第2話4 てめぇもまた、〝バグ持ち〟ってこった
正人は見間違いかと思って、何度も上から下まで読み直した。しかし依然として彼女の名前は出席簿になかったのだ。
「先生……」
「このバグは来栖だけ消したパターンと、〝人類消失現象〟を引き起こしたパターン、大きく二つの消し方があるみてえだ」
「それって……」
「犯人はまだ捕まっちゃいねえ。現状は単に後者のほうを犯人が気まぐれか何かで、一時的に元に戻したに過ぎねえってこった。来栖は依然として、消されたままだ」
「そ、そんな……」
犯人は捕まっていない。これから来栖以外の誰かが消える可能性はあるし、何なら再びすべての人類が一気に消されることだって十分あるのだ。そして次は元に戻すなんて〝気まぐれ〟を、もう起こさないかもしれない。
「けっこーまずい状況ってこったな」
その割に冷静な気がするのは、さすが神に等しい存在である〝デベロッパー〟ゆえか。
「でもなんで来栖だけ〝個別〟に消されたんだ? 他の人たちはまとめて消されたのに」
「そこまではわかんねえな。言っておくが、神っぽい存在だからって、オレは何でも知ってるわけじゃねえぜ? ただ、来栖だけ消したのは、個人的に思うところがあるからじゃないかとオレは見てる。要は恨みがあるとかな」
「恨み……?」
バグはNPCが制御して使用していると先生は言っていた。つまり意思が介在する。一方で自律して動くものすべてがNPCだとも先生は言っていた。だから正人が思うに、今回の異常は自律行動する生命体すべてが〝容疑者〟となるはず。しかしまるで――、
「犯人が、人間みたいな口振りじゃないか? 先生」
フッと先生は笑う。
「いい理解だぜ。そもそもバグは、人間にしか発生しねえと思ってくれていい。ちとその他の生き物と違って、人ってモンはワケアリでな」
「ワケアリ……?」
「ああ。大昔、てめぇらの進化スピードが、思ったよりのんびりしてた時期があってよ、当時仕切ってたヤツらがちとテコ入れしたんだ。そのときやや強引に進化を促したもんだから、副作用としてバグが起こりやすくなってな……」
「よくわからんが……要するに、元はと言えば先生たちのミスのせいか」
「ま、そーゆー話だな……。でも結果として、人類は高い知能を持ち文明を築いたっつー面もある。だからそこは大目に見てくれ」
「大目にとか言われても、元々責める気もねーよ。想像つかないし」
口振りから察するに、彼女の言う〝大昔〟とは数十年前や数百年前のレベルではないだろう。何千万年とか、それくらいはいきそうだ。さすがにそんな遠い昔のことに対して、今どうこう言ったところで仕方ないし、イメージできなくてそんな気も起こらない。
「……とにかくバグを使ったやつが、人類に絞られるってのは理解できた。それも来栖を知る、極めて関係の近い誰かってことも。もしかしてだが……先生はそれが〝誰か〟まで掴んでたりするのか?」
その問いに対し、先生は首を横に振った。
「いいや、バグが行使されたのを、感知することまでは可能だ。だが、誰がバグを抱えているかまではわからねえ。基本他の人間とガワは同じだから、見分けが付かねえんだ」
「そうか……」
神も全知全能というわけでもないようだ。考えてみれば仮に全能なら、そもそもこんな事態は発生していないだろう。
「……ここからどう動くつもりなんだ?」
「オレとは別に〝解決役〟ってのがちゃんといてな。バグの発生しているNPC――〝バグ持ち〟とでも呼ぶか。解決役がそいつを頑張って見つけて取っ捕まえて、〝修正〟を施すって流れよ」
「なるほどな、解決役なんてのがいるのか。じゃあ、そいつが解決してくれるのを待つしかないな」
「……? 何他人事っぽく言ってんだ?」
「え?」
何やら会話が噛み合わない。
にししっ、とイタズラっぽく微笑む紙鳴先生。その笑みは年上の大人びたものではなく、あどけないイタズラ好きな少女にしか見えない。制服どころかランドセルが似合いそうだ。
「何ぽけーっとマヌケな顔してんだ? やるのは、てめぇだぜ?」
「は……?」
聞き間違いだろうか。
「今なんて……?」
「やるのはてめぇだ。てめぇが、〝バグ持ち〟を捕まえて、修正を施す〝解決役〟だ」
「ちょ、ちょっと、待ってくれ。俺? 冗談だろ?」
