第14話 隠された札

 不敵に笑ったレイランはふわりと浮き上がった。

「私は確かに【黄昏の魔法使いトワイライト・クイーン】だけどね。でも、私の使えるモノは、何も『黄昏』だけじゃない。その意味、わかって私に戦いを挑んでるの?」

「当然だろう」

 吸血鬼は肩をすくめた。

「確認されている限りで、大半の術式魔法を扱い、光と闇を含む5重属性適性。魔力感知能力も高い。———吸血鬼ですら望めないほどの高い能力を持つ、まさに天才だ」


 美侑はまたまた顔を引きつらせる。吸血鬼が言ったことに間違いはない。間違いはないが、内容が恐ろしい。

 そもそも、適性属性というのは普通、1人につき1つか2つ程度だ。恐らく2属性の適性を持つ魔法使い、すなわち2重適性魔法使いが最も多いと思われるが、1属性のみの適性を持つ魔法使いも普通にいる。身近なところでは、例えば遥や謙人は1属性にしか適性を持たない魔法使いだ。

 3属性、4属性の適性持ちとなると珍しい部類であり、5属性以上の適性を持つ魔法使いは全魔法使いの1割とまで言われているほど珍しい存在だ。レイランはそもそも光と闇の2重適性を持っている時点で珍しいどころの存在ではないのだが、光と闇以外にも複数の適性を持っているというとんでもない人材なのである。

「なるほどね……」

 レイランが呟いた。




 (でも、それで情報が全部だと思われちゃ困るんだよね。【黄昏の魔法使いわたし】のもう1つの異名、知らないわけじゃないでしょう?)

 レイランは腕を前に突き出した。

(私が普段から見せてる属性は、水・氷・木・光・闇。でも、それ以外が使えないなんて、誰が言ったのよ?)

 吸血鬼の言葉は前提が間違っている。確認されているのではなく、「意図的に確認させている」能力だ。レイランの光属性魔法でごまかせば、本当は使えるものも使えないように思わせることは可能の範疇。

 突き出した掌の前に浮かび上がるのは、光の玉。

 それを見た吸血鬼は飛びさすった。文字通り光速で発射される光属性の魔法から逃れる術はほとんどないが、逃げないよりは逃げる方がいい、ということだろう。


(ま、無駄なんだけどね)

 くいっ、と手を傾けると、吸血鬼の体が腹からくの字に折れ曲がる。まるで、見えない何かが腹に当たったかのように。

「……‼」

 驚愕の表情で固まった吸血鬼は、そのまま屋上に倒れ込んだ。ピクピクと痙攣している。

「レイラン、これは?」

 後ろからおずおずと美侑の声が聞こえた。

「私の隠し玉、かな?」


 吸血鬼がいる前で簡単に喋れるものではない。高い能力を持つ吸血鬼の中には、他の吸血鬼の五感を通して情報を得る者もいるのだから。神経を麻痺させて行動を止めたとはいえ、感覚器は正常に動いている。

 レイランが用いたのは、雷属性の適性で作り出した雷の球を、光魔法による光学迷彩で隠して放つ方法だ。感知能力の高い吸血鬼相手だと通用しないが、この敵には効いたらしい。《黄昏の剣》を見て駆けつけたような話しぶりだったので賭けてみたのだが、読みは正しかったようだ。


「これで2人、無力化はしたけど…。探知できないやつがまだいるはずだね」

 拘束術式で手早く吸血鬼を縛り上げて、レイランは呟いた。

「それは……。まだ、敵はいるってこと、だよね?」

 レイランが吸血鬼を拘束したのを見て、美侑が近寄ってくる。

「うん。1度、奏太に連絡取ってみる。こいつと、下にいるやつも回収してもらわなくちゃいけないし」

「あー……尋問用に回すんだね?」

「そういうこと。ま、下っ端に詳細が伝えられてるとも思わないけど、情報源は多い方がいいしね。早めに討伐部隊に引き渡しておかないと。いつまでも学園に吸血鬼を置いておくわけにもいかないのだし」

