第6話 その後の生徒会室にて
「……で、どう思います?」
美侑が去った後の生徒会室。レイランはそこにいる面々に問いかけた。
「いやー、ただただびっくりね。まさか美侑ちゃんが、あそこまでの魔力の持ち主だったとは。笑っちゃうくらいの量だね」
理香が言った。笑っちゃう、と言いながら、本人は既にこれどうなってるの、という風に笑っている。理香の感想と反応は、この場の全員のものを代弁していた。
美侑よりも魔力保有量の多い人間など、誰も知らない。レイランを上回っているどころの話ではないのだ。
「レイランは別に知ってたでしょ?自前でも感知能力は高いんだし、どうせ奏太がすぐに気づいて教えてただろうし」
「奏太は速攻で気づいてました。美侑が魔法使いになったのがわかってすぐに連絡して、女子寮の近くまで来てもらったんですけど、その場で」
レイラン自身の魔力感知能力は上の下というところだが、奏太は間違いなく上の上の部類だ。深瀬家はこと探知魔法に限れば、日本どころか世界屈指の実力を誇る一族。その直系の血を引き、キャンパス内であれば個人単位で魔力とその大きさを探知できる奏太に、感知できないはずがない。
「で、奏太は何か言ってたのか?美侑が魔法を使えない理由」
今度の問いは凌太から。
「いいえ。さすがにそこまではわからないらしいです。家でもう少し詳しく調べれば、とは言ってましたが……」
レイランは口ごもる。その先は質問した凌太自身が引き取った。
「……霞原家直系の美侑を魔法的に調べる、となったら、霞原の本家が黙ってないだろうなあ……」
「そうなったら美侑ちゃんがかわいそうでしょ。あの子、本家とはうまくいってないはずだし」
理香が口を挟んだ。理香も凌太も名家生まれの先天的な魔法使いなので、幼い頃から魔法の世界にどっぷり浸かって生きている。その中で、名家の血筋でも魔法を使えない子供がいる、という話は何度か耳にしていた。そして、霞原家の場合は、その子供———美侑を排斥しようと動いていたことも。
「じゃあレイラン、お前から見た、彼女が魔法を使えるようになる可能性は?」
話を強引に変えようと、雪弥が尋ねる。
「少なくとも《魔力流》については習得できると思います。あの通りの魔力なので、訓練を重ねればとんでもない威力の《魔力流》になるでしょうね。ただ、普通の魔法となると難しいと思います」
レイランは答えた。
「となるとやっぱり、吸血鬼相手の戦闘ならともかく、成績評価の方はきつそうだな」
「せめて2年生だったら、たまに本物の吸血鬼と遭遇することもあるからどうにかなるんだろうけど……」
「…理香さん、本物の吸血鬼を相手に勝てる学生なんて、そうそういませんから。ここに集まっているメンバーが異常なだけですよ」
理香のぼやきにレイランは首をすくめた。
理香にせよレイランにせよ凌太にせよ、幼い頃から吸血鬼との戦いに巻き込まれてきた面々は既に、吸血鬼相手の実戦も経験済み———というか、理香とレイランについては普通の吸血鬼よりも強い貴族階級の吸血鬼を1対1で討伐した経験を持つ。その彼女に「2年生になって外で討伐部隊の手伝いをするようになったら、吸血鬼を倒してその分成績評価してもらえるよ」と言われても、である。そもそも現在レイランが考えなければならないのは1年生の間の美侑の魔法実技の成績だ。
「でもどのみち、成績のことは考えた方がいいだろうな。普通科はそんなことないが、魔法科は基本的に実力主義だ。分家とはいえ霞原家当主の血を引く美侑が、お家芸の術式魔法を使えないとなったら色々と騒ぎになるぞ。というかもう、一部では騒ぎになっているようだし」
雪弥の言う通りだ。
魔法は大まかに、属性魔法と術式魔法に分けられる。中には深瀬家の探知のようにアナザーマジック、略称「
魔法使いの名家と言われる家は、大抵1つは家系としての特徴を持っている。例えば、前述の通り奏太たち深瀬家は圧倒的な探知能力を。例えばレイランたち一条家の魔法使いは、ありとあらゆる一般的な魔法をハイレベルで使いこなした上で各々が得意分野を持っているという、反則と称される特性を。凌太の風見家は風や空気を媒体とする魔法に長け、理香の九十九家は近接魔法戦闘に長けている、というように。
そして美侑の母方の家、霞原家が得意とするのは、様々な術式魔法を操り敵を翻弄する、つまり多彩な魔法を扱うこと。属性魔法の適性はそこまで高くないが、代わりに術式魔法によって様々な、ありとあらゆる状況に対応する一族、それが霞原家だ。
ところがどっこい、美侑は魔力操作ができないため、自分の魔力を操作して術式を作る必要がある術式魔法にはとんと向いていない。魔力をそのまま物質に変換する属性魔法の方がまだ向いているだろう。
そして、実戦ならともかく、学校内での魔法実技の成績評価は基本、「どのくらいの種類の魔法を」「どれくらいの範囲・威力で」「どれくらいの精度で」「どれくらい速く」使えるか、ということに尽きる。つまり、高評価を取るには「教わった全ての魔法を」「広範囲・高威力で」「高精度で」「高速で」使える、というのが条件になるわけだ。
