第1話2 〝やらなきゃいけないこと〟

 昼休み。生徒で混雑する食堂でようやく四人がけの席を見つけた正人、皆元、井出の三人は、着席して各々の昼食にありつく。正人は購買部で購入したハムチーズのフレンチトースト、井出はカウンターで注文した焼き魚定食、皆元はマイ弁当を持参していた。


「……なあ、相談してもいいか?」


 思い切って正人は昨日の告白について、相談してみることにした。


「相談?」


 味噌汁に口をつけながら、井出は目だけ正人に向けた。隣の皆元もコップで水筒のお茶を飲みながら、目だけ向けている。


「昨日、告白されたんだ」


 途端、二人が揃ってむせた。


「ゴホッゴホッ! 液体口に入れてるときに、驚かすとかひどくない!? うえ、変なところ入ったかも……ゲホッ! ゲホッ!」


 皆元は咳き込んで、器官に入ったお茶と戦っていた。


「いや、ひどいのは揃ってむせたお前らだろ……そんなにびっくりすることかよ。少し傷つくぞ」


 さほど女性に縁のない男である自覚はあるが、まるで宝くじに当たったかのような反応なのはいささか傷つくというものだ。


「ごめんごめん。だって、突然だったからね」


「告白って……いわゆる〝愛の〟?」


 皆元が呼吸を整えながら問う。


「他に何があるんだ」


「じゃあ、もしかして詐欺とか……? 警察に相談したほうがいいんじゃない?」


 そう言って、彼女は心配そうな顔を浮かべる。そのままスマートフォンで警察に電話しそうな勢いだ。


「なんで前提として、俺に愛の告白なんてありえない的な感じになってんだ」


 もしかして、皆元はまだ朝の出汁の話を根に持っているのだろうか。そんなにダメだったか、出汁の話。


「相手は誰なんだい?」


 一方でちゃんと愛の告白と捉えて、井出が訊いてきた。さすがイケメンは心までイケメン。


「悪い、そこは伏せさせてほしい。本人も名前まで広められたくはないだろうし」


 クラスメイトという距離の近さだけに、名前は出せない。来栖も自分との間だけに留めておきたいだろう。


「……そっか。相談って、どう答えていいか迷ってるってこと?」


「いや、答えはもう決まってるんだ」


「じゃあ、もう相談することないんじゃない?」


 皆元が不思議そうな顔をした。なんだかんだで興味はあるのか、弁当を食べる手は止まっている。


「むしろ答えが決まってるからこそ、悩んでるんだ。告白は断る予定でさ。でもどう傷つけずに断ったらいいか、わからなくて……」


 そう――。正人は来栖からの告白を断るつもりでいた。昨日、〝好き〟だと言われた次の瞬間にはこの答えは決まっていたのである。


「え、どうして? もったいなくない? 人生最初で最後のチャンスなのに……」


「皆元よ、そんなマジ顔で言わないでくれるか」


「女子の汗を〝出汁〟とか言う変態には、人生一度でももったいないわ」


「え、出汁?」


「待て待て、俺を勝手に変態にすんな! 井出が若干引いてるぞ!」


 冗談なのだろうが、やはり朝のことを根に持っているのは間違いない。女子は執念深い。


「まあ、僕は赤土が断るってなら尊重するよ。でも傷つけずに断る方法かあ……」


「井出ならよく告白されてるし、何かいい断り文句を知らないか?」


 井出はこの容姿に加え、性格もよければ勉強もスポーツもできるのでよくモテる。たまに〝また告白されて断った〟という話を聞くくらいには。恐らく正人の知らないところで、よく告白されているのだろう。このモテ男め。


「お断り経験豊富だろ、お前」


「その言い方、ちょっと嫌味っぽくない……?」


 実のところ井出は、今までの告白をすべて断っている。少なくとも、誰かと付き合ったという話は聞いたことがない。


「ねえ、あたしには訊かないの?」


「お前、告白とかされたことあるの?」


「あるけど? まあ、井出くんほどではないと思うけどね」


 相談を持ちかけたのは二人に対してだが、実は回答内容に期待を持っていたのは告白経験の多さから井出のほうだった。なので、皆元のほうも〝期待を持てる側〟だったことに驚く。


(え、何? 今まで告白経験なかったの、俺だけ……?)


