ようこそ! 未開発惑星開拓局へ

山灰ハロ

第1話 ようこそ! 未開発惑星開拓局へ




「ようこそ! 未開発惑星開拓局へ」


 彼らは今日、新社会人として人生の新たな1ページをめくることになる。


 遥か遠い未来の話。

 母なる星、地球から600光年離れた宇宙に位置するアテネイ星系第四惑星ユリシーズ。古代ギリシャ神話に由来する名を持つその惑星は、別名を辺境星域の首都と呼ばれ、地球人類の宇宙開拓の拠点として繁栄している。

この星には様々な地球連邦政府直轄機関が設置されており、

『未開発惑星開拓局』

もその内の一つである。今日、9月1日、この未開発惑星開拓局は新たに750名の新入社員を迎え入れた。地球出身の青年、ユウキ・ロックフォードもその内の一名である。

「未開発惑星開拓局は、現代の宇宙開拓時代において、この辺境星域には欠かせない機関である。諸君らには時代の最前線に立っていることを自覚し、公僕として、また名誉ある地球連邦政府職員として、各人の職責を果たしてもらうことを切に願う。ようこそ、未開発惑星開拓局へ!」

 未開発惑星開拓局長が新入社員に向けて訓示を述べている。


「ユウキ・ロックフォードです。今日から宜しくお願いいたします」

 入社式が終わり、午後から新入社員達はそれぞれの配属部署に挨拶へ向かう。ユウキも昼食後、自身の配属先である開拓史編纂課へ挨拶に出向いた。

「ようこそ、開拓史編纂課へ。まあ、そう緊張しないで。見た通り、そんなに堅苦しい部署じゃあ無いから」

 温和そうな中年の白人男性がそう答えた。彼がユウキの直接の上司である開拓史編纂課長アンディ・モーズレイである。

「人事局から開拓史編纂課の業務内容は聞いているかい?」

 モーズレイ課長が優しそうな口調で尋ねた。

「いえ……。人事局からは辞令を受け取っただけですので」

 ユウキも数度のOB訪問や入社面接の際に、面接官に仕事内容の説明を受けている。ただし、彼らはいずれも企画部や金融部などいわゆるエリート部署の人間である。開拓史編纂課の仕事など知る由も無いだろう。

「まあ、そんなものだろう。我々、編纂課の仕事は課名の通り、辺境星域の開拓の歴史について情報を集めて整理し、外部に発表したり、地球の連邦政府に情報を提供する。大まかな仕事内容はそんなところか」

 モーズレイ課長が説明を終えると、一般職員用の椅子に座っていた女性を手招きで呼び寄せた。

「お呼びですか、課長?」

 女性はロングヘアーの黒髪が似合う東洋系で、鋭い眼光が印象的だ。

「ヴィオラ君、君にロックフォード君の指導係を頼みたいのだけれど……」

 課長が命令口調では無く、むしろ懇願しているような印象をユウキは受けた。

「私が、ですか……?」

「そう。地球採用組は君とネヴィルしかいないじゃあないか? だけど、ネヴィルだと彼に悪い事を教えそうだろう? その点、君はしっかりしているから安心して任せられるよ」

 彼女は困惑顔になった後、諦めたのか承諾の返事をした。

「畏まりました。課長がそう仰るのなら」

 一礼した後、彼女は社員席に戻りユウキを呼び寄せた。

「私はヴィオラ・シェン。あなたの席は私の隣よ」

「あの……。僕は何の仕事を手伝えば良いんですか?」

 ユウキは新入社員が最初に聞くありふれたセリフを口にした。

「これを暗記すること。明日覚えているかテストするから」

 ユウキが手渡されたのは、2000ページはあろうかという分厚い冊子だった。表紙には『宇宙開拓全史』と書かれている。

「西暦3135年の宇宙開拓法成立から現代までの200年の宇宙開拓の歴史を綴った本よ。これがわかっていないと仕事にならないから、明日までに覚えてくること」

 ユウキは歴史が嫌いではないが、いかんせん学校で習う歴史は世界大戦や太陽系戦争などの戦争史や文化史に比重が置かれているため、近現代の平和な宇宙開拓時代は授業で軽く流されることが多い。ユウキは途端に憂鬱な気分に陥る。