「冗談じゃねえよ。てめぇがやるんだ」
「いやいや、ここはどう考えても、流れ的に〝デベロッパー〟がやるもんじゃないか?」
自分はただの巻き込まれた被害者その一でしかない。ついさっきまで何も知らないただの高校生なのだ。確かに今はこの世界の真理の一端をかじったかもしれないが、それで唐突にこの一件の解決を押し付けられて何ができるというのだ。
「うんにゃ、てめぇが適任なんだよ。混乱してそこまで頭が回らなかったかもしれねえが……どうしてNPCの中でてめぇだけが来栖の消失に気づけた? どうして他の人類と違って〝人類消失現象〟に巻き込まれなかった?」
「そ、それは……」
なぜだろう、と今更ながらに思う。確かに彼女の言う通り、そこまで――自分に〝起こっていた〟ことまで頭が回っていなかった。冷静に考えれば、自分も来栖の消失に気づかず、そして他の人たちと同じく〝人類消失現象〟に巻き込まれていたはずなのだ。ゲームのNPCは普通バグに気づいて、〝あ、ここがバグってる!〟なんて言わない。それと同じ。しかし自分だけはバグを認識し、さらにいえばそれに巻き込まれてもいない。
「てめぇもまた、〝バグ持ち〟ってこった。しかもちと特殊なヤツな。自覚はねえみたいだが」
「お、俺も……?」
「バグを認識でき、その影響を受けないバグだ。言っちまえば、〝改変無効バグ〟ってとこだな」
「なんだそれ? バグ……なのか?」
「ちとややこしいが、普通ならバグを――おかしい部分をおかしいと認識できずそれを当たり前のものだと思い、そしてその影響を問答無用で受けちまう。でもてめぇはそうじゃない。オレたちからすりゃ、それは〝仕様通り〟じゃねえ……つまりバグなワケよ」
「じゃ、じゃあ、もしかして俺も〝修正対象〟なのか……?」
具体的に修正といっても、何をされるのかわからない。しかし何をされるかわからないからこそ、不安だった。例えば人は風邪を引けば、治すために菌を殺す。
次の瞬間には、自分は殺処分されていてもおかしくないのだ。
「まあ、そう身構えるなって」
対する先生からは、殺気のようなものは感じられなかった。
「お、俺を……殺さないのか?」
「なんでオレがてめぇを殺す話になってんだよ。飛躍しすぎだろ」
呆れたように半眼で見つめてきた。
「てめぇも今回の〝バグ持ち〟も、ハナから危害を加える気はねえよ。基本バグに対してのアクションは、さっきも言ったが、修正……想定通りの挙動に戻すだけだ。むしろ怪我を治療するようなモンだと思ってくれていい」
「そ、そうか……」
そう聞いて、正人は安心した。
「それにてめぇのバグは、何かでけえ問題を起こすモンでもないっぽいし、修正する気すらねえよ。むしろ〝仕様扱い〟として、〝武器〟にすりゃいいとオレは思ってる」
「武器……?」
「ああ、それがあればバグの影響を受けずに、〝バグ持ち〟を見つけ出すことができる」
確かに自分であれば、他の人のように影響を受けて来栖を〝知らない〟とは思わないし、もし再び人類が消失しても先生とともに消えずに残ることができるかもしれない。
「でも、いざ犯人を――〝バグ持ち〟を見つけたところで、どうやって修正すればいいんだ? 俺のバグってそういうところまでできるのか?」
「ふむ、それもちゃんと考えてあるぜ」
パチンと紙鳴先生は指を鳴らした。するとさっきまで町の上空だった景色が、一瞬で本来の彼女の部屋へと戻る。
足の下には、見えない床ではなく部屋の床があった。
さすがにもう景色が元に戻っただけでは驚かなかった。すでに一生分の〝驚愕〟を今日一日で費やしてしまった気がする。
「ほれ、スマホを貸せ」
先生は小さな手のひらを見せ、正人にスマートフォンを渡すよう促した。正人は言われたとおりにポケットからスマートフォンを取り出すと、その手の上に置く。
そして先生はふぅと小さく深呼吸すると――、
バチッバチッ!
「うわっ!?」
突如スマートフォンに青白い稲妻のような光が小さく走り、正人は驚きの声を上げる。すぐにも光は収まったが、何かされたのは明らかだ。無事を確かめるため、慌てて彼女から取り上げた。
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