第5話 《魔力流》

 《魔力流》は、極めて単純なものだ。

 レイランが美侑に説明した通りで、魔法使いまたは吸血鬼が体の一部から、多くの場合は利き手から放つ、高圧の魔力の流れ。

 《魔弾》が圧縮された魔力の塊なら、《魔力流》は《魔弾》が術者の手を離れないまま敵に着弾するようなイメージだ。《魔弾》とは違い、攻撃の元となる魔力が常に供給されているため、《魔弾》より威力はかなり上だ。魔力が供給され続けるため、発動中に威力を調節可能という珍しい魔法でもある。


 ただし、欠点が2つ。

 まず、《魔力流》の使用中に常に大量の魔力を放出することから、魔力の消費量が他の魔法の比ではないこと。

 魔力を直接モノや現象に変換する属性魔法はまだともかく、大規模な効果をもたらす術式魔法に使われる魔力よりも遥かに多い。当然、小さいものなら直径1センチの魔力の塊を発射するだけの《魔弾》の魔力消費量とは比べられるはずもない。


 もう1つの欠点は、射程距離が短めなこと。これは1つ目の欠点である魔力量に由来するものだが、手から魔力を離さずに敵を攻撃する関係上、距離に応じて消費する魔力が増える。仮に戦闘の全てを《魔力流》で乗り切ろうとした場合、魔力を温存しなければならないため、普通の魔法使いでは射程10メートル程度が限界だろう。

 レイランは一般的な魔法使いと比べて多くの魔力を保有しているが、それでも射程は25メートル程度。近距離戦闘には簡単に使えるが、中距離戦闘には微妙なところだ。他の魔法を使う方が魔力効率も威力も確保できるだろう。



 ところで美侑は、一定以上の魔力量であれば、増加と減少を操ることが可能なことが判明している。

 美侑は現状、魔力を見ることはできても制御、操作することはできない。できるのは放出か、放出停止の2つだけだ。

 しかし、一定以上の魔力量で増減を操作できるというなら、《魔力流》を扱える可能性が高い。おまけに運のいいことに、転科した時に測定した美侑の魔力保有量はレイランのそれをも上回っていた。ならば、美侑は射程も威力も、レイランより上の《魔力流》を使えるかもしれない。

 《魔力流》の威力と射程を決める要素はただ1つ、魔力量のみなのだから。




「……《魔力流》の説明はこんな感じかな。威力も射程も全部魔力量由来だから、美侑なら扱えるはずだよ」

 長くなりそうだから、と夕食後まで持ち越されたレイランによる《魔力流》の説明は、非常にわかりやすかった。

「つまり、魔力量だけが問題になるから、逆に魔力量は操作できなくても問題ない、ってわけか……」

 レイランが言った通り、見事に「美侑の短所を無視して長所だけを使う」技術だ。

「とはいえ、吸血鬼相手にどれくらい効くか、わからないけれどね。普通は《魔力流》で仕留めたりしないから」


 そう言いつつ、レイランは美侑の《魔力流》ならば、近距離から発射すれば吸血鬼を仕留められる可能性が高いと踏んでいる。《魔力流》の威力は、敵と発射点との距離が近いほど高いからだ。

「とにかく、やってみないとね。今日はさすがに無理だとして———明日だね。明日の放課後なら、私も生徒会の仕事、早めに切り上げられるから、その後で練習しよう。先輩に頼めば練習室は押さえられるだろうし」

 当代生徒会の2トップ、生徒会長と会計監査のコンビにかかれば、大抵の無理は通る。2人とも中学からの知り合いだし、会長の方はプライベートでもそこそこ付き合いがあるから、どうにかなるだろう。それでなくても生徒会の権限は強いから、レイランでもできそうだが。