「課長に指導係を言われる前に準備しておくなんて、仕事ができる女は違うわねえ」

 ヴィオラの向かいの席の褐色肌の女性が、からかい口調で言った。

「違う。私はただ、新入社員が入って来るって聞いたから、それなりの準備を……」

 ヴィオラの反論を無視して、褐色肌の女性がユウキに話しかける。

「ユウキ君、私はジェーン・バロウズ。惑星ユリシーズ出身で、このツンデレ女と同じく27歳よ」

 ジェーンが軽い口調で話しかける。

「それと、私の隣の無愛想なおじさんがマルセル・ロッシュ。資源商社のバイヤーだったらしいから、資源関係は無茶苦茶詳しい人よ」

 ジェーンが隣の黒人男性を指して言った。

「あともう一人、ネヴィル・プレストンって男がいるんだけれど、まだお昼に行っているんだよね」

 噂をすれば何とやらという昔からの言葉の通り、ネヴィル・プレストンが食事から戻って来た。

「いやあ、すみません。新入社員君が来るのを忘れていて、長電話してしまいまして……」

 少し無精ひげを生やした長身の男が愛想笑いをしながら謝罪した。金髪の長髪をゴム紐で束ねている容姿が、更に彼をだらしなく見せている。

「また、副業の電話? 課長は大目に見てくれているけど、熱中し過ぎて人事局にバレると大目玉食らうわよ?」

 ジェーンが叱責気味に言った。

「君がロックフォード君だね? 僕の名はネヴィル・プレストン。お荷物部署へ配属されて気落ちしているだろうけど、僕みたいな不良社員じゃない限りそのうち異動になるだろうから心配しなくて良いよ。最初の配属先なんて、企画部みたいなエリート部署以外は大して出世に関係ないから」

 ネヴィルが励ましの言葉をかけたが、ユウキは困惑顔とともに一つの単語が気にかかった。

「え? お荷物部署?」

 彼の返答とともに、部屋の空気が途端に重くなった。

「ロックフォード君」

 ヴィオラが席を立ち、ユウキに声をかけた。

「どうせ今日はやることないだろうし、局内を案内してあげるわ」



――未開発惑星開拓局――

 この組織が発足したのは今から95年前、西暦3229年に地球連邦議会で『未開発惑星開拓法』、法案を提出した二人の議員の名前から通称トーマス・マクトナー法と呼ばれる法律が成立したことと合わせて、連邦政府の外局として誕生した。当初は民間企業による出資も受け入れた半官半民の企業としての側面が強かったが、時が経つにつれて政府の影響力が増大し、現在では局長の任命には連邦議会の同意が必要となるなど政府色が濃い組織となっている。


「この本部ビルには、警備部を除く開拓局の八つの部局が入っています。私たちの開拓史編纂課はその内の一つの情報部の管轄よ」

 ヴィオラとユウキは、開拓史編纂課のオフィスがある本部ビル38階からエレベーターで20階まで降りて来ている。

「この20階には情報部の統括オフィスがあるの。情報部が何をしている部署かは知っているわよね?」

「はい。この辺境星域の情報の収集や、集めた情報を民間人に提供したりしています」

「そう。そしてそれは開拓局に求められる一番の役割を担っているということでもあるの。今でこそ企画部や金融部が花形部署と言われているけど、創設当初に開拓局に求められたのは辺境の情報収集と提供よ。私たちの編纂課も、その情報収集の一翼を担っているということね」


 地球人類が太陽系外への宇宙開発を本格化させたのは、かつては物理的に実現不可能と言われた光の速度を超えるワープ航法が確立された31世紀以降、実質的にはさらに百年後の地球連邦議会において『宇宙開拓法』、通称ベル・クランシー法と呼ばれる法律が成立し、太陽系外への宇宙開拓が民間に開放された西暦3135年以降のことである。

