟というより〝過去〟の。

 それは一人だけいた。

 明確に翠華を知っているだろう人物で、正人が連絡先を知っていて明日接触可能な唯一の人間。


 翠華の〝友人〟と表現しないのは、その人物は翠華を知っていても当時彼女と関係を深めることがなかったからだ。むしろ自分とのほうがある意味過ごした時間は長いかもしれない。


「この子しかいないか」


 そう思いながら、正人は連絡帳アプリの中でとある名前をタップした。

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