第2話5 名付けて〝直してミカちゃん〟だ!

「なんだ、今の!? 壊れてないだろうな!」


 正人が電源ボタンを押すと、特に何事もなくホーム画面が表示される。どうやら壊れてはないようだ。


「安心しろ、壊してはねえよ。オレから、ひとつプレゼントだ」


「プレゼント……?」


 ホーム画面をよく見ると、見知らぬアプリがいつも使っているカメラアプリの横に並んでいた。そのアプリのアイコンは、ドット絵で描かれた顔のようで――、


「これ、先生の顔か?」


 アニメ調にデフォルメされているが、なんとなく髪型と髪色からそんな気がした。


「いい理解だぜ! それが修正アプリ……名付けて〝直してミカちゃん〟だ!」


「なんだ、そのネーミング……」


「かわいい名前にかわいいアイコン。カンペキだろ?」


 と、両手を腰に当て、ドヤ顔で誇らしげ。

 にしても、他人のスマートフォンを握っただけで、よくわからないアプリを一瞬で仕込むとは。


「こんな小細工もできるのか、何でもアリだな」


 この世を創った集団の一味なのだから、これくらいできて当然といえば当然かもしれない。


「それで、このアプリで、どう修正とやらをするんだ?」


 試しに起動してみた。すると、いつも使っているカメラアプリと一見まったく同じものが立ち上がる。


「カメラ……?」


「〝直してミカちゃん〟のカメラで〝バグ持ち〟を撮ると、瞬時にバグってる箇所を分析し、イジって修正まで施すんだ。つまり撮影するだけでバグが直るスグレモノだぜ」


「撮るだけでいいのか? 〝バグ持ち〟を」


「おう! 簡単だろ?」


 確かに、それなら自分にもできる。正直テクニックや何らかのスキルが必要でなくてよかった。もし今から達人レベルの剣術を身につけろと言われても不可能である。


「しかしアイコン以外、まんまスマホ純正カメラのパクリだな……」


「うっせ。オマージュといえ、オマージュ!」


「はいはい」


 不機嫌に言い訳する先生に、正人はカメラのレンズを向けた。レンズ越しにスマートフォンの画面には、彼女の顔が写っている。そしてパシャリと、一回撮ってみた。それで撮れた画像は、そのままいつも使っているフォトアプリ内に保存されるようだ。本当に一見して、ただのカメラアプリにしか見えない。


「こんな感じで、撮っていけばいいのか?」


 撮った画像を本人に見せる。そこには仏頂面の彼女が写っていた。


「ああ。でもそこらのフツーの人間を、パシャパシャ撮って回るなよ?」


「え、どうして?」


「オレは特別だから大丈夫だが、これの機能は〝バグ持ち〟専用だ。バグってもないヤツを撮ってそいつをイジっちまうと、正常なのが逆におかしくなって別のバグを発生させかねん」


 薬みたいなものだろうか。病人が服用すると効果があって改善するが、健常者が飲むと逆に体調を崩してしまうことがあるらしい。


「その新たに発生したバグ次第じゃ、人どころか世界ごと消してしまうかもな」


「世界ごと!?」


「だから気をつけろ」


「あ、ああ……。ということは、端から歩いてるやつ総当たりってわけにもいかないのか」


 正人は明日にでも校内を歩きながら、あちこちの生徒や教師をこっそり撮って回る気でいた。まず校内を選んだのは、〝バグ持ち〟が〝来栖に思うところのある人物〟――つまり顔見知りの率が高いからだ。少なくとも、〝バグ持ち〟側は来栖という人物を知っている。学生の人間関係は家族を除くと、そのほとんどが学校という環境で構成されるのだ。となると、うちの学校の生徒か教師にターゲットがいる可能性が高い。


 が、しかし、端から総当たりという手段が取れないなら、もう少し絞り込む必要があるだろう。


「そういうことだな。ちゃんと見つけ出して、コイツだって確証取れたヤツだけを撮れ」


 一気に〝バグ持ち〟捜しの難易度が上がったような気がした。


「……なあ、やっぱやるの、俺じゃなきゃダメなのか? 荷が重すぎないか?」


 ここにきて、正人は気後れしてしまう。


「くどいぜ。残念だが、できねえ事情があんだよ」


「事情?」


「通常ならバグはもちろん、オレらが対処する。でも今回は〝上〟からの指示でな。〝下っ端〟のオレは上からのオーダーには逆らえねえ」


 〝上〟〝下っ端〟という物言いからして、〝デベロッパー〟なる集団には上下関係があるらしい。


「なんつーか、これの解決には〝実験〟も兼ねてんだ」


「実験……?」


「上では〝改変無効バグ〟を持つてめぇの存在から、〝人間にもバグを解決することは可能か〟を試したくなったみたいでな。無論、元々人間にバグを修正する力なんて仕様として存在しねえから、オレらのサポートが前提にあるが」