 拡大と成長の時代にはよくあることだが、碌に現地の情報を集めないまま開拓先に赴く人々が急増し、現地で災害や事故に巻き込まれる件数が激増した。あまりに犠牲者数が増加したため事態を重く見た地球連邦政府は前述の未開発惑星開拓法を成立させ、民間の宇宙開拓に積極的に関与していくことになる。その一つが辺境星域の情報収集を目的として設立された未開発惑星開拓局である。


「宇宙開拓は基本的に民間の自主的な行動に委ねるものの、辺境星域の安全確保や情報の収集は連邦政府がおこなうという住み分けができたのもこの法律が成立して以降の話ね。私たち未開発惑星開拓局がそうだし、この惑星ユリシーズが地球連邦の直轄領となったことや地球連邦軍が駐留しているのも未開発惑星開拓法……、一般的にはトーマス・マクトナー法と呼ばれる法律の理念によるものね」

 宇宙旅行が未だSFであった頃の映画やドラマでは多くの地球外知的生命体が存在したり、各惑星にそれぞれ独自の統治機構が存在したりする設定が随所にみられた。しかしながら34世紀になる現在に至っても地球以外の知的生命体の存在は確認されておらず、銀河系に散らばる知的生命体は全て地球発祥の人類だけである。そのため、否が応でも地球連邦政府と連邦軍の影響力が銀河系随所に見られるのである。


「ハロー、ヴィオラ。気遇ね、こんなところで会うなんて」

 若い女性、金髪をポニーテールに束ねた白人女性が親しげに話しかけてきた。

「アカネ? どうして20階にいるの? 物資管理部は50階あたりでしょう」

 ヴィオラが不思議そうな表情で尋ねる。

「相変わらず真面目っ娘ね、ヴィオラちゃんは。今日はどの部署も昼から新入社員の出迎えやらで半分気が抜けているから、不良社員が違う階でサボっていても見つかりっこないって」

 屈託のない笑顔で女性は不真面目な言葉を口に出した。

「ヴィオラの所の新入社員君だね。私はアカネ・ヘンダーソン、物資管理部の統計課所属だよ」

「情報部開拓史編纂課に配属になりましたユウキ・ロックフォードです」

「あ、ちなみにヴィオラちゃんとはハイスクール時代からの同級生だからそこのところよろしく」

「よろしくです」

 ユウキが苦笑しながら答えた。

「ところでユウキ君は地球採用? それとも現地採用?」

「こら。あんまりそういうこと聞かないの」

 ヴィオラが叱責する。未開発惑星開拓局に限った話では無いのだが、地球に本社を置く役所や企業では地球で採用されたか現地の惑星で採用されたかで人事に差を付けることが多く、円滑な人間関係を構築するためにはこういった質問はあまり好まれない。

「僕は地球採用です。上海のテンプルトン商科大学出身です」

「え? そうなの? 私もテンプルトン出身だよ。わ、奇遇だね」

 同じ大学出身の後輩に会って話が弾むところだが、その流れをぶった切ったのはヴィオラである。

「コホン。アカネ、そろそろ戻らないとマズいんじゃないの?」

 アカネの職員証から呼び出し音が聞こえる。未開発惑星開拓局の職員証は身分証の他に社内電話やクラウドサーバへの接続機能を備えており、さしずめ千年前で言うところの小型の携帯電話である。職員の中には出社せずに自宅でこの社員証を使って仕事を完結させてしまう者も多い。

「くそう、課長からだ。新入社員が五人もいるから対応に一杯一杯だと読んだのになあ」

 物資管理部の統計課長は商務省からの出向で、以前は財務省や連邦中央銀行の統計局に出向したこともある筋金入りの統計のプロフェッショナル官僚である。新入社員の仕事を捌くことくらい朝飯前だ。

「……さて他の階を見て回りましょうか」



 二人が到着したのは80階の郵便部である。

「郵便というと、この部署は星系間の輸送を扱っているのですか?」

「正解。星系を超えた電話や電子メールはできないからね。ワープ航法機能を備えた星系間宇宙船に手紙や音声を録音させた録音機を載せて運ぶ大昔のやり方しかできないわけ。その輸送を一手に引き受けているのが未開発惑星開拓局の郵便部よ」


