第13話 【黄昏の魔法使い】
【黄昏の魔法使い】、または【トワイライト・クイーン】。
世界でただ1人、光と闇の狭間に立つ者に、その奇跡と言われる素質と天性の才能に、畏怖と敬意を込めて贈られた異名。
———この名をつけられた時、彼女はわずか5歳だった。
*****
特別棟の屋上で、美侑はレイランの様子を見守っていた。
レイランは先程から微動だにしない。ただずっと目を閉じている。
しかし、その両腕は真っ直ぐに伸ばされ、掌は上向きになっている。それぞれの掌の上には白と黒、色違いの球が浮かんでいた。
(魔法?光?)
球の正体はわからないが、レイランが光の魔法を得意とすることは知っている。そこから考えれば、あれはレイランがいつも出している光球の色が変わったものだろう。
でも、それにしては、黒い球がどこか変な気がした。単に色がついているだけではないというか、そういう感じなのだ。
言葉に表すなら、吸い込まれそうな感じというか、禍々しいとまでは言わないまでも不気味というか恐怖を感じさせられるというか、そんな感じだろうか。
レイラン曰く、特別棟の下に貴族の吸血鬼がいるらしい。だが美侑は、相手にこちらに気づかれるわけにはいかないからと、その姿が見える場所へは移動するなと言われていた。
だから一切、下の様子はわからない。学園の各所で残っている教師たちや、魔法家系の生徒たちが応戦しているだろうが、その戦闘音もあまり聞こえなくなっている。
果たして現状、どちらが勝っているのかもわからない。ただ、緊急事態になれば奏太から美侑のスマホに連絡が入るだろうから、それがないということは状況的には大丈夫なのかもしれない。
動ける魔法使いの数は限られているが、それでも生徒だけでも20人はいるのだ。吸血鬼と1対1で戦える生徒はあまりいないとはいえ、人数的にはまだまだどうにでもなる、はずだ。いざとなれば屋上の2人や、生徒会室に残った彩香と杏奈も戦うだろうし……。
経験豊富な3年生と教師がいないのは厳しいが、残った生徒だって実戦経験のある者がいる。2年生に関しては討伐部隊の任務の手伝いに行ったこともあるから、ある程度の知識はあるはずだ。校舎内に立てこもっている一般人の生徒が少々心配だが、そこは魔法科の生徒がどうにかしてくれることを祈るしかない。
探知にかからなかったもう1人の方も誰かが捜索しているだろうから、そちらも大丈夫なはずだ。
(大丈夫、大丈夫。みんないるから。戦える人たちが頑張ってるから)
だから、あの日のようなことにはならない。10年前のあの日のようには。
でも、それでも何かあったら。
(あの日、私は戦う力がなくて、逃げるしかなかったけど。今の私はもう、力がないわけじゃないから)
もちろん、他の魔法科の生徒たちに比べれば、遥かに弱い、役に立たないレベルの力でしかない。でもそれでも、戦う力がなかった頃とは違うのだ。
レイランと奏太に付き合ってもらって、《魔力流》の練習もした。コントロールさえ狂わなければ大丈夫だと、数日前に言われたことを思い出す。
だから、いざという時は、自分も戦う。ここには、守らなければならない人たちがたくさんいるのだ。
美侑がそう思った時。
レイランから発せられる雰囲気がわずかに変わった。レイランから殺気がにじみ出ている。美侑は思わずびくりと体を震えさせた。
これが、実戦を経験した魔法使いか。
そして、レイランの両手から、その力が放たれた。
白と黒、2つの色の線が螺旋を描くようにしてゆっくりと空へ上っていき、絡み合って1本の線を形作る。そしてやがて、2つの色が溶け合って、金色の光に変わった。
(え……?待って待って、これってまさか……!)
