第5話 炎烈拳(えんれつけん)

 ―――俺のがスピードは速いし、大丈夫———


 物理が得意だったわけではない。


 しかし、本能的に、経験則的に物理法則がカナメの頭と体に身についてた。その結果、カナメは相手の動きを紙一重で交わすことも、無駄がない動きも簡単に身に付き、成果を出してきた。


 それが裏目に出る。


「うぐっ」

 ジェイボーイは自身に不釣り合いな炎を身に纏い、制御できずに骨の髄から溶けそうになっていた。

(聞きてぇことはたくさんあるが、早くしねぇとこっちが持たねぇ)

 自身の背中の向こうで必死に火の魔力を供給してくれているリリアンを憂いながら、ジェイボーイが足に力を入れて、ダッシュする。足にまとった炎は足の底から出力されるがごとく、噴射する。


(ジェット機かよ!?)

 

 ジェイボーイは一気に間を詰めて、肘の後ろに炎を出力し、

「おらああああぁ」

 先ほどよりも数百倍速いパンチを繰り出す。

 カナメは転がりながら間一髪で避けると、先ほど倒した熊が一瞬で灰になる。

「んぐっ」

 自身の筋力に見合わない高速のパンチを繰り出したことで、ジェイボーイは筋線維に痛みが走り、苦悶を浮かべる。


(ヤバっ。これは死ねる)

 

 カナメは憶測を間違えた。人が炎を纏うだけではなく、それを利用して速さが上がるのは彼のいた世界の法則を優に超えていた。


 逃げられないことを悟る。


 ジェイボーイはすぐさま切り返し、再度カナメの目の前に現れた。

 最悪のシナリオ、死を覚悟する。


 思考が加速する。

『おっ、これが走馬灯なのか?』、『熊もったいねー』、『いつも自分に間を詰められていた人々はこんな気持ちだったのか』、『まぁ、憧れていた魔法で死ねるなら本望か』と目の前の圧倒的恐怖、心的ストレスに感情がエラーを起こし、あたかも他人事ひとごとのように冷静に状況を分析する。


「お前は危険すぎる!!とりあえず、死んどけ!!えんれつけん!!」

 

 ヴォオオオオオオオオッ。

 

 ジェイボーイのまとった炎の大半が彼の右拳に集まる。

 

 ドゥゴオオオオンッ


「ぐああああああっ」 

 炎がカナメをまとい、その威力の増した拳がカナメのボディーに炸裂する。




 するはずだった。



「・・・ん?」

 カナメは腹に痛みを感じる・・・が、思ったよりも痛くはない。痛覚ごと吹っ飛んだのかと腹を見るが、服すら破けてない。


「ほっ・・・ほげええええ?」

 ジェイボーイが眼球を出して驚く。使い切ったが如く身にまとっていた炎が消えた。


「ジェイ・・・」

 リリアンが自身の魔力と気力を使い切り倒れる。


「んーーっと」

 カナメは自分の腹をさすりながら考える。

(異世界に来た恩恵なのか?魔防が高くなってんのかな?てか、全然熱くないし。まぁ、パンチはそれなりだったが・・・もしかして・・・)

「お前、イリュージョンとかマジシャンとかそんな感じの奴じゃないだろうな?幻術使いとかも当然含めるが?」

 ジェイボーイは顎が外れたわけではないが、口を開いたまま顎ををあわあわさせながら揺らしていた。


「いや、イリュージョンと幻術は同じ意味か?てか、肉体鍛えると魔防も高まるのか?健全な肉体には健全な精神が宿るって言うし、こりゃあ、俺はとんでもない才能を秘めてるんじゃ・・・」

 ちらっとジェイボーイを見る。

「ひっいいいっ」

 ジェイボーイは尻もちを着きながら、後退する。

 カナメはゆっくりと手を伸ばす。

「うわあああぁ」

 ジェイボーイは顔のあたりで腕を交差しながら、防御態勢に入りながら、怯えて叫ぶ。




「時の神クロノスよ、私を御身から解き放て。タイムアウト」

 カナメにも、叫んでいるジェイボーイにも、気を失ったリリアンにも聞こえない小さな声で、少女が詠唱する。


 少女の周りの全ての一切合切が止まる。

 飛んでいた鳥も空中で固定され、風に煽られていた木々も止まり、少女は慣れたように自身の首からかけていた懐中時計を開き、時計が止まっているのを確認する。


「ふぅ」


 安堵の息を吐いて、胸を撫でおろす。そして、ゆっくりと茂みから出て、細い腕を一生懸命使って、リリアンを担ぎ、運ぼうとする。


「あっ」


「ふぇっ?」


 カナメと目が合う。

 

 いや、目が合うというよりは、カナメが目を合わせてきた。

(目が輝くようにきれいだな)

 その瞳に輝きは角度によって色を変える。目の色とは対照的に彼女の肩まで伸びた髪は何色にも染まらない白。


「えっ、なんでぇ、なんでなの、なの?」

 まじまじとカナメが彼女を見る。彼女は自分だけの空間、まるで家に見知らぬ男が勝手に入ってきた子どものように小さな体を震わせながら困惑する。


「うぃすっ」

 カナメは止まってしまったジェイボーイから、少女に関心を向ける。

「ふぇっ、ふぇええ?」

 少女は状況が整理できず、言葉がきちんと出ない。

「お前・・・聞けば色々話してくれそうな大変いい、物凄くいい顔・・・をしているなぁ」

 カナメは優しそうな顔をして、少女に近づく。

「へっへっへっへ」

 カナメは自身の欲求がこらえ切れずに、笑い声が出てきてしまい、表情もまるで小悪党のような顔をして少女へとゆっくり近づくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る