 何百年も昔に使われていた技術が利用目的を失って衰退し、さらに時を重ねて利用目的が復活したために失われた技術が再び使われだすことは多い。例えば古代ローマ帝国時代に使用された上下水道や床暖房といった生活に必要な技術が都市の衰退に伴って失われ、産業革命期の欧州の復権によって再び使われだしたことなどが有名な事例だ。

 現代の宇宙開拓時代におけるそのような事例として『郵便事業』と『銀行業』の復活が挙げられる。郵便事業は手紙や郵送物を安価に送るために発達したが、電子メールの発達や物流事業の高速化によって衰退した。もう一方の銀行業というのも元々両替商が発達したもので資金の決済の他に貯蓄や融資などの事業をおこなっていたが電子インフラの発達に伴い機能が徐々に巨大銀行に集約され宇宙開拓時代直前には銀行という名前の法人は、世界にただ一つ地球連邦中央銀行だけとなっていた。それがワープ航法の必要な宇宙開拓時代に入り、星系間の通信が手紙と録音機という原始的なものに、資金の決済が為替手形に頼らざるを得なくなると再び郵便や銀行といった千年以上前に行われていた事業が復活するのである。


「やあ、ヴィオラ。今日は新入社員君の案内係かい?」

 眼鏡をかけた温和そうな黒人男性が右手にコーヒーカップを左手に書類の束を持ちながらヴィオラに話しかけた。

「ええ、ダン。そちらは相変わらず忙しそうね?」

「ハハハ、ここ数カ月で郵便や荷物の量が一気に増えたのでね。比例して決裁書類の量も増えているので我々本部職員もてんやわんやさ」

「それだけ景気が良いの?」

「いや、本国の連邦議会の野党第一党のTRF、次の選挙で過激な地球第一主義を掲げる彼らが政権を奪取して宇宙貿易に制限がかかる可能性も出てきているから、今のうちに各惑星とも必要な物資を調達して備蓄しようとしているのさ。そのせいで一時的に貿易量が跳ね上がっているのでそれに付随して郵便の量も増えている、というのが僕らの見立てだよ」

「色々と大変そうね。体に気をつけてね」

「なに、後でたんまりと残業代を申請してやるから気持ちは楽さ」



 次に二人がやってきたのは93階の金融部である。

「昔は連邦政府から与えられた予算の管理だけをおこなう部署だったのだけれど、今では民間から預金を預かって、それを資金不足の惑星や惑星開拓の開発会社に資金を融資したりしているわ。惑星開発技術を持つベンチャー企業へも投資していたりしているし、さながら銀行ね」

「へえ……」

 数字には疎いユウキは金融部の仕事は今いち理解できないでいた。

「辺境の政府、という人間も多いよ」

 二人の後ろから発言したのは背の高い白人男性である。

「ニック、久しぶりね」

「珍しいね、ヴィオラ。君がこの階に来るなんて。……と思ったけど、今日は新入社員君の案内か」

 白人男性が納得した表情を浮かべた。

「辺境の政府なんて、皮肉屋のあなたらしいわね」

 ヴィオラが微笑する。

「僕が言っているんじゃないよ。ただまあ、この宇宙で地球連邦政府に次ぐ規模の資金を持ちながら、連邦政府のように議会の承認も得ずに好き勝手におカネを動かせるなんて健全では無いとは思うよ。当事者の僕が言うのもなんだけど」



 続いて二人がやってきたのは131階の企画部である。

「ここは企画部。理事会で決定した政策をおこなう、言わば開拓局の頭脳部分ね」

「そして開拓局の出世部門でもあるんですね」

 ユウキの言った通り、未開拓惑星開拓局の上級ポストの地位に就くには九割方この企画部へ一度は配属されなければならない。残りの一割は地球連邦政府からの出向、いわゆる天下りによるものなので、ヴィオラやユウキ達大多数の生え抜き社員にとっては出世の登竜門なのである。

