第8話 魔力操作の天才

 魔法科にせよ普通科にせよ、カリキュラムがぎっちり詰め込まれているため、土曜日も午前中は授業だ。

 美侑が《魔力流》の練習を始めたのは金曜日であり、部活に入っていない美侑は、翌日の土曜は昼から自由に時間を使える。レイランも生徒会のノルマは終わらせたとのことだったので、土曜日も午後はレイランに練習を見てもらうつもりだったのだが。


「ごめん美侑、お父さんから呼び出された」

 授業が全て終わり、いざ食堂へ向かおうとした美侑は、レイランに頭を下げられた。

「え、……あー、吸血鬼関係かぁ……」

 一瞬面食らったが、少し考えれば事情はすぐにわかった。

 レイランの父は一条家の当主であり、一条家は東京に本拠地を持つ魔法使い一族の中では飛び抜けた実力を持つ。それゆえに一条家は、東京とその近隣県で吸血鬼関連の通報があった際には警察や吸血鬼討伐部隊と同じ迅速さで動き、吸血鬼による襲撃などが発生した際には首都を守るために戦う役目を負っていた。

 次期当主であるレイランも、当然ながらその役目を負っている。父親から呼び出されたということは、そのたぐいの情報が上がってきたのだろう。レイランが週末の度に自宅に帰るのは、こういうことがあった場合に対応するためだとも美侑は聞かされていた。


「うん。すぐに現場に飛ばないと。練習の方は申し訳ないけど、中止にしてもいい?」

「それはもちろん大丈夫だよ」

 理由が理由なので、美侑はすぐさま頷いた。

「それじゃ、また今度———」

「僕でよければ、練習、引き受けようか?」

 レイランが言いかけた時、割って入った声があった。


「奏太?まあ、むしろ私より適任だろうけど……」

 声の主は奏太だった。が、レイランより奏太の方が適任というのはどういうことだろうか。奏太は深瀬家のお家芸である探知系の魔法については、同世代では誰よりも上を行くが、レイランほどオールマイティではない。

 その疑問が顔に出ていたのだろう。レイランが苦笑して説明した。

「みんな勘違いしがちだけど、深瀬家の真価は探知魔法じゃなく、探知した魔力を感知し分け、分析する能力にあるの。魔力については私たち一条家の魔法使いじゃ足元にも及ばないくらい、深瀬家の魔法使いはよく知ってる。

 《魔力流》が魔力の流れである以上、その変化の感知は私より奏太の方が適任だし、実は《魔力流》の練習には奏太にいてもらうのが1番いいんだよ」

「ええっ⁉」

 美侑は思わず大声を上げた。


 魔法界の常識として、深瀬家の魔法使いは日本が世界に誇る探知魔法のスペシャリストたちだ。個人個人でその能力に差はあれど、誰もが最高峰の探知魔法の使い手である。

 特に奏太の姉・ゆりあは歴代最高とも言われる能力を持ち、日本国内ならば仮にどこにいようとも、日本の領土・領海・領空全てを即座に探知し、朝鮮半島や台湾など、近隣地域すら一瞬で探知すると聞く。実際1度、彼女が北海道にいた時に沖縄の探知を引き受け、見事に吸血鬼の位置を捕捉したという話もあるくらいだ。他の面々はそれほど広範囲の探知はできないらしいが、奏太の探知範囲も相当広かったはず。

 そんな広範囲で探知魔法を展開できる魔法使いは、日本では深瀬家の魔法使いしか存在しない。というか世界にも存在しないだろう。それほどまでに優れた一族だというのに、まだ隠し玉があったらしい。


「昨日だって、本当に何かまずいことが起きそうだったら、奏太が練習室に来てくれる予定だったの。もし魔力暴走が起こっても、奏太の感覚と私の魔力操作ならどうにかできると思ったから」

 レイランが念のためにかけた保険とは、奏太のことだったらしい。正確には、奏太の探知能力を保険として、暴走が起こる前にレイランと奏太2人がかりで止める、といったところだろうか。


 美侑は奏太を見た。

「お願いできるならお願いしたいけど……。奏太くんは大丈夫なの?委員会とか部活とか……」

「あー、問題ない問題ない」

 奏太は顔の前でパタパタと手を振った。

「高校生になったら家の仕事が回ってくると思ったから、部活も委員会も入らなかったんだよ。僕の時間は気にしなくて大丈夫。宿題も大体終わってるしね」

「そうなんだ……」


 レイランが駆り出されたということは、探知魔法を使える奏太も協力要請される可能性が高いはずだ。家の仕事のために時間を空けているというのにそれでいいのだろうか……と美侑は疑問に思ったが、そういえば、と思い出す。