美侑は目を見開いた。
知識としては知っているし、一応理解もしている。何せ中学できっちり教え込まれるのだから。
が、いくら使い手が友人だからといって、直接目にする機会はこれまで1度もなかった。
だってこれは、彼女が対吸血鬼戦闘において、誰よりも優位に立っている理由そのものであり、切り札のはずだから。簡単にお目に掛かれるものではないはずだから。事実、彼女は中学で実演を求められても、一切使おうとしなかったのだ。
それが、その魔法が、使われようとしている。
頬を冷や汗が伝った。
———これは、反属性複合魔法だ。
*****
魔法の属性は全部で10個。火、水、風、土、雷、氷、木、鋼、光、闇。
そして、これらの属性には、全部で5組の「反属性」同士に分類される属性がある。火と水、風と土、雷と氷、木と鋼、そして光と闇。
反属性同士はそれぞれ反発し合い、お互いの魔法を打ち消し合う。その性質のためか、反属性同士の適性を持っている魔法使いは極端に少ない。特に、元々適性を持っている者が少ない希少属性である光と闇、両方の適性を持っている魔法使いなど、歴史上、1人も現れたことがなかった。———ただし、16年前までは。
16年前に生まれたとある子供が、魔法を使えるようになるとすぐに、光と闇、両方の魔法を使って見せたのだ。
その子供は魔法界で一気に話題となり、少なくとも日本の魔法関係者では知らない者はいないだろう、というレベルで有名になった。
そしてその子供は光と闇、双方に突出した能力を示し、成長してから、それまで考えられなかった「複合属性」という概念さえ生み出してみせた。具体的には、2つの属性を掛け合わせることによって双方の特性を得たものを複合属性と呼ぶが、複合属性は1人の魔法使いの魔力に由来する属性魔法を掛け合わせることでしか生み出せない。その上、成功例が確認されている属性の組み合わせがかなり少なく、そもそも一部の魔法使いにしか複合そのものが行えない。そして、反属性を掛け合わせたことで生まれた複合属性は、その子供が光と闇を掛け合わせて作った複合属性———通称「黄昏」だけだった。
黄昏という名前は光と闇を複合した時に金色の光に見えること、そして黄昏という時間がちょうど光と闇の間に位置することに由来する。しかし、光と闇の適性を併せ持つという圧倒的な素質と能力によって、その子供はわずか5歳にして異名を付けられるという、これまた前代未聞の事態となった。
つけられた異名は【
複合属性を生み出す前についた異名にしては、妙にその子供の能力と合った異名だ。しかし、この異名もまた、黄昏という時間が「光と闇の狭間」を示すことからついたものなので、似た名前になるのはある意味必然だっただろう。
そして、その異名で呼ばれることとなった子供の名前は———一条黎蘭。
世界でただ1人、そして歴史上でもただ1人、光と闇を操り、新たな概念を作り出した、世界でも天才と呼ばれる魔法使いである。
*****
レイランの両手から空へ、1本の金色の線が伸びている。
俗に《黄昏の線》と言われる、黄昏属性を作り出す段階。この線があることで、味方も敵もレイランの位置に気づくという。遠距離からの1撃必殺を基本戦法とするレイランにとってはこの線はデメリットでもあるが、元々高威力の属性として知られる光と闇の複合属性である「黄昏」によって作り出される魔法はそのどれもが超高威力であり、遠距離攻撃でも貴族の吸血鬼を簡単に葬ることができるという話なので、そこは問題ないのだろう。
レイランが幼い頃から天才と騒がれたのは、光と闇の2重適性を持っていたためだが、レイランはそれ以外にもいくつか「天才」と騒がれるような素質と能力を有している。例えば、探知系魔法の腕前にしても、幼なじみのゆりあ・奏太姉弟がいるから目立たないだけで、同世代では最高に近いレベルだ。
その上で複合属性という新たな概念を開拓し、術式魔法もかなり大規模なものまで扱える。おまけに適性属性が光と闇だけではないと来れば、それは天才どころか奇跡と呼ばれてもおかしくない。
なお余談として、レイランが魔法実技の成績込みで学年1位から落ちたことがないというのは、この天才性によるものだ。座学の成績もかなり上位ではあるが、それだけでは不動の1位にはならない。実技成績1位、学年1位以外にどう評価しろと?という学園側の声が聞こえそうだ。