「やあヴィオラ、いつ僕と結婚してくれるんだい?」

 控え目に言って節操が無いように聞こえる発言でヴィオラに近づいてきた白人男性に対し、ヴィオラは愛想笑いで返答した。

「ポートマン主任、セクハラで訴えますよ」

 ファーストネームでは無く、ファミリーネームで呼び掛けているところが彼女の微妙な距離感の現れである。

「そんなに怒らなくても良いじゃないか。昔馴染みに向かって。それに同じアースポリス国立大学の同期だろう」

「今はどちらも関係ないですよね。私は忙しいので失礼します。行くわよ、ロックフォード君」

「あ、待ってください」

 早足で去っていく二人を見ながらポートマンと呼ばれる男性はひとり言をつぶやいた。

「まったく。昔はあんなに怒る娘じゃなかったんだけどな」



 二人が三八階の開拓史編纂課に戻ってくると、黙々と仕事をするヴィオラに皆の視線は集まっていた。

「資料室へ行ってきます」

 ヴィオラが部屋から出ると、他の社員達は一斉にユウキに問い質した。

「ヴィオラの機嫌がすごく悪いんだけど、何かあったのかい?」

 ネヴィルの質問に、戸惑い気味のユウキはビルの中を見て回った状況を一つ一つ説明した。

「あー、それね。企画部のジョージ・ポートマンに出くわしたからね」

 ジェーンが納得気味に言った。

「仲が悪い人なんですか?」

「うーん? これは他言無用でお願いね。私が言ったってことは本人にも内緒にしてね。実は彼はヴィオラの元・婚約者なのよ。親同士が決めたやつね」

 ユウキは軽く衝撃を受けた。

「色々あって婚約破棄になったのよ。あまり触れないでおいてあげてね」

 ユウキは肯定のサインとして、深く頷いた。



 地球連邦は西暦2071年に成立して以来、1300年近い歴史を持つが、同じ政体がずっと継続していたわけではなく、また人類で唯一の統一国家として存続してきたわけでもない。現在は第四共和政という名が付けられているが、過去に三つの共和政体と二つの世襲の君主国家であったという歴史が存在する。

「現在の第四共和政が成立したのは2770年、今から550年近く昔の話だ。当時人類の勢力圏は太陽系の内部にある第四惑星火星と第五惑星木星の間に存在する小惑星帯(アステロイドベルト)の内側に限られていた。こう記述すると人類は小さいとはいえ太陽系の内惑星の公転領域を自由に駆けまわっていたと想像できるがそれは正確ではない。当時の実質的な人類の活動領域は、唯一の衛星・月や月の公転軌道に散らばる宇宙コロニーを含めた第三惑星・地球圏と、火星の地表に建設された火星の植民都市群の総称とした第四惑星・火星圏の二惑星に限られていた」

 入社式の夜、自宅のある開拓局から電車で二十分の賃貸マンションの一室に戻ったユウキはヴィオラから渡された分厚い書籍を読み返していた。

「植民以来、相互不干渉を貫いてきた火星の植民都市群だが、最大都市で独裁権力を確立したバルジ将軍により実質的に統一されることとなった。火星を統一してもなおバルジの野心は止まることはなく、彼は次に莫大な資源を有するアステロイドベルトに目を付け多くの利権を有する地球の企業群から一方的にアステロイドベルトの利権を接収。この事で地球連邦と対立することとなり、火星軍機動艦隊はアステロイドベルトに駐留する地球連邦軍を奇襲しこれを壊滅させる。第二次太陽系戦争の始まりである」

 まるで大昔のスペースオペラを彷彿とさせる筆致だが、そもそもこの書籍は32世紀以降の人類の太陽系外進出を記述した本であって、31世紀以前はまえがきと第一章の間に設けられている前史の部分に記載されている。書籍の主旨からすればどうでも良い部分であって筆致も論文調より小説風になるのだろう。問題はそのどうでも良い部分にユウキがかなりの時間を割いていることである。このペースだと書籍の三分の一を読み終えた時点で朝になるだろう。

