第16話 それぞれの仕事
特別棟の階段を4階から1階まで駆け下りた美侑は、そのまま特別棟から飛び出した。最初に生徒会室にいたせいで靴が上履きのままだが、これはもう仕方ない。頼めば後でレイラン辺りが魔法で綺麗にしてくれるだろう。
ぐるりと辺りを見回して、美侑は術式を探した。地面に巨大な通信術式が描かれているなら、美侑がまだ術式をぼんやりとしか認識できないとはいえ、いくら何でも目に留まらないということはない。
吸血鬼に気を付けつつ、美侑はコソコソと移動した。まともに戦えない美侑がこんな状況で単独行動しているのは、自殺行為としか言いようがない。が、ここに美侑を送り出したのはレイランだし、先程のレイランの電話を聞いている限りでは、状況が悪化していたわけでもない。敷地内で戦っている味方はレイランだけではないのだから、美侑と吸血鬼が遭遇する可能性はそこそこ低いはずだ。
移動して再び地面を眺めるが、そこに術式らしき魔力はない。魔力の乱れは次第に収まっているが、それでも通信魔法が発動していることは、魔法的な直感でわかる。ならば、敷地全体ではなく、特定のポイントに設置された術式によって、通信魔法が維持されているのだろう。
となると、吸血鬼側からの妨害を受ける可能性が大きい。ここで誰かしら、戦力になりそうな知り合いと合流したいところだった。
(今、外に出てる知り合いは……レイランと奏太くんと、遥と風見先輩と……他に誰かいたっけ?)
ところで美侑は、この戦場と化した敷地内で、自由に動ける最大戦力———龍司と謙人のコンビがいることを、この時点では全く知らない。
レイランは特別棟の屋上で吸血鬼と対峙中、奏太と颯也は教室棟の屋上で感知と指示を担当している。遥は奏太たちと一緒にいた。
そのため、現状美侑の視点では、動けそうな知り合いは遥1人だった。となれば、まずは遥を探さなければ話にならない。
美侑は遥を探すために、上空を見上げながら、再び移動を開始した。
レイランと美侑が吸血鬼と対峙していた様子は、凌太の耳にしっかりと届いていた。驚いた凌太は、すぐさま後輩に声を掛ける。
「奏太、美侑が単独行動に入ったよ⁉大丈夫?」
「はい?」
くるりと奏太が振り返った。
「美侑さんが?単独行動?レイランと離れて?」
「うん、そう」
訊き返した奏太に、凌太は頷いた。
それを見た奏太が空を仰ぐ。そして叫んだ。
「———あんの馬鹿ァ!」
普段は滅多に聞かない、奏太の全力の怒鳴り声。空気がビリビリと震える。
思わず凌太は防音障壁を張った。風見家の敏感な聴力には、この怒鳴り声は少々酷だ。
「レイランが一緒だから大丈夫だと思ったのに!美侑さんに単独行動させたって何事だよ⁉」
そのまま続けて、恐らくレイランに対する怒りを吐き出した奏太は、不機嫌そうに腕を一振り。それだけで探知用の術式が現れた。しかも2つ。ここにもとんでもないポテンシャルの持ち主がいる。
「あーもう!美侑さんどこ行った!謙人はどこ!」
探知魔法は本人の感知系の才能によるアナザーマジックだが、ごく簡単なものであれば、術式の形式でも使うことができる。代表的な例は公官庁などの重要な場所に仕掛けられている吸血鬼探知術式だ。あの術式は吸血鬼の魔力に反応して警報装置を鳴らす仕組みになっている。
その他で術式化されている探知魔法といえば、個人を識別して探知するものだろう。だだ、この術式は誰もが使えるものではなく、探知魔法で個人を識別できる魔法使いでなければ使用できない。———もちろん、奏太は当然のようにこの術式を扱えるが。
探知術式を使うメリットは、術者が別の探知を行っている間に、術式が半自動的に探知したい個人を探し当ててくれるからだ、と前に奏太が言っていた。そんな圧倒的な感知能力を持っておいて、探知術式が必要になることがあるのか、とその時は思ったものだが、この状況を見れば、なるほど必要なものだろう。いくら深瀬家の魔法使いとはいえ、戦場全体の吸血鬼の状態を把握した上で個人を探すというのは負担が大きいらしい。
2つの術式はその場に2つの円盤状のレーダーを作り出した。円盤の中心にある白い点は術者、つまり奏太の位置で、その他にもう1つ、円盤に表示される赤い点が、識別された対象の位置である。
それを見て奏太が何か呟いているが、防音障壁をまだ張っていたせいでよく聞き取れなかった。自分の仕事は音で状況を把握することだろう、と思い出して障壁を解除する。
「———ちょっと遠いしなぁ……。遥はどうだろ」
どうやら謙人は位置的に美侑から遠めらしい。遥を探すためのもう1つの術式が、軽くかざされた奏太の掌の下に現れる。屋上でレイランの代わりに千里眼での探知を引き受けていた遥は、屋上付近に吸血鬼が近づいているからと、先程飛び出して行ってしまったのだ。
術式はすぐに3つ目の円盤を生み出した。
「どう?」
凌太は尋ねた。
「遥も微妙な距離ですね。しかも、やっぱり交戦中みたいですし」