 日本最強の探知魔法の使い手たるゆりあは今、魔法学園大学の2年生だ。大学はキャンパスが違うとはいえ、東京都内にあることに違いはない。いざとなれば、彼女に協力を頼むのだろう。まあそもそも、レイランたち一条家の魔法使いは文字通りのオールラウンダーだから、仮にゆりあの力を借りなくとも吸血鬼の探知くらい朝飯前のはずだけれど。


「じゃあ奏太、頼んでいい?部屋は昨日のうちに理香さんのスマホから予約してもらってあるから」

 レイランが奏太に尋ねた。

「こっちが言い出したことだし、当然だよ。レイランはちゃんと仕事してきて。空飛んでいくのが前提なら、そんなに時間はもらってないでしょ」

「さすが、お見通しだね。後はお願いするよ」

 行け、というジェスチャーをした奏太に苦笑して、レイランは教室を飛び出していった。



 *****



「さーて、始めようか」

 がらんとした部屋に、奏太の声が響く。


 場所は昨日と同じ、第4練習室。ただし、部屋の中にいるのは美侑と奏太だ。

「う、うん。よろしく」

 緊張して美侑は頷いた。

 奏太はレイランの幼なじみで、中学時代もレイランとよく一緒に行動していたため、美侑は基本的にレイランを介して奏太と話すことが多かった。仲は良い方だと思うが、1対1で話すのは珍しいのだ。それが、魔法の練習に付き合ってもらうという場であればさすがに緊張する。


「昨日は何してたの?」

「昨日?えーっとね……」

 とはいえそれは、奏太と話ができないという意味ではない。レイランがいたせいで、中1の頃から生徒会室にたびたび出入りしていた美侑にとって、レイラン同様に生徒会役員を務めていた奏太はどちらかといえば馴染みのある人間だ。何か尋ねられれば、それに答えるくらいは当たり前にできる。

「掌の向きを変えたらどうなるか、っていう実験はしたよ。それから、魔力をまっすぐに飛ばす練習をして……」

「そこで止まったんだね」

 美侑が全部言い終わる前に、説明されていた側の奏太の方が状況を把握した。

「え、ここまででわかるんだ……」

「一族が探知魔法を受け継いでるせいか、家族揃って勘がいいんだよ。おかげで家族に隠し事できたためしがない。大抵誰かが何かに気づくんだ」

 冗談じゃない、とでも言いたそうに奏太は肩をすくめた。


「ま、そんなことは今どうでもいいとして。

 実験が済んでるなら、早速魔力を飛ばす練習からだね。レイランはコツとか、何か言ってた?」

「いや、特には……。人それぞれ魔法の適性は違うから、私がやりやすい方法を見つけた方がいいって言われた」

「なるほどね……」

 しばらく奏太は思案していたが、やがて頷いた。


「まあ、魔法に関してはレイランの言う通りだと思う。僕は固有魔法みたいなものは持ってないけど、レイランは固有魔法みたいなものを持ってるからね。僕は親から色々教わったけど、レイランはそんなことはせずに自力で魔法の扱い方を覚えたって本人から聞いた。

 美侑さんの魔法能力はちょっと特殊だから、誰かが教えるより、自分で自分の方法を見つけた方がいい」

「うん」

 美侑は頷いた。


 レイランは固有魔法ではないものの、世界で唯一の能力を持っている。その力こそ彼女の名を国内外に知らしめた能力であり、幼い頃から天才と騒がれる原因の1つだ。2つの能力からなるその力は、単体でこそ一般的なものの、複合されたその能力を持つのは世界で唯一レイランのみ。複合能力としてそれを扱う方法は、レイラン以外にはわからない。

 美侑の場合もそれと同じなのだ。美侑の場合も、原因不明の魔力操作障害がある分、一般的に知られている方法では《魔力流》の習得と扱いは難しい。ならば、魔法を使う本人がやりやすい方法で行うべきだった。


「じゃあ、とりあえず魔力を放出してみよう。

 攻撃用にせよ補助用にせよ、《魔力流》の向きだけは操作できるようにならないとまずい。掌の向きを変えても同じように《魔力流》が使えるようになるのが最初の目標だけど、いずれは掌の向きに関係なく、《魔力流》の向きを操作できるようになるのが理想だね。