「生徒会の権限を使えば、場所取りは簡単だもんね。部活の活動場所とかも、全部生徒会の管轄だっけ」

「そういうこと。個人貸し出しできる練習室も全部、場所取りは生徒会が仕切ってるから」

 魔法学園の高等部は、吸血鬼討伐部隊の訓練所も兼ねている。その分魔法の練習や生徒同士の模擬戦闘に使える練習室が充実しており、《魔力流》の練習に適した部屋もある。普通の生徒は校内に複数設置された専用の据え置き端末から手続きをしなければ予約は取れないが、生徒会長や各委員会の委員長、部長など一部の生徒は自分のスマホからでも予約可能だ。おまけに生徒会の最高学年メンバーに限り、先に予約が入っていてもそれを強制的に取り消して予約することすら可能だった。もちろんそんな横暴なことはそうそう行われないが、緊急で会議を開く時などに使われることもある。

「私のスマホだとリアルタイムでの確認くらいがせいぜいだけど、会長のスマホからならどうにでもできるから。明日の昼休みにでも頼んでみるよ」

「お願い。早く、戦えるようになりたい」



 *****



 翌日の昼休み。

 美侑はレイランに連れられて、生徒会室を訪れていた。


「いらっしゃい。レイランや奏太から、話は聞かせてもらったよ」

 生徒会室の扉を開けた美侑は、こんな言葉と共に半ば引きずり込まれた。

「ええ、えええ……?」

 美侑を引きずり込んだのは現生徒会長・九十九つくも理香りかその人だ。中学生の時も生徒会長を務めていた彼女のことは、美侑は一般生徒よりも知っているだろう。


 魔法学園、特に高校は吸血鬼討伐部隊の訓練校扱いということもあり、生徒同士のいざこざがたまに魔法戦に発展してしまうケースがある。その時に戦いに割って入ったり、話し合いに持って行ったりするのも生徒会の役目だ。

 そのため、規約などには一切書かれていないものの、生徒会のメンバーは基本、半数以上が魔法を使える生徒で構成される。特に歴代の生徒会長はほぼ全員が魔法科の生徒であり、中でも成績優秀な、先天的な魔法使いであることが多い。なので、生徒会長が入学時点ではっきりしている、という代も珍しくないのだ。

 例えば美侑たちの代の場合、先天的な魔法使いが10人以上いる中で、突出した能力を持つ「名家」の直系が4人。そのうち中学時代から最も優れた魔法能力を持つのがレイランであることは、学年全員が知っている。だから、美侑たちの代の生徒会長はレイランだろう、という具合に。


 当代の生徒会長である理香の九十九家もまた、一条家や深瀬家のように、代々優れた魔法使いを輩出する家柄だ。レイランや奏太の姉は幼い頃から魔法使いの間で天才だと騒がれていた逸材だが、理香もそれに劣らない、優れた魔法使いである。現在、高校生以下では日本で最高峰の魔法能力を持つと言われる魔法の名手だ。

 そんなわけで、昔から何かとレイランや奏太の姉と比べられることの多かった理香は、その関係もあってレイランと奏太のことをよく知っている。奏太の姉が2代前の生徒会長だったこともあり、レイランと奏太が中学生にも拘わらず、さんざん高校の生徒会室に連れ込まれていたことも関係しているだろう。もっとも、レイランと奏太は中学1年の時に理香の勧誘を受けて中学の生徒会に(ほぼ強制的に)入っていたので、その関係が一番強いかもしれないが。

 こんな話を美侑が知っているのも、レイラン本人から聞かされた上に、中学生の間に何回か理香のいる生徒会室に行ったことがあるからだ。レイランや奏太ほどとはいかなくとも、生徒会長、九十九家の直系という情報しか持たない生徒よりはよほど彼女を知っている。


「理香さん、何やってるんですか」

 美侑が生徒会室に引きずり込まれたのを見て、呆れたようにレイランが言った。理香とは付き合いが長いので、レイランの態度も雑だ。学校の先輩というよりは、年上の友人という感覚なのだろう。レイランは一人っ子なので、それも影響しているかもしれない。

「何って、後輩を可愛がっているだけだよ?」

「部屋に引きずり込んで、机の前に座らせて自分のスマホ差し出して。至れり尽くせりですね」


 レイランが言う通り、流れるような手際の良さで美侑を会議用の机の1席に座らせた理香は、その目の前に学園の施設予約システムの画面を表示させたスマホを置いていた。なお本人は机の脇から美侑の顔を覗き込んでいる。