すぐに奏太から返事が返ってくる。脳内で探知している吸血鬼の位置とレーダーに表示された遥の位置を照らし合わせたらしい。
「先輩、ちょっとレーダー見ててください!」
そう言いつつ、奏太がブレザーのポケットからスマホを取り出した。利き手ではないはずの左手だけで、器用に電話をかけている。
「謙人、レイランが美侑さんを単独行動させてる!現在地は特別棟周辺!龍司と2人で助けに行って、できれば僕たちのところに連れてきて!」
相手、この場合は謙人に口を開く間も与えないような勢いで、奏太がまくし立てる。
「……それはもちろんわかってる。こっちだって謙人と遥を探知してから電話かけてるんだから。遥は今交戦中だよ。
……うん、そう。すぐ誰かが守りに行かないと。今のところは美侑さんの方に行きそうな吸血鬼はいないけどね。
……あ、大丈夫。これだけはほんとに、一瞬だけ本気出して探知したから。美侑さんの周りだけだけど、絶対の保証ができる。僕の本気で取り逃がす吸血鬼なんていないんだから。
……うん。じゃあ美侑さんのことはよろしく。こっちはこっちで頑張るから。とっととあいつら追い返そう」
電話を切って、奏太がこちらを見た。
「とりあえず、謙人と話はつきました。何かあったら謙人が連絡入れてくれるでしょうから、心配はいらないと思います。後は、僕が美侑さんの動きを感知しておけば大丈夫かと」
「そっか」
凌太は頷いた。
「じゃあ、美侑のことは奏太に任せるよ。
謙人、ってことは龍司も一緒でしょ?あの2人に任せれば問題らしい問題は起きないだろうし。
あの2人、美侑の居場所を特定するスキルはあるんだったっけ?」
「謙人の適性は雷だけなので持ってないでしょうけど、龍司は海堂家の長男ですよ?」
凌太が念のためにと尋ねると、奏太は苦笑した。
「あいつは海堂家に必要とされる4属性全ての適性を持つ魔法使いです。天候を操る海堂家に必要な属性には、もちろん風が含まれてます。凌太先輩ほどとはいかなくても、魔法で聴力を強化すれば見つかると思いますよ。
一緒に中学の生徒会役員やってた後輩の能力くらい、覚えてやってくださいね、先輩」
龍司も中学時代の生徒会メンバーの1人だ。というか、去年の生徒会長である。すなわち、凌太の後任の生徒会長でもあった。2人とも仲は悪くないので、そういうことも知っているだろう、と奏太は思っていたらしい。
実際、中学という魔法使いが極端に少ない環境下において、先天的な魔法使いたちは自衛や緊急事態に備えて、それぞれできることを伝えておくのが普通だ。実際、凌太だって中学に入った時から彩香や杏奈の使える魔法は把握している。
だが、さすがに学年を越えてそれを知っている場合は少ない。理香やレイランはあまりに有名すぎてそれには当てはまらないが、それ以外は同期のものしか知らない場合が多いのだ。なんだかんだと同期の横の繋がりが強いため、先輩後輩の縦の繋がりはそれと比べれば弱い。
凌太が奏太の能力を把握しているのだって、本人の家系によるところが大きい。深瀬家は日本最高峰の探知魔法使いの家系であり、本家の人間は基本的に全員、探知魔法のスペシャリストだ。もちろんその他の魔法だってかなり扱えることは奏太の魔法実技の成績で一目瞭然だが、深瀬家のイメージは探知魔法である。だから、奏太も探知魔法が使えるだろう、というわけだ。
名家の場合は、そういうイメージによる能力の把握が成り立つ。深瀬家は前述の通りだが、凌太の風見家は一族全員が風の適性を持つ魔法使いだし、彩香の藤川家は代々木属性の適性を受け継ぐ、貴重な回復魔法を使える家系。霞原家は術式関係のことなら何でも引き受ける専門家。日富家は光の適性を受け継ぐ。
そして、海堂家のイメージは水。天候を操ることに長ける一族ではあるものの、彼らが一族として受け継ぐのは水の適性のみで、風や雷といった他の天候に関わる属性の適性があるかは人によるのだ。天候関係の適性があるだろうことは予想できるとはいえ、龍司に水以外に何の適性があるのかは、本人に聞いてみなければわからない。
ちなみに一条家も、ある意味で海堂家と似た部分がある。というのも、彼らが受け継ぐのは「オールラウンダー」という、他の一族とは全く異なる適性、というか特性、性質だからだ。
4属性適性が貴重と言われる中、一条家の魔法使いは基本的に4属性以上の適性を持って生まれる上に、術式魔法やアナザーの適性も高い。———これだけできることが多いのはいいことだし、味方としては非常に心強いが、一体何が得意で何が苦手なのか、他人から見たらさっぱりわからないのだ。得意分野が公開されているレイランの方が、一条家では珍しい。
「わかってるよ。こういうことが起きた時のためにも、やっぱり把握はしておくべきだし」
凌太が苦笑した。
「ま、でも、俺らの役目は生徒全体の指揮と吸血鬼の感知、戦局の見極めだからね。やることはみんなに任せるさ」
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