 今発覚する悲しい現実。


(確かに皆元、よく見ればモテそうではある……)


 男女別け隔てなく接する明るさ、女性としては魅力的なモデル級の顔立ちに胸と腰つき――男性の目からすればさぞよき異性に映ることだろう。実際正人も彼女の胸元や臀部に、〝男として〟本人にバレないようこっそり視線を向けたことは何度もある。

 しかし普段一緒にいると距離感が異性より同性といった印象が強いせいか、恋愛対象より友人という枠で塗りつぶされるのだ。よって、正人は彼女に恋愛的な好意を抱いたことは一度もない。


「といっても、今まで誰とも付き合ったことないわね。あたしも全部お断りだし」


「そうなのか?」


「好きな人なら別だけどね。そうじゃないやつに告られても、ちっとも嬉しくないわ」


「その物言いだと、お前……好きな人いるのか?」


 と、何気なく訊いた途端、珍しく皆元が顔を真っ赤にして女子らしい反応を見せた。


「あ、あんたには関係なくない!? 話ズレてるし!」


 恐らくその反応からして想い人はいるのだろう。少し気にはなるが、関係ないと言われたらそこまでだ。それに今の主題は正人の相談であって、彼女の想い人の話ではない。確かに彼女の言うとおり、話がズレていた。


「あ、ああ、そうだったな。で、改めて二人とも、何かいい断り方知らないか?」


「うーん、そうだね……。やっぱり好きな人に振られるんだから、告白した側は少なからず傷つくと思うよ。どう言っても。だから僕は変に繕ったりせず、はっきりと答えてるかな。それが勇気を出して告白してくれた人への礼儀だと思うし」


 井出が言ったのは、反論の余地のない正論だった。さすがベテラン。


「あたしも井出くんに同意見」


 と皆元も同調する。


「変に罪悪感から〝じゃあ友だちなら〟とか言っちゃうと、中途半端に期待だけさせちゃうかもしれないしね。だからあたしはきっぱり〝あんたは無理〟って言うようにしてる」


「〝無理〟って言い方はさすがにきつくないか、皆元」


「さすがに僕もそこまで否定しないかな……。変な断り方しても恨まれる可能性があるし、〝傷つけ方〟には気を使ったほうがいいと思うよ」


 正人と井出のダメ出し。さすがに〝無理〟はダメージが大きいと思った。


「そっか、それは確かに……。今度から気をつけるわ。助言ありがと、二人とも」


「いえいえ」


「なんで皆元の断り方の話になってんだよ……」


 と呆れた様子の正人。また話がズレている。


「まあ、要はあんたの〝贅沢〟な断り方はハナから無理ってことよ。傷つけるのは前提で、どう言うか……じゃない?」


 すっかり皆元は弁当を食べ忘れているようだ。正人もパンは半分くらいで消費が止まっている。一方で井出はマルチタスクが可能なのか、すでに完食済みであった。


「そもそも、どうして断るんだい? 他に好きな人がいるとか?」


 そう訊いた井出と、そして皆元の目はいつになく真剣である。


「いや、好きな人はいないな……」


「そうなんだ? そういえば、以前言ってたよね。初恋がまだだって」


「え、まじで……?」


 井出の言葉に、皆元がドン引きした顔でこちらを見る。そんな異形の宇宙人を発見したかのような目をしなくても、と正人は思った。


「そんな目で見るな。今は他にやらなきゃいけないことがあるんだよ。もし誰かと付き合っても、多分時間を割けない。そういうの申し訳ないだろ」


 井出はコップの水を飲み干したあと、一息置いて問うた。


「その〝やらなきゃいけないこと〟って?」


 流れ的に訊かれるだろうとは思っていた。しかしこれに関して、来栖の名前とは別ベクトルに答えづらい〝事情〟がある。しばしの熟考の末、正人はこう答えた。


「人の世話……かな?」


 恐らく目の前のふたりからすれば、ぼかしすぎて答えていないのと同じだっただろう。


「あっ! ちょっと、二人とも! 昼休み、あと五分もないわよ!」


 皆元はふと見たスマートフォンの表示時刻に目を丸くした。そしてすっかり食べ忘れていた弁当にようやく意識を戻し、猛ダッシュで満員電車のごとく胃に詰め込み始める。


「……どうやらこの話はここで終わりのようだね。あまり力になれなくてごめん」


 井出が苦笑して謝った。


「いや、少なくとも傷つけずに断るのは無理だとわかった。相談に乗ってくれてありがとう」


 井出は食器を返却棚に置くため、トレーを持って席を立つ。正人も残りのパンを頬張る。話しているうちに食欲は過ぎ去っていたからか、あまり美味しいとは感じなかった。


「ねえ、赤土くん」


「なんだ、皆元」


「どんな断り方をするにせよ、やっぱその内容はあんた自身の言葉がいいと思うわ」


「……だよな」


 井出にしろ皆元にしろ、お断り経験豊富な人間の言葉には重みと説得力がある。


(かっこいいこと言いやがって)


 とはいえ、皆元の場合は頬についているご飯粒のせいで、そのあたり半減していたけれど。

 それをあえて、コップに残ったお茶を一気飲みしているタイミングを狙って指摘してやると、彼女はその頬を赤く染めて、さっきのようにまたむせ出したのだった。

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