 片手でスマホを取り出して、ワンタップで奏太に電話をかける。家同士の仲がいい、同い年の奏太とは物心ついた時からの幼なじみだ。奏太が中学に上がって東京で暮らすようになってからも何度も連絡を取っているため、この方が便利だろうとショートカットアイコンを作ってある。


 すぐに電話は繋がった。

「私だけど。残り人数と感知人数の照合はできてる?」

『もちろん。レイランが倒してくれたおかげで、感知から外れてた1人も感知に入ったよ。さっき見つけた、特別棟の裏でしょ?』

「うん」

『残りが17人で、死んだのが7、無力化したのが5人』

「感知対象外は残り1人、と。ちょっとペース遅いかもね」

『そんなこと言っちゃだめ。学校にいるのは僕らの実家の部下の人たちじゃないし、部隊の人でもないんだから。

 むしろこのペースは速い方だと思うよ?実戦でびびってる人もあんまりいないし』

 小言を言えば、呆れたような声で奏太に諭された。レイランも、こういう面での感覚が若干狂っていることは自覚しているので、まあ仕方ないだろう。


「ま、経験者だらけだしね。理香さんと山本先輩がいないから、どうなることかと思ったけど、意外とどうにかなってるし……」

『あの2人がいたらまあ、もう少しは数減らせてただろうけどさ。司令塔は山本先輩に任せておけるし、理香さんはバンバン吸血鬼を倒してただろうし。でも、あそこまで暴れられる人も、その状況をコントロールできそうな人もそういないよ』

「理香さんもマジモンの天才だからねー。同世代に私とゆりあ姉がいたから目立たないだけで、近接戦闘は最強格、でもって4重適性魔法使い。そんな人が強くないわけがない。吸血鬼の警戒人物リストに載ってるのも納得だよ」

『で、ちなみにその当人にこの状況は知らせたよ。どう動くかは知らないけど』

「戻ってきそうだなあ……。奏太、うちには連絡ついた?」

『残念ながらまだついてない』

「あらら。お父さんとお母さんがひとっ飛びしてくれたら、すぐ解決しそうなんだけどなあ……。こういう時に限っていないんだから」


 レイランの両親なら、事件を知れば必ず駆けつける。討伐部隊にも知らせは行っているとは思うが、レイランの実家は彼女の両親の飛行魔法ならここから20分程度で到着できる。ということは逆も然り。

 レイランが異常なほど優れていることからわかるように、彼女の両親もまた、優れた魔法使いだ。レイランの黄昏のような唯一性は持たないものの、オールマイティなのは娘と同じ。

 むしろ、経験という面で考えれば娘の上を行くだろう。せめてどちらかに参戦してほしいところだが、到着まで最低20分。それだけあれば、普通の吸血鬼なら、レイラン1人である程度倒し切れる。

 理香たちが戻ってくればそれはそれで状況は変わる。しかし、隠れたままの吸血鬼1人を見つけられるのやら……。


 こういう場合、呼ばなければならない相手はただ1人、日本最強の探知魔法の使い手たるゆりあしかいないが、本人は恐らく大学で授業中。仮に電話を掛けたとしても、電話に出ないだろう。確かゆりあは大学の特別措置で、吸血鬼関係での授業の遅刻・早退・欠席は全てノーカウントだったはずだが、だからといって授業に出なければ試験で点数が取れず、結局は単位が取れないのだから。

 あるいは、頼めば奏太がどうにかしてくれるかもしれないが。本気を出した奏太が、個人識別だけに力を注げば見つかる可能性はある。

 だが、他の吸血鬼を全部潰してからでなければ、今度は奏太自身が危険だった。探知魔法特化型の魔法使いとは思えないほど奏太の戦闘能力は高いが、吸血鬼がうろつく戦場のど真ん中で、人間に溶け込んだ、あるいは魔力を消した吸血鬼を見つけるのはリスクが高い。奏太本人が複数の吸血鬼に襲撃される可能性を否定できないのだから。


『まあ今は、とにかく吸血鬼を消しつつ頑張るしかないね。感知できない奴の対処には、龍司と謙人にコンビで動いてもらってる。向こうもそれなりに吸血鬼引っ掛けてくれるでしょ』