 そこまでの使い手はそこまで多くないはずだけど……」

 スタスタと美侑から離れながら奏太は言う。

「ただ、ここに一応、曲がりなりにもできる人間がいてね……」

 その言葉と共にピタリと立ち止まった奏太は、一切動かないまま、魔力を放出した。

 奏太の右手から放出された魔力は、細い1本の線になって、そのまま部屋の壁へ向かっていく。

「危な……」

 い、と言おうとした美侑の言葉は、そこで詰まった。


 奏太が放出した魔力が、曲がった。

 いや、曲がったという表現ではその先を言い表せない。《魔力流》が、ぐにゃりと曲がったかと思うと、ぐるりとUターンして美侑の方に向かってきた。しかもなぜか、線のようにピンとしていた《魔力流》が、波打ちながら迫ってくる。

「はい⁉」

 美侑はぎょっとして叫んだ。そもそも魔力を大して見たことがないから当たり前なのかもしれないが、波打って向かってくる魔力など聞いたことも見たこともない。

 奏太の《魔力流》は美侑からわずか1メートルの場所まで伸びてきて、そこで再び奏太の方へUターン。術者である当人めがけて直進してから、超高速で上下左右にひたすら軌道を変えていく。奏太の周りが魔力の陽炎で覆われていく様は、奏太の姿をぼんやりと、幻想的に見せていた。


 やがて奏太が魔力の放出を止め、《魔力流》はゆっくりと空気に溶けて消滅した。

「……とまあ、完全に使いこなせるようになるとこうなるわけだ」

 自慢げに美侑を振り返って奏太は笑った。

「学生レベルでここまでできるのは多分、僕と姉さんくらいだと思うけどね」

 美侑はあんぐりと口を開けた。

「何、今の……」

「レイランが言ったでしょ、うちの一族は魔力についてはよく知ってるって。深瀬家は探知魔法だけじゃなく、魔力操作の才能も受け継いでるんだ。僕の親もこれくらいできる。

 逆に言えばレイランだって、さすがにここまでの腕は持ってない。属性魔法と術式魔法じゃ絶対にレイランには敵わないけど、この分野は絶対に負けないよ」

 さすがは学年2位の実力者だ。奏太は確か属性魔法もかなりの腕前だったはずだし、術式魔法もかなり使える。それでもその分野ではレイランには敵わないかもしれないが、別の分野ではレイラン以上の力を持っているのだ。


「こんなことができるようになるには、かなりの時間がかかる。魔力操作もここまでの域に達すると、やっぱり他の魔法と同じで才能の世界になってくるしね。

 美侑さんの魔法適性的に、魔力操作に向いているかどうかもよくわからない。血筋が血筋だから、本来なら術式魔法を一通り使えるんだろうけど、この状態じゃそれも不明。今はとにかく、やれることをやっていくしかないよ」

「……レイランは私だからできるって言ったけど、魔力操作もできない私に、《魔力流》が本当に使えるのかな?奏太くんは、魔力操作も得意なんでしょ?」

 美侑は顔を歪めた。

 レイランは魔力操作ができないからこそ《魔力流》が使える、と言ったが、奏太の見せた《魔力流》は間違いなく、彼の魔力操作の才能によるものだ。美侑は魔力操作どころかその前段階、「《栓》の開閉」と「力加減」からなる魔力制御すら完全に行えないのに、なぜ《魔力流》が使えると言ったのか……。


 奏太が首を振った。

「あー、それは多分、僕とは違う方向で『使える』って意味だよ。僕はただ、魔力操作能力でひたすら《魔力流》を移動させてるだけだから。

 レイランが説明したと思うけど、《魔力流》は魔力をそのまま相手にぶつける魔法だから、魔力量がないと話にならないんだよ。僕も魔力はそこそこある方だけど、今は《魔力流》をかなり薄っぺらくして実演したし。あんなのはただの目くらましというか、こけおどしだよ。吸血鬼を吹っ飛ばせるくらいの《魔力流》を作るより、他の魔法を使った方が、普通はずっと効率がいい。

 ただ、美侑さんの場合は他の魔法を安全に使えるようにするより、《魔力流》を使えるようにした方が早いし、持っている魔力量が僕やレイラン以上に多いからね。《魔力流》で吸血鬼を吹っ飛ばすことも、多分できると思うんだ。