「これに対し地球圏の備えは盤石とは言い難かった。第二帝政を廃し第三共和政を成立させてから150年が経過していた当時、政府と議会は政局や権力闘争に明け暮れ、軍部は政治家と組んで金儲けに勤しんでいた。そこに軍国主義国家と化した火星の奇襲である。この状況で満足に対応できるはずも無くあっさりと小惑星帯を奪われてしまう。それでもなお、地球連邦政府が挙国一致で対応し国民からの支持を取り付けていれば反攻も可能だっただろう。だが火星に差し向けた第二第三の宇宙艦隊がやられてもなお政府は政局争いに明け暮れ、連邦軍を直接指揮する軍部トップの参謀総長に至っては梅毒で正常な判断ができないという有様であった。さらに小惑星帯という資源地帯を奪われたことで地球の生産活動は麻痺し、市民達は困窮して暴動が頻発する。ゼネストが横行したため市民生活のみならず軍の兵站にも影響が出始めた。この状況が四年続き、ついに火星軍は月軌道に達し地球連邦に属する月面都市群を次々と占領することに成功した」

 第二次太陽系戦争は現在でも歴史好きのみならず一般市民にも人気の高い戦争である。地球連邦人(地球在住者だけでなく太陽系諸惑星や太陽系外の地球連邦直轄星系在住者を含む用語)にとっては、数々の苦難を乗り越えて勝利した過去は現在の開拓時代と共感できる部分も少なくないのだろう。それはともかく、前史を読み終えないうちに時刻は夜中の1時を過ぎてしまったことにユウキは気付いた。

「……まずい。前史はとりあえず放っておいて第一章を読まないと」



「ふわあああ……」

 ユウキとネヴィル・プレストンがほぼ同時に大きな欠伸声をあげた。

「あらあら。ユウキ君てば大丈夫かしら? 厳しい先輩に一夜漬けさせられたから」

 ジェーンが心配半分からかい半分でヴィオラに言った。

「学生の勉強方法としての一夜漬けは推奨できません。学業は知識以上に、そこに至る思考方法や応用力を学ぶものですから。ですが、これは仕事である以上短時間で知識を詰め込むことは悪い事であるとは私は思いません」

「ハハハ。さすが優等生の答えね」

 一方、ジェーンが苦笑する横で昏睡状態に陥っているネヴィルについては誰もが容赦しなかった。

「ところでお主はいつまで寝ている」

 ジェーンが手刀をネヴィルの背に放つと、痛みを堪えながら彼は顔をあげた。

「うー。何で誰も僕のことは心配してくれないのさ」

「あんたの寝不足は副業が原因でしょうが。ちっとは自制しなさい」

「プレストンさん。別に良いんですよ、副業を本業にしてくださっても」

 ジェーンに続けていつもは静観しているヴィオラまでもが彼に叱責の声をかける。新人の教育に悪いと思ったのだろう。彼女のセリフは暗に退職をほのめかすものであったためネヴィルは縮こまってしまった。

「ヴィオラ君、ちょっと相談があるのだけれど」

 モーズレイ課長がヴィオラを呼びつけた。

「何でしょう、課長?」

「実は君の明後日からの出張にロックフォード君を同行させたら良いと思うんだけど、どうかな?」

「惑星メルベラd31へロックフォード君をですか? もう少し課の業務全体を理解してからのほうが良いと思いますが……」

 ヴィオラが意見する。部下の意見も否定せずに聞いてくれるところがモーズレイ課長の良い所である。

「うん、君の意見のほうが彼の理解度を深めるためには良いかもしれない。ただ、彼は地球出身で辺境星域にはハイスクールの修学旅行で来たことがある程度だ。一度、辺境星域や開拓惑星の空気を肌で感じてもらいたいんだよ。どうかな?」

 上司に下手にお願いされては嫌ですとは言いにくい。

「承知いたしました。私の後ろで見て聞いている程度の仕事しか、させることはできないでしょうが宜しいですか」

「それで良いよ」

 二人の会話に聞き耳を立てていたネヴィルが話に割り込んできた。

「え、ユウキ君。惑星メルベラへ出張? わ、いいなあ」

「遊びにいかせるんじゃ、ないのよ?」

 ジェーンが呆れた顔で言った。

「もちろん、それくらい僕もわかるさ。でも出張中、二十四時間仕事をするわけじゃあ無いだろ。朝の九時から夕方の六時までの業務時間以外は大抵自由時間のはずだ。いいかい、ユウキ君、一つ良いことを教えてやろう」

