第11話 それぞれの適性

 属性魔法と呼ばれている魔法は、魔力を物質、または現象に直接変換する魔法だ。

 魔力から直接変換されるものは、全部で10種類。

 火、水、風、土、雷、氷、木、鋼、光、闇。

 これがそれぞれ、属性魔法の属性となる。属性に適性を持たなければ、属性魔法を使うことはできない。例えば、火属性の魔法が使いたければ、火属性の適性を持っていなければならない。


 しかし、属性魔法の適性は、魔法使い自身の適性や能力にも大きく関わる。

 その最たる例の1つが、風見家の魔法使い。

 彼らは非常に音に関して敏感だが、それは風属性に対して高い適性を持つからだ。風の高い適性ゆえに、その風を伝わるものに対して感受性が高い、ということ。

 これと同じことが他のいくつかの属性にも言える。火属性の適性を持つ魔法使いは熱には敏感だし、土属性の適性を持つ魔法使いは土に埋められたものを探すのが得意で、よく不発弾や地雷の捜索に駆り出されたという。

 そして光属性も、適性による魔法使いの能力向上に大きな影響を持つ。




 レイランは今、学園の高校部分の敷地を上空から俯瞰していた。

 正確には遠隔視や千里眼と呼ぶ方が正しいだろう。自分の視点を変える、遥か遠くに飛ばすことにより、そこで起きていることを見る力。光属性の適性による副産物だ。

 更にレイランは、自分の視界に赤外線だけが映るように操作していた。光属性の場合、自分の目に入るものを操作することに限っては、高い適性を持つ魔法使いは術式魔法を使わなくとも可能だ。


 ところで、地上にあるありとあらゆるものは、基本的に熱を放射している。それはいくら吸血鬼でも、彼らの体が原子でできているからには同じことだ。例外は絶対零度以下の物体や原子でできているわけではない魔力などだが、それについては今は除外する。

 そんなわけで、熱源を探知できれば吸血鬼の居場所がわかるかもしれないわけだが、あいにくレイランは火属性の適性を持たないため、少し捻った方法で探知する必要がある。それが、赤外線だ。


 まあ、考えてみれば単純な話だ。赤外線カメラ、別名サーモカメラは何を映しているのか、という話である。赤外線で温度測定ができるのだから、光属性の適性で赤外線だけ見れば、大体の熱源の位置は特定可能だった。そこから人間に近い温度を持つ人型の生物だけをピックアップすれば、基本的に網にかかるのは人間か魔法使いである。

 この方法では人間も吸血鬼も同様に網にかかるが、これと奏太の探知結果を合わせて考えればそれなりに正確な結果が出るはずだ。


 奏太が「探知できない吸血鬼」は大別して2つの方法で探知をすり抜けている。1つは自分の魔力を消してしまう方法、もう1つは自分の魔力の質を人間のものに近づけることで自分を魔法使いと誤認させる方法。

 ただ、どちらも手練れの吸血鬼にしか使えない方法だ。特に、魔力の質を変える方法は吸血鬼の中でもかなり限られた者しか使えないはず。早めに捕捉しないと危険だった。

 魔力の質を変えられていたら厄介だが、魔力を消しているだけなら熱による探知と奏太の探知結果を繋ぎ合わせればすぐに居場所は割れる。人間は魔法使いでなくとも魔力は持っているので、奏太が「誰もいない」と言った場所に人型の熱源があれば、十中八九吸血鬼なのである。幻影などの対処にも使えるため、非常に便利だ。


 上空から見下ろすレイランの目には、様々なものが見える。ぐるぐると角度と位置を変えて高校を眺め回した。

 まず、先程レイランが倒した吸血鬼たちのいた場所では、引き続き戦闘が続いている。魔法は一切見えないが、複数の熱源が激しく入り乱れているから間違いない。属性魔法ではなく、術式魔法の撃ち合いになったのだろう。

 それから複数の人間が火球か何かを撃ち合っている現場もある。これまた吸血鬼と魔法使いが戦っている現場だ。

 はたまた空中で吸血鬼相手に白兵戦を挑んでいる者もいる。そんなことをやりそうな人間に1人だけ心当たりがあるので、多分あれがそうだろう。武器があるのが何となく見えたので、1対1ならしばらく放置しても問題ない。……謙人はそのうち吸血鬼を斬り捨てるだろうから。


 そんな中、妙な熱源を発見した。

 先程の彩香の放送で、生徒たちは大半が教室棟に入っているか、急いで教室棟に向かっているかしているはずだ。何人が戦闘に参加しているのかはわからないが、単独行動しても問題ないと思われる生徒は、ここにいる面子を除けば片手の数で足りるくらいの人数しかいない。そして、それぞれと思われる魔法使いの熱源を、レイランは既に見つけている。

 しかし、レイランが新たに見つけた熱源は単独行動していて、教室棟に向かっているわけでもないし、走ってもいない。赤外線ではシルエットくらいしか見えないが、そもそも制服を着ていない気がする。


 一瞬で視界を可視光に切り替えたレイランは、空からその人影を睨んだ。

 黒の長いマントに、どこかの国の軍の士官が着るような、軍服に似た黒い服装。

(———まずい!)

 あの服装。実戦に出たことのある魔法使いのみならず、この魔法学園の生徒ならば中学生でも知っている、特徴的な衣装。

 吸血鬼の中でも強い力を持つ、貴族の吸血鬼たちが着る服だった。




「———奏太!貴族見つけた!訓練場と特別棟の間!」

 意識を自分の体に引き戻して、レイランは叫んだ。なお、特別棟とは特別教室棟の略だ。

「探知にはかかってない!」

 すぐに奏太から答えが返ってくる。

「残り1人は⁉」

「すみません、まだ……」

 凌太の問いには首を振るしかない。


「またしばらく向こうに……」

「待って、レイラン!」

 再び視界を空に戻そうとした時、新たな声が屋上に響いた。

 レイランたち同様に、飛行魔法で一気に屋上まで上がってきたのだろう。ちょうど柵を飛び越えてくるところだった女子生徒が、そのままの勢いで走ってくる。

「ハル!」

 走ってくるのは日富遥。先祖代々光属性の適性を受け継ぐ、日富家の長女。先程レイランが彼女の居場所を尋ねたのは、彼女がレイランと同じく光属性の高い適性を持ち、遠隔視を行えることを知っていたからだ。


「見張りは私が代わる。戦力としては私よりレイランが参戦するべきでしょ?」

「そうだけど……」

 レイランは眉を下げた。

「会長はいないし、凌太先輩と奏太くんはここで感知役してないといけない。

 なら、学園の最大戦力は誰?先生たちじゃなくてレイランでしょ」

 ぴしゃりと遥が言った。

「私はレイランみたいにたくさん属性を使えるわけじゃない。いくら光が強力だからって、戦場ではレイランの方が有利だよ。だから、私とレイランどちらかが残る必要があるなら、私が残る。

 行ってきて」

「———わかった。

 美侑はここに残していくしかないか……」

 せっかくの機会だからと連れて来たものの、美侑にはまだ早すぎたらしい。レイランの戦闘能力はある理由から学生の域を脱しているため、美侑1人を守って戦うくらいわけないが、当の本人があの様子では……。

「待って、レイラン」

 そこへ再び声。先程と同じ言葉だが、発した人間は違う。


 いつの間にか、美侑が立ち上がっていた。

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