第15話 吸血鬼の目的

「【黄昏の魔法使い】。仕留めようと思ったのにな。いくら天才と騒がれてても、まだ16年ぽっちしか生きてないならどうにかなると思ったんだけど」

 飄々ひょうひょうとしているその吸血鬼の青年は、屋上に降りてから一切動いていない。しかし、美侑は妙に圧迫感のようなものを感じていた。相手がそれだけ強いということだろうか。

「———吸血鬼は長命だから、そっちから見たら、私が生きてきた時間なんて大した長さじゃないんだろうけど。こっちだって死ぬわけにもいかないからね」

「さっきは君じゃなくて、君のお友達が助けてくれただけでしょ。《黄昏の剣》使って居場所をばらすなんて、何考えてるんだか。あれ、本当に諸刃の剣だよね」

 臨戦態勢に入ったレイランがうぐ、と一瞬言葉に詰まった。


 美侑にはあずかり知らぬことだが、雷属性を含め、小さな球などは光魔法の迷彩でいくらでも隠せる。

 しかし、黄昏属性は使うのに巨大な黄昏の線を作らなければならないため、その分迷彩も広範囲にかけなければならない。黄昏は複合属性ゆえに、無意識に作り出せる代物ではなく、遥辺りが迷彩をかけてくれるならともかく、レイランが1人で使おうとする場合は必ず、自分の居場所が割れてしまう。


「でも、代わりに使ったらどんな敵でも傷つけられる。さっきの貴族だって、お腹に大きな穴開けてたみたいだし」

 美侑は言い返した。

 氷の礫に気づいて引っ張った時からレイランのブレザーを後ろから握ったまま、彼女の背中に隠れているような状態だが、吸血鬼と対峙することに躊躇ちゅうちょはない。いざという時にはすぐに《魔力流》を放てるように準備もしてある。

「ま、黄昏による攻撃が強力であることは否定しないよ。僕だってまともに受けたら即死だろうし、もしかしたら原種の方々だって殺せるかもしれないくらい強い」

「原種?」

 聞き覚えのない単語が登場して、美侑は眉をひそめた。

「吸血鬼のうち、人間の血が一滴も流れていない者のことだよ。貴族の吸血鬼の、更に上位の階級ってとこかな」

 レイランが吸血鬼を睨みながら解説してくれた。


「さすが一条家。原種の方々のこともちゃんと知ってるんだ。

 原種の方々は吸血鬼の中でも最強だから、反射神経も運動能力も、何もかも僕たち貴族とは一線を画す。だから当てるの大変だろうけど、もし気づかれずに発射できるなら、致命傷を与えられるんじゃない?

 もっとも、原種の方々は数がかなり少ないから、そもそも君たちが会う機会があるとは思えないけどね」

 当の吸血鬼がレイランの説明を補足している。

 さっきから何なんだろう、この吸血鬼は。敵というか、なぜかこちらをフォローするような言動ばかり。おまけに最初の氷の礫以外、攻撃がまだない。


「で、色々喋ってるけど、あなたの目的は何?

 時間稼ぎを狙ってるなら、無駄だと思うけど。侵入してきた吸血鬼は順調に倒すなり拘束するなりしてるわよ。時間が経つごとにあなたは不利になっていく」

 同じことを思ったのか、レイランが挑発するように言った。

「知ってるさ。ただあいにく、こっちも複数目的があってね……。1つは達成したところだが、まだ残っているんだよ。———【黄昏の魔法使い】、君の能力を見定めるという仕事がね」

「私の能力の見定め、ねえ……。いよいよもって、そちらも本腰入れてきたわけだ」

 眉を上げて答えた吸血鬼に、レイランがため息をついた。

「吸血鬼が生き残るためには、強力な魔法使いの排除は不可欠だ。10代にして世界最高峰の攻撃力を持つ君の実力を把握しておきたいというのは、間違った考えではないと思うけど?」

「そうやって戦力を把握したところで、本格的に魔法使いを叩くつもりってわけね」

 再びレイランがため息。美侑はびくりと体を震わせた。

 魔法使いを叩く、すなわち魔法使いを襲撃する。本格的に。つまり、魔法使いを狙った事件が多発するということ。一瞬、両親の姿が頭をかすめた。


「で、そんな情報を落とされて、こっちが黙ってるとでも思うわけ?」

 レイランが手をかざす。レイランの前には、一瞬にして術式が現れていた。

「いや?」

 吸血鬼は問いに答えつつ、ひらりとその場から飛びのく。それとほぼ同時にレイランの魔法が発動し、吸血鬼が元々立っていた場所が一気に腐食した。

「うわ、腐食系だったか。離れた場所から一気に術式を送り込むのも実力のうちだけど、これは相当のスピードだな」

「あいにく、私の武器は光と闇だけじゃないもので」

 魔法が引き起こした光景を見た吸血鬼が感想を言えば、レイランが無表情で返事をしている。その間にも再び術式が形成されているが、今度はそれが2つ。

 複数の術式の同時形成は結構難易度が高かったはずだが、それをいとも簡単にやってのける辺り、レイランは本当に優秀だ。———まあ、美侑の場合、身内にそのスキルを持っている人間を複数知っているので見慣れているけれど。というか、現在中学生の従妹も同じ芸当ができたはずだ。

「うわぁ……」

 それを見て、吸血鬼は若干引いている。同じ魔法という能力を持つ以上、レイランがやっていることの凄さはわかるのだろう。


「今度はこっちで!」

 レイランの手元から2つの術式が消えると同時に、吸血鬼の頭上へ。その術式によって現れたのは、燃える岩。レイランには火属性も土属性も適性がないはずだが、術式魔法でならこういうこともできる、というわけだ。