 ネヴィルがユウキの肩に手を回して小声でささやく。

「開拓惑星というのは当然ながら工事関係者が非常に多い。建設業というのは昔に比べて女性比率が高くなったといえども、まだまだ男性優位の業種だ。つまり開拓惑星の人口というのは男女比率を見れば圧倒的に男が多い構図なんだ。さて我々男は日々の疲れを癒すために時には異性の力を必要とすることがある。開拓惑星というのはそういう需要を満たすためのお店の数が多いことでも有名なんだ。規制の強い都会の惑星よりは。つまり……」

 傍からその様子を見ていたモーズレイとヴィオラは同時にため息をついた。

「……こういうことだから、ネヴィルに新人教育をさせたくないんだよ」

「同意です……」



 開拓史編纂課の業務は、辺境星域に存在する各開拓惑星の開拓の歴史、簡単に言えば開拓開始から現在までの経緯を纏めて各開拓惑星に提供することである。惑星を開拓した開拓者たちは自身の業績のPRに積極的な人間が多いが、それを未開拓惑星開発局が無償でおこなってくれるのだからこれほどコストパフォーマンスに優れたことは無い。もっとも、開拓者たちは業績を誇張したがる傾向にあるので、実際は未開拓惑星開発局が編纂した散文的な開拓史をもとに民間の専門の業者が誇張して手を加えた開拓史が公開されることがほとんどであるが。

 未開発惑星開拓局側のメリットとしては、開拓史の編纂の過程で開拓惑星に関する情報、例えば惑星の地理や資源の分布状況、都市や人口の配置、惑星政府の人的資源に関する情報、ありとあらゆる情報が開拓史を編纂するという正当な理由をもって入手することができるのである。開拓惑星の情報は未開発惑星開拓局、さらに上位機関となる地球連邦政府が広大な宇宙を統治していく基礎となるべきものであり、それらの情報の入手に連邦政府は軍や政府機関を通じて血眼となっているのである。


「かつて地球の東洋の中国大陸を統治していた歴代の王朝は、滅びた前王朝の歴史書を編纂することを義務としていたと言われます。前王朝の歴史書を編纂することは、現王朝が前王朝の正統な後継国家であることの証明となったからです」

 未開発惑星開拓局長グレイ・ヘンダーソンはダークスーツを着こなした初老の男に向かって言い放った。

「つまり開拓史の編纂というのは、地球連邦政府による辺境星域の統治の正統性を証する、という意味合いが含まれると言いたいのだな?」

 初老の男が言った。

「左様です。開拓史編纂課をお荷物部署だと馬鹿にする声が局内のあちらこちらで聞かれますが私はそうは思いません。彼らを馬鹿にする人間は所詮、開拓局が連邦政府内においてどのような役割を占めるのかという大局観を持つことができない馬鹿どもです」

「局長の言い分は理解したが、あいにく私が興味のある事柄は開拓局の一部署より惑星ユリシーズの政党別支持率だ。地球本国では野党のTRFが急速に支持率を伸ばしているが、惑星ユリシーズでは伸び悩んでいる。との情報は聞いているが」

「ハッハッ! TRFの理念は地球第一主義ですからね。連邦政府直轄地とはいえ、辺境のユリシーズでは受けませんよ」

 ヘンダーソンが笑い飛ばす。

「いや、失礼。ですが、TRFが仮に政権を取るようなことがあれば、辺境星域などは政策の優先順位の下位に追いやられてしまう、その懸念や恐怖が辺境星域にある限りこの星域にTRFの支持は浸透しませんよ」

「ふむ……。局長の言葉には私も同意だ。だが、政治とは一寸先は闇の世界だ。何らかの拍子でひっくり返ることもある。辺境星域の雄たる開拓局とは今後とも仲良くしたいものだな」

「私も同意見です。地球連邦議会の与党の幹事長ともあろう方がこのような辺境星域までお越しくださいましてありがとうございました。今宵は宴席を設けておりますので心行くまでお寛ぎください、ハートリー議員」


第1話 終

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