第2話3 この世界は、オレたち〝デベロッパー〟が創造した

「じゃあ、一体……?」


 正人はその正体を訊く。


「オレたちは特に自分たちをどう呼ぶか決めてねえ。だから便宜的に今から呼ぶとすると、そうだな……〝デベロッパー〟ってのはどうだ。今後そう呼んでくれ」


 そう紙鳴先生は言った。

 〝デベロッパー〟。それは文字通り〝開発者〟である。しかし一体何を〝開発〟するのだろうか。それに〝たち〟というからには、彼女には仲間みたいなのがいるのだろうか。


「〝開発者〟……どういう意味だ?」


「〝この世界はすべて、誰かの創った仮想世界である〟って話を聞いたことあるか?」


「え……? ゲームの話……か?」


「ちげーよ。それがこの世界への理解としては、ほぼほぼ正解だっつー話だ」


 そして彼女は両手を広げると、まるで自慢の庭でも紹介するかのように、


「――てめぇらのこの世界は、オレたち〝デベロッパー〟が創造した」


 そう断言した。


「そ、創造……?」


 頭の中でははてなマークが乱立していた。


(何かのモノのたとえと思いたいけど……)


 だが、さすがに来栖含む人々の消失や、紙鳴先生の見せる宇宙空間の幻を体験してしまった今、何かの冗談や嘘で片付け切るのは不可能だと頭は理解していた。

 何より、彼女の目が嘘を言っていない。


(〝たとえ〟……じゃ、ないわけか)


 そう観念するしかなかった。


「先生……たちは、言ってしまえば、その……神様の集団ってことなのか?」


 先生は首肯する。


「ああ、それが一番近いかもな。厳密に言えばオレたちは神とか天使とか悪魔とか妖怪とか、まあ、そういう超越的な〝創作物〟の〝元ネタ〟と言ったほうがより正しいだろうぜ」


「〝創作物〟って……」


 こんな話を聞いてしまったら、世界中の宗教関係者は発狂じゃ済まないだろう。いや、あるいは世のオタクのように娯楽の題材として消費し、武器より漫画やアニメBDを手に取る平和な〝信者〟になるかもしれないが。

 そして〝創作物〟というキーワードを聞いて、ふと正人は思う。


「なあ、先生はこの世界を〝仮想世界〟って言ったけど、つまりオレたちはバーチャル……夢や幻みたいなものなのか? まさにゲームみたいに」


「さっき〝ほぼほぼ〟って言ったろ? てめぇらはちゃんと実在している。オレらの被造物ではあるが、そんな薄っぺらいもんじゃねぇ」


「そ、そうか……」


 嘘を言っている様子はなく、それを聞いて正人はどこかほっとした。よくSF映画や小説で、〝実はこの世界はバーチャルで人間たちはただのデータだった〟なんてネタがあるが、どうやら自分たちに関してはそうではなかったようだ。

 もしネタどおりだったりしたら――いや、考えないでおこうと正人は思った。


「オレたちは本来世界の外、あるいはいくつか上の次元に住んでいる。天国とか高天原……あるいはネトゲの世界からいう現実世界に相当する場所、といえばわかるか?」


「な、なんとなく、イメージはできる」


 正人は彼女の説明についていこうとする。幸いなことに〝人類側の常識〟をたとえ話に使ってくれるので、すんなり受け止められるかどうかは別として、想像することはできた。

 やや、ゲーム関連に偏りがあるように思えるが。


「そこからこちら側に……ネトゲ的な言い方をすれば、〝ログイン〟している感じだな。ある〝仕事〟のために」


「ある仕事……?」


「オレたちは開発者だが、創るだけが仕事じゃない。むしろ創ったあとが本番だ。生まれたこの世界を、ちゃんと想定どおりに〝運営〟していかなくちゃいけねえ。そのためにはちゃんと〝現場〟で、問題がないか直接監視する必要も出てくるってわけだ」


「……先生はこの世界で、パトロールしてるってわけか」


「ああ。オレ含めていくらかの〝デベロッパー〟が、今こっちで活動している」


 ふと〝実はエイリアンはすでに地球にやってきている〟なんて陰謀論を思い出した。昔からささやかれ、今でもネットで検索すれば出てくるような使い古されたネタだ。

 当たらずといえども遠からず、というやつだろうか。

 オチはエイリアンではなく、それよりもっと上位の〝神様〟だったわけだが。


「もしこの世界をゲームにたとえるなら、俺たち生命体はNPCみたいなもんか」


「お、わかってきたじゃねーか。いい理解だぜ。微生物や虫から、てめぇら含む動物まで自律するモンは全部〝NPC〟ってところだな。まあ、無論、ただのたとえ話だが」


 NPC――ノンプレイヤーキャラクター。ゲーム内ではプレイヤーが操作しないキャラクターを指す。わかりやすくRPGで言うなら、村人とか、お城の兵士とか、宿屋や武器屋の店主など、ゲームプレイヤーのストーリー攻略をサポートするとともに世界観を彩る〝動く背景〟的な立ち位置の存在だ。


「……でだ」


 少し間を置いて、彼女は正人の目を見据えた。


「NPCのいずれかに、今〝バグ〟が発生している」


「〝バグ〟……」


 まずその言葉でイメージできるのは、データの異常や不具合といったものだろう。さっきこの世界をゲームにたとえていたことから連想すると、


「つまり、来栖や他のみんなが消えた原因が、そこにあるのか?」


「いい理解だ。簡単に言えば、〝他のNPCの存在の有無を、特定のNPCがコントロールできてしまうバグ〟ってところだな。以降は、〝存在制御バグ〟とでも呼ぶか」


「存在制御バグ……」


「本来ならオレたち〝デベロッパー〟にしかできねえことを、NPCができちまう。これは〝仕様通り〟とは言えねえ」


「NPCが制御できるって……つまりあの〝人類消失現象〟は、何らかの意思が介在していたってことなのか?」


「そういうこった。ちなみにあの瞬間、この世界に存在したのは、てめぇとオレら……そしてバグを使った元凶だけだ」


 果たしてそんなことをやらかしたやつの正体は、人なのかその他の動物なのか、はたまた虫か微生物か――。


「でも今元に戻ってるってことは、当然解決したんだよな? 来栖だって……」


 そう、世界からは一時的に全人類が消えたりしたが、今はもう元に戻っている。あの改変は嘘のようになくなり、当たり前のように日常が流れているのだ。ということは、誰からも忘れ去られ――否、最初から存在しなかったようにさっきまで消えていた来栖だって、まだ確認していないだけで元に戻っていてもおかしくないのだ。

 そう考える正人に紙鳴先生が差し出したのは、クラスの出席簿だ。


「見てみな」


 彼女の意図は明白だ。この中にさっきはなかった来栖の名前を探せということなのだろう。

 当然、それは存在するものだと思って、あるいは願って、正人は出席簿を開いたが、


「……え?」


 その名は、なかった。

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