「〝実験〟って……そんな悠長なこと言ってられるのか? 世界中から人が消えるんだぞ?」


「たとえ何らかの原因でてめぇが失敗しても、上が解決に動けばカバー可能だからな」


 要するに今起こっていることは、〝デベロッパー〟にとっては〝悠長〟にしていられる程度の問題なのだ。

 そう言われて、少し肩の荷が下りたような気がした。


「なら、オレは……」


「〝失敗と判断されるのを待てばいい〟ってか?」


「あ、ああ……」


 言おうとしたことを先回りされた。そのとおりだ。もし失敗したら〝デベロッパー〟が解決に動いてくれるというなら、自分は何もせずそうなるのを待てばいい。なぜなら自分より、早く確実だろうから。


「まあ、そう考えるよな。でも残念ながら、そうなると来栖は戻らねえ」


「どういうことだ?」


「これは最後に言おうと思ってたんだが、〝バグ持ち〟を見つけた際、バグそのものを修正する前にそいつを〝説得〟し、起こった改変をすべて元に戻してもらう必要がある」


「えっ、バグを直せば、すべて元通りなんじゃないのか?」


「さすがに〝すべて元通り〟なんて言ってねえぜ? バグを直しても、それによって起こった改変までは直らねえのさ。むしろ先に改変のスイッチとなったバグがなくなっちまうと、もう元に戻す手段はなくなる。そこがまあ、たとえ話の限界っつーか、ただのゲームと違うとこだ」


「説得って……急にバクチ的になったな。たとえ〝バグ持ち〟を見つけても修正するだけじゃ、来栖は戻らないわけか」


「世界中から全人類が消えていたら、そいつらもだな。そして上層部のヤツらは、その説得とやらをする気はねえ。作業的に修正だけやってハイ終わりだ」


「え、説得をしないって……? ちょっと、待ってくれ。仮に世界中から人が消えててもいいって言うのか?」


「究極的には、な……。オレたち〝デベロッパー〟の現在の方針は、できる限り〝ありのまま〟ってなってんだ。さすがにどんどん改変を起こすバグは最低限対処する。だが、それによって起こった改変自体は世界が崩壊しない限りは、見逃されるんだ」


「世界が崩壊しない限りって……人類がいなくなるんだぞ?」


 もし今この発展している文明を支えている人類がすべて消え去ったら、それは世界の崩壊と言えるのではないだろうか。

 そう思う正人を、紙鳴先生は睨みつける。


「ん? てめぇ、何か勘違いしてないか?」


「え?」


「おいおい、思い上がるなよ? 〝存在制御バグ〟で消えるのは人間だけだ。この世界にはな、人間以外にも無数の生き物が生きてるんだぜ? 人間は人間以外に人間の代わりなんか務まるわけがねえ、と世界の主人公ヅラしてるが、オレたちに言わせりゃ〝代わりなんざいくらでもいる〟が正解だ。そこんとこ、勘違いするな」


 正人は〝デベロッパー〟たちが人間を――否、世界をどう見ているのか少しわかった気がする。人間は自分たちを唯一無二の絶対の存在として見ているが、〝デベロッパー〟からすれば基本的にはあらゆる存在が同等なのだ。


「で、話を戻すぞ。上のヤツらに改変まで元に戻す気がない以上、てめぇが何とかするしかねえんだ」


 でなければ、来栖はずっと消えたまま。より多くの人が消えれば、その人たちも。犯人が気まぐれを起こして改変を元に戻さない限りは。


(説得か……)


 自分の欲求のためにバグを行使して世界を改変していた相手を改心させて、それと真逆のことをさせる。そんなこと、果たして可能なのだろうか。

 どんどん難易度が跳ね上がっていくように感じた。


「俺以外に、人間の中に適任者はいないのか?」


「さっき言ったろ? 〝あの瞬間、この世界に存在したのは、てめぇとオレら……そしてバグを使った元凶だけだ〟って。バグに対処できる〝人間〟はてめぇだけだぜ」


「俺だけ……」


 もしこのまま何もしなければ、来栖は永遠に消えたまま。それどころか、今度こそ全人類を消されてしまう可能性も高い。


 当然その中には、翠華も含まれる。この問題を放置していたら自分は大丈夫だろうけど、彼女はそうではない。二度と会えなくなるかもなんて考えたくなかった。


「……わかったよ。まずはその〝バグ持ち〟とやらを、見つければいいのか?」


「おっ! やる気になったか!」


「他にできるやつがいないなら、仕方ないだろ」


 やるしかないと、正人は腹をくくるしかなかった。

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