 レイランが『使える』って言ったのは、直接攻撃能力のあるものとして使えるって意味で、僕がこけおどしに使ってるのとは違うよ」

 奏太は美侑に近づきながら説明した。


 奏太はそれなりに属性魔法の適性を持ち、術式魔法もちゃんと使える分、攻撃手段には苦労しない。が、美侑はこのままでは吸血鬼に対して攻撃手段がないから、《魔力流》の習得を急いでいるのだ。

 今すぐに吸血鬼と戦うことはないとしても、吸血鬼相手に最低限の自衛ができない魔法使いは将来、生き残れない。索敵要員としての実戦は複数経験している奏太だからこそ、これは確信を持って言える。仲間の魔力が消えていくのを、これまで何度も感知してきたのだ。


「レイランも僕も、美侑さんが戦えるようになるために《魔力流》の練習を見てる。同世代最高クラスの魔法使い2人が『使える』って言ったんだから、自分の能力をもうちょっと信じてみようよ」

「でも……」

 それでも美侑の顔は暗い。


「じゃあ、誰が保証すれば美侑さんは自分が《魔力流》を使えるようになれると思えるの?

 レイランも僕も、学生の魔法使いとしてはトップクラスだよ。それに、《魔力流》のことは理香さんも凌太先輩も知ってる。あの2人だって、同世代最高クラスの魔法使いだし。これだけのメンバーが揃って使えると思ってるのに自信が持てないなんて、一体誰が保証すればいいの?」


 少々強めに言えば、美侑の肩が震えた。

「魔法はイメージが元になってる。もちろん適性の問題もあるけど、最後に魔法の性質や威力を決めるのはイメージだよ。僕らがいくら美侑さんはできると思っても、美侑さん自身ができるのか疑ってる状況じゃ、できるものもできない。

 自分ができると思えなきゃ、魔法は使えないよ」

「できると思わないと使えない……」

 美侑は顔を上げた。

「そう。どんな時でも自分を信じ続けることが、魔法使いの力になる」




 その後、しばらくしてから練習は仕切り直された。しばらく美侑に時間が必要だと判断した奏太が、美侑を放置しておいたのだ。


「ぐぬぬぬぬ……」

「もっと踏ん張って!出力に負けるよ!」

 そして現状がこれである。

 前方に魔力を放出したはいいが、出力が大きすぎて美侑の体がともすれば吹き飛ばされそうになっているのだ。魔力を前方に放出するという動きだけなら《魔力流》らしい形にはなっているが、使って自分の体が吹っ飛ばされていてはさすがに困る。それに奏太がアドバイスしたり、激励したりしているのがこの図であった。もっとも、これは元の状態から魔力の放出量を上げたもので、美侑の最低放出量であればどうにかなりそうなことは先程実験して確かめたのだけれど。

 しかし、吸血鬼相手では、いくら出力があっても過火力ということはない。吸血鬼も弱い者から強い者までピンキリだが、一定以上の強さを持つ貴族階級の吸血鬼と対峙することになったら、美侑の最低放出量による《魔力流》では対抗できない可能性もある。


「そこまで!」

 奏太のその声と共に、美侑は魔力の放出を止めた。

「うん、さっきよりは良くなってるよ。体全体使って踏ん張れてる感じがするし、魔力も割と安定してた。このまま行けばどうにかなると思う」

「本当に⁉良かった……」

「うん。大丈夫だから、自信持って」

 美侑はほっと肩の力を抜いた。その肩をポンポンと奏太が叩く。


「美侑さんの場合、魔力制御ができなくて魔力が拡散するのが欠点だけど、そこを魔力放出量で補ってるからね。魔力を一定方向に放てれば、最悪それで《魔力流》になるんだよ。他の人たちと違って、魔力を圧縮する必要すらないんだから。

 レイランも僕も、先輩たちもできるって言ったのはそういうことなんだけど」

 奏太が苦笑した。

「こういうのは意外とどうにかなるんだよ。吸血鬼を確実に吹っ飛ばすためにはまだ威力が欲しいからしばらく練習が必要だけど、練習を重ねていけば、僕もレイランも吸血鬼に対抗できると思える《魔力流》が完成するはずだよ」

「そっか……」

「大丈夫。普通のやり方でなくたっていいんだ。吸血鬼を倒す正解の方法なんてないんだから。魔法使いは人それぞれ、自分の、自分だけの能力を使って戦えばいいのさ」

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