 レイランは眉を上げた。先天的な魔法使いである彼らの経験値は、普通の魔法科の2年生よりもずっと上だ。既に実戦経験がある2人なら、吸血鬼を適度に倒しつつ、残りの1人も見つけてくれるはずだ。

「そこ2人なら安心だね。動ける面子はみんな動いてるのか」

『そういうこと』

「じゃあ、吸血鬼の回収は難しい?」

『そうだね。気絶させておいてくれると助かる』

「ええー……」


 吸血鬼を気絶させる手段はそんなに多くない。

 麻酔の効きは普通の人間より弱いし、頭を強打するにしてもレイランにはその手段がない。急所に攻撃するとしても、光や闇属性では殺してしまうだけだから使えないし、かといって水や風で十分な打撃を与えられるのかどうか。

 水の適性が高い奏太や龍司なら上手くやるだろうが、オールマイティとはいえレイランの水魔法の腕は彼らには及ばない。レイランの場合、最強の矛を持っている以上、他の属性の魔法を極める意味もなかったのだ。


『いやだって、隠し玉あるじゃんか。それなら気絶させられるでしょ、普通に』

 奏太は幼なじみゆえに、レイランが適性属性数を少なく見せていることを知っている。

 つまり奏太は、雷属性の適性があるなら、脳ごと麻痺させれば問題なかろう、と言っているのだ。実際不可能ではないから目の前の吸血鬼も動けなくなったわけだが。

 ただ、胴体だけ麻痺させても魔法の使用だけは止められないので、魔力の移動防止効果のある拘束術式で縛ってある。そこを脳ごと麻痺させれば、体は動かない、魔法も使えない、視覚・聴覚情報も入らないと、都合のいいこと尽くめなのだ。

「……わかったよ。まあ適当に処理しておくね。そっちも司令塔、頑張って」

『了解。そっちもね』


 そのまま奏太の方から通話が切れ、レイランはため息をついた。ひょいっと左腕を一振りして、不可視の雷の球を3つ、空中に浮かべた。普通なら2つで事足りるが、相手のうちの1人が魔力隠蔽能力を持つそこそこ強い吸血鬼なので、念のためだ。

 1つの球は屋上に拘束した吸血鬼の頭に直撃し、残りの2つは特別棟の裏の吸血鬼の元へ。

 特別棟の裏の吸血鬼には、腹に大穴を開けてやったはずだが、千里眼で見てみると傷が半分くらい塞がっている。自己治癒能力の賜物か、はたまた回復魔法を使える吸血鬼だったのか。吸血鬼の平均的な魔法能力は魔法使いの平均的な魔法能力よりも上なので、もしかしたら自分で回復魔法を使ったのかもしれない。だとすれば、子爵の割には強い。


 その子爵の頭にも2発の雷の球が命中した。1発目を囮として吸血鬼の位置を動かした後、2発目をそこに持って行って確実に当てたのだ。囮に使った1発目もどこかに直撃させることなく、ギュンと方向転換して再利用。これなら問題なく気絶させられたはずである。

「よし。向こうの吸血鬼にも、回収されるまで大人しくしていてもらおうか」

 今度は特別棟の裏の吸血鬼を人差し指で指す。レイラン自身の体があるここからでは何も見えないが、目を閉じて発動した千里眼は、拘束術式で吸血鬼が拘束される様子を映していた。




 ところで、千里眼は自分自身の目(物理的、生物学的な意味での目だ)を閉じておかないと、自分の目が映すものと千里眼が映すもの、両方を見ることになってしまう。

 熟達した者なら、千里眼と光魔法の応用として、目の前に監視カメラのモニターを並べるような感じで複数の千里眼の映像を投影したりもできるが、あいにくレイランはまだ練習中だった。よって、レイランは千里眼を使う時、必ず目を閉じることになる。

 それは、戦場においては大きな隙と見なされる。


「———レイランっ!」

 美侑が声を上げて、レイランの制服のブレザーをぐいっと引っ張った。はっと目を開けると、目の前を氷の礫が横切っていくところだった。

「へえ。案外勘のいい子なんだねぇ」

 ストッ、という小さい音と共に、本日4人目の吸血鬼が屋上に降り立った。


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