 だが、ここまでやられると思っていなかったため、美侑も面食らってしまった。


「何やってるんだ。いくら知り合いとはいえ、彼女も固まっちゃうだろ」

 そこへ、笑いを含んだ声が美侑の耳に届いた。

「……ゆき。仕事は?」

「ノルマは達成済みだけど?りょうたちの分も、手伝う部分は終わらせてある」

 自分の仕事用の椅子から立ち上がって美侑に助け船を出した男子生徒は山本やまもと雪弥。生徒会に所属するもう1人の3年生にして、会計監査の役職を受け持っている。


「レイラン、必要な部屋は?」

「できれば奥行きがある広い部屋、ですかね……」

「《魔力流》の練習なら、それに加えて天井も高めの部屋がいいだろうな。———じゃあ、訓練棟の部屋を押さえるか。理香、スマホ借りるぞ」

「あ、ちょっと!」

 雪弥はてきぱきと、レイランから必要なことを聞き出した上で更に条件を付け加え、理香の制止もむなしく机の上に置かれたままの彼女のスマホをかっさらい、液晶画面を数回タップ。ピロリン、という音がしたので、施設予約がされたらしい。


「レイラン、訓練棟の2階、第4練習室を確保しておいた。時間は明日の午後5時から終日。名義はもちろん理香」

「先輩、ありがとうございます」

 雪弥は仕事が速い。要領がいいし、頭の回転もかなり速い。というか、座学に関しては現3年生の中でぶっちぎり1位の成績を誇る。総合成績では理香に負けているが、それは彼が魔法科ではなく普通科に在籍しているためだ。

 生徒の総合成績は受けている科目数にかかわらず1000点満点で計算され、魔法科の場合は魔法実技の持ち点が他の科目の2倍になる。理香の座学の成績は2位なので、理香の魔法能力によって彼女の総合成績が雪弥の座学成績を上回るのだ。

 おまけに若干マイペースな部分がある理香にツッコミを入れられるのは彼くらいだ。彼がいるから生徒会が回っているというのも過言ではないだろう。

 今回もその能力が発揮され、理香と話して施設を予約するよりも遥かに短い時間で予約完了だ。


「何やってるんですか、会長。いくら昔からの知り合いとはいえ、下級生を困らせちゃだめですよ」

 と、そこへパソコンの前から声がかかる。生徒会副会長を務める2年生の男子生徒、かざ凌太だった。彼は2年生の首席であり、中学校でも理香やレイランと共に生徒会に入っていた生徒である。

 理香と凌太は1学年違いで、中学でも2人共に生徒会長を務め、現在理香は高校の生徒会長、対して凌太は生徒会長選挙の半年前にして既に次期生徒会長と言われる人物だ。レイランとは違って学園で初めて出会った先輩後輩とはいえ、付き合いが長いため、理香のことは凌太も熟知している。


「いいじゃないの。———あ、そうだ。言い忘れてたけど、美侑ちゃん、おめでとう。魔法使いになれたんだね」

「あ、ありがとうございます」

「魔法の使い方は慣れないと思うけど、良ければ相談に乗るからね」

「は、はい」

 そもそも魔力操作ができないから、普通の魔法は当分使えないんですけどね———。言おうとしたその言葉は美侑の中に飲み込まれた。

 レイランが美侑の肩を叩いたからだ。


「用事は済んだし、美侑はもう教室に帰る?」

「うん、そのつもりだよ」

 美侑は頷いた。ここは生徒会室、いつまでも一般生徒がいていい場所ではないだろう。

「じゃあ、先に教室に戻ってて。私はちょっと、仕事してから戻るよ」

「わかった。じゃあ、また後でね。

 先輩方、失礼しました」

 美侑は席を立ち、理香たちに向かって頭を下げた。

「いえいえ、これくらいお安い御用だから。またね、美侑ちゃん」

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