 魔法名は《隕石メテオ》。岩を呼び出す術式と火を着ける術式、2つによってレイランは成り立たせたが、実は1つの術式でも使える魔法である。その分、術式が大きくなって扱いづらくもなるが、《隕石メテオ》程度の術式ならレイランは普通に扱えたはずだ。

 わざわざ難易度の高い方法を選んでいることに疑問を覚えないでもないが、複数の術式で《隕石メテオ》を使うことにも「術式展開速度の短縮」というメリットはあるので、レイランはそちらを優先したということだろう。

 それを、吸血鬼は氷の盾を作ることで完全に防ぎぎった。術式が見えないことからして、この吸血鬼は氷属性の適性があるのだろう。光や闇ほどではないが、火や水といった基本属性より適性者が少ない属性だけに、美侑はそんなに見慣れていない。身近なところでは奏太や龍司が適性持ちだが、美侑は2人が氷の魔法を使うのをあまり見たことがなかった。


 その次の瞬間、周囲の魔力が乱れた。




 魔法使いは適性うんぬんの問題に関係なく、自分の周りの魔力を感知する力を持っている。この能力に特に秀でているのが深瀬家の魔法使いたちだが、どんな魔法使いだろうと、魔力の乱れを感知する程度の能力は持っているのだ。それは、最近魔法使いになった美侑ですら例外ではない。

 この魔力の乱れとは、生物の体内から少しずつ漏れ出して、空気中や水中に存在したり、地面や建物に付着した魔力が、それまでただふわふわ漂っていたり付着していた状態から、一気に動きだすことを指す。こういうことが起きる時というのは、どこかから強力な魔法が迫っているか、あるいは辺り一帯に魔法がかけられるかの2つに絞られる。

 強力な魔法が迫っているなら、魔力が乱れる前にレイランが反応するだろうから、今回はそちらではない。つまり、辺り一帯に魔法がかけられたのだ。


「これ……通信網?吸血鬼側のやつかな……」

 レイランが呟く。

 恐らく、吸血鬼の誰かが、校内全体に範囲型の通信魔法を敷いたのだ。魔法の効果範囲から出ない限り、これで吸血鬼たちは以心伝心状態である。

 彼らの目的が、目の前の吸血鬼が言うようにレイランの能力を見定めることだというのなら、レイランの居場所が魔法でもう伝わっているだろう。


「誰がこんな真似したんだか。こんなの作るためには、そこそこ時間が必要だったはずだけどね」

「ま、こっちは数だけはいるからな。1人くらい気配も姿も消えていても、何も問題ない」

「なるほどね。魔力をごまかせるもう1人は、最初から通信魔法にだけ集中してたわけだ。ついでに私や遥に見つからないように光学迷彩も、熱源探知からも逃れるために体温もごまかしてたね?よっぽど潜入に特化してる吸血鬼か、高位の吸血鬼じゃないと、そんな芸当はできない。

 というかそもそも、その前提だと吸血鬼は30人じゃなくて、31人ってことになるし。あなたも魔力を人間と同化させてた1人でしょう?……1人、学園の外からずっと魔力を消してたやつがいるね。そいつが通信魔法を敷いたんだ」

「そこにも気づくか」

 レイランの推測に、吸血鬼が感心した声を上げる。これは肯定と取っていいだろう。

 奏太が気づかないレベルで魔力を消せる吸血鬼はそう多くない。これまでの戦局を考えても、そういう吸血鬼はもういないだろう、というレイランの予想だろうが、当たっていたらしい。


「一条家の魔法使いをあまり舐めないで。確かに16年ぽっちしか生きてないけど、それでも本物の戦場に連れ出されたことなんていくらでもあるんだからね」

 レイランは吸血鬼を睨みつけた。そして、一瞬だけ美侑に目配せする。

「術式、見えてた?」

「……一応、見えてた」

 先程の《隕石メテオ》の魔法の術式が見えていたか、という意味だろうと解釈して、美侑はわずかに頷いた。

「じゃあ、私はこいつの相手してるから、その間に術式壊してもらっていい?どこを壊せばいいかは、美侑ならわかるでしょ?」

「なるほどね。わかった」

 レイランの意図を察して、美侑は再び頷いた。


 吸血鬼が通信術式で自由に通信できなくさせるためには、元となる術式を破壊しなければならない。範囲型の術式の場合、術式は範囲いっぱいに巨大に描かれているか、術者の指定した設置ポイントから効力を発揮しているかの2パターンが存在するが、どちらの場合も、今対峙しているこの吸血鬼をどうにかしないことには破壊しようがない。ただ、地面に術式が描いてあるかどうかは、見てみなければ美侑には判断がつかないが。

 そこで、レイランは自分がここで吸血鬼の相手をして、美侑に術式を破壊してもらうつもりなのだろう。

 術式は魔力の線で作られた図形なので、美侑の《魔力流》で一部だけでも削れれば効力は減少、あるいは消滅する。そして、術式関係の知識なら、美侑はレイランと同等か、あるいはそれ以上のものを持っている。

 分家とはいえ、霞原家の術式関係の教育を受けた美侑なら、術式のどの部分がどう作用しているのか判断するのは容易い。そこをピンポイントで破壊できれば、少ない魔力で敵の通信手段を奪うことができる。

「じゃあ、そっちはよろしくね。これの足止めと討伐は私に任せて」

 言うや否や、レイランはブンッと手を振り下ろした。その手元から闇の刃が放たれる。続いて術式で複数の火球が生み出された。

 それを尻目に、階下へ向かう階段に向かって、美侑は一目散に走り始めた。

 ここはレイランに任せておけば間違いはない。それよりも、美侑には仕事がある。


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