ともかく、それくらいレイランの魔法能力は突出している。
その彼女が、切り札であるはずの「黄昏」を作り出したからには、初手で確実に敵を仕留めるだろう。
「顕現せよ、《黄昏の剣》……!」
レイランが呟いた。
空中に顕現した《黄昏の線》が、ある1点でかくっと屈折した。これも、光属性を複合しているためか。
屈折した点から、《黄昏の線》とは比べものにならないほど太い「黄昏」のラインが伸びる。
レイランが使う、《黄昏の剣》。何物をも貫く、属性魔法最強の矛。
《黄昏の剣》は屈折し、地上へ向かってまっしぐら。光属性の影響で、それは流星が流れるように速かった。
ブスッ、という音がかすかに聞こえた。
「……微妙に外したなぁ……」
レイランがため息をつく。
「はい?」
微妙に外したとはどういうことだと、美侑はレイランに尋ねた。
「頭を狙ったつもりだったんだけど、一瞬でジャンプされた。首から上を吹っ飛ばすつもりだったけど、腹に大穴開けただけ。吸血鬼の治癒能力は高いから、多分魔法なしで治す」
「ええっ⁉」
《黄昏の剣》を避けるなんて、吸血鬼はどういう反射神経してるんだ?と思いつつ、今日何度目かわからないが顔をしかめた。それを見たのか、レイランが説明する。
「黄昏は闇属性と光属性の複合属性だから、光属性ほど速くないんだよ。光は避けようとしてもできないけど、黄昏は予めわかっていれば避けられるものでもある」
「ええ?じゃあ、まさに諸刃の剣ってわけか……」
最強と言われる属性魔法のはずだが、案外弱点もあったらしい。光属性があまりに速すぎるがゆえの弊害か。高威力と言えども、当たらなければ意味がない、と。
「まあ、お腹にまともに食らわせたから、しばらく動けないでしょ。
それより、他の吸血鬼を倒して、数を減らしておかないとまずい」
レイランが教室棟の方を振り返った。その目にはきつい光が宿っている。
「みんな、頑張ってはいるみたいだけど、吸血鬼1人につき人間3人はいないと殺せないって言うしね。この状況だと、こっちに犠牲が出てないだけでも喜ぶべきなのかな……。
この感じだと、黄昏で攻撃すると味方まで巻き込みそうで怖いし、ちょっとこれは消そう」
これ、と言いながらレイランは手の上に立つ《黄昏の線》を見やった。黄昏属性の魔法を使わないなら、この《線》は敵にレイランの位置を知らせるだけの無用の長物だ。
「早く移動しないとまずっ……!」
言いかけたレイランがばっと飛びのいた。レイランが飛びのいた場所に火球が叩き込まれる。
「敵⁉」
美侑が声を上げると同時に、レイランが倒した吸血鬼がいるのとは反対側から、人影が飛び上がってきた。屋上から優に3メートルは高く飛び上がった影は、猫のようなしなやかさで屋上に着地する。
「こんなところにいたとはな、【トワイライト・クイーン】。『黄昏』の魔法は強力らしいが、異常に目立つのが欠点だな」
「———私のことを知ってるのね。ま、当然か……」
レイランが呟く。幼い頃からあれだけ騒がれていた天才児が吸血鬼に知られていることくらい、想定済みなのだろう。レイランの異名は日本どころか、魔法界に限れば世界規模で有名なはずだから、そのどこから情報を聞きつけていてもおかしくないのだ。
「ここで最も警戒すべきなのは、教師連中ではなく一部の生徒たちだ。中でも警戒すべきは2人だが、1人はここにいない」
「なるほどね。どっかから、理香さんの不在を聞きつけたってわけ。ふうん、それで今日ねぇ……」
吸血鬼が漏らした言葉に、レイランが眉を吊り上げた。美侑もそれを聞いて眉をひそめる。
基本的に、生徒が討伐部隊の手伝いに入る日の情報は、学園と討伐部隊、討伐部隊の上層部である防衛省くらいにしか知らされない。しかし、その情報が吸血鬼に漏れているということは、そのどこかにスパイがいるか、情報管理の甘い場所があったかだ。
しかし、吸血鬼に情報を売るような人間がいるとは思えないし、魔法関係の情報の取り扱いは非常に厳重だ。どこから情報が漏れたのやら、さっぱりわからない。
「そういうことならまあ、あんたの相手は私がやるしかないよね。———さて、本領発揮と行きますか」
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