もちろん、魔法実技の授業は討伐部隊の訓練なので、内容はただ魔法を訓練するだけではないが、それでもこの評価基準は結構重要だ。そしてやっかいなことに、美侑のような規格外の生徒でもない限り、この基準は対吸血鬼戦闘においても正しいことが多い。
つまり何が言いたいかというと、美侑はこの評価基準から大きく外れるため、魔法実技の成績評価は著しく低いだろう、ということだ。仮に《魔力流》を習得しても、彼女の場合は「範囲・威力」のみが突出するだろうし、そもそも1つの魔法しか使えない時点で評価はだだ下がり。
そして、わざと美侑を教室に帰してまでレイランたちが話をしているのは、この評価基準に由来する学内———というか魔法科内カースト問題があるからだった。
なぜか高等部魔法科限定で存在するこのカースト、成績上位陣にはほぼ恩恵がない。周りの生徒たちから賞賛と嫉妬の目で見られるだけだ。
問題は成績下位組で、彼らは他の生徒たちから、簡単に言えば下に見られ、中にはいじめられている者もいるらしい。生徒会や教師のところに全く報告が上がってこない辺りが恐ろしいが、理香や凌太は何回かその場面に遭遇し、仲裁に入っている。
特にこの傾向が見られるのは1年生の夏休み前。生徒それぞれの魔法能力がお互いにわかってきた頃で、しかもこの時の魔法実技の評価は実地訓練やら戦術やら運動能力やらを全て抜いた、単なる魔法能力での評価である。美侑は頭も悪くなければ運動能力もあるので、1年の後期になれば挽回もできるだろうが、それまでは不利としか言いようがない。それまでの間、美侑がカーストに巻き込まれるのは必至だった。
今だって、レイランや奏太の他に、美侑と話そうとするクラスメートはいない。本人は魔法を使えるようになって吸血鬼を倒せるようになる、という目標しか見えていないので全く気にしていないようだが、つまり美侑はクラス中から無視されているわけだ。
他のクラスなら1人2人、美侑と話してくれそうな友人たちに心当たりはあるし、クラス内にも1人だけ心当たりがあるが、何せ本人が魔法実技の授業をサボるので何も知らない可能性が高い。中学時代の美侑の優秀さを知っているから、というのもありそうだが。
とにかく、美侑が無視されているのがありありとわかってしまうレイランや奏太にとっては不愉快な状況なのである。というか、魔法実技の成績だけでなぜカーストの格付けがされるのかも不明だ。———どうせどこかの代の誰かが、「魔法科は実力主義だから実技成績が全てだろ!」とでも言ったのだろうが。
ただ、実戦経験者の目線で言わせてもらうなら、筆記試験ならまだしも、魔法実技の真の実力は実戦でなければわからない。だがあいにく、1年生に実戦経験者はほとんどいない。それはまあ、魔法実技の評価でカーストができてもおかしくはない。
レイランは無理やり自分を納得させた。
「今まではクラスメートも様子見してただろうし、レイランと奏太が防壁になっていたけど、これから先はそういうわけにもいかないだろうね」
「……はい。私たちが守っていたとしても、これからますます、美侑と他の生徒の差は大きくなっていく……。クラスメートが無視する程度なら問題もありませんけど、美侑の場合は出自が出自なので……」
理香の言葉にレイランは頷いた。
「まさか吸血鬼に叩きのめすから来てくれとも言えないし。今はとりあえず、《魔力流》をマスターしてもらうしかないね。美侑の夢を叶えるためにも、自衛のためにも」
「会長、もしかして彼女に危害が加えられると思ってるんですか?」
凌太が眉を上げた。
「念のためよ。あの子、無視されたくらいで折れるような子じゃないでしょ。それに苛立った誰かがうっかり事故で魔法を使って、彼女に当たりました!…なんて事態が起こらないとは言えないな、と思うから。レイランが一緒にいればそういうのは問題ないけど、1人の時にやられたら困るわ」
「一応、私と奏太だけじゃなく、ハルと
「ハル……っていうと、
雪弥が1年の2人の生徒を記憶から掘り起こす。
「あの辺は、中学時代から美侑と仲も良くて、先天的、かつ実戦経験済みの魔法使いですからね。少なくとも、実技成績の評価だけでは態度が左右されないので。私や奏太がいなくても、2人が気づいてくれれば守れるはずです」
ハルこと日富
そして由良謙人は一条家の分家である由良家の人間だ。レイランにとっては自分のお目付け役、兼護衛、兼幼なじみという複雑な肩書きを持つ少年だが、その分気配に聡いのはよく知っている。
どちらもレイランが信頼できる数少ない魔法使いの友人の1人だ。2人はレイランたちとはクラスが違うが、クラス外のことは彼らに任せておけばいい。
「相談に乗っていただいて、ありがとうございました。とにかく私は、美侑に《魔力流》を習得してもらうために動きます」
「うん。私たちじゃまともに動けないから、美侑ちゃんのことはレイランたちに頑張ってもらいたいな。
こっちもカーストをどうにかできないか、考えておくわ」
「よろしくお願いします。では、お先に失礼します」
美侑を帰した教室では、奏太が目を光らせているはずだ。早めに帰って、何かしらの形で話し合わなければならなかった。
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