第4話 欠陥発覚
———が、事態は美侑が思っていたようには動かなかった。
座学は問題ない。魔法以外の一般の科目も、魔法関係の科目も、美侑は概ね理解している。
体育や芸術系の授業も問題ない。体を動かすのは苦手ではないし、芸術系の授業も得意の書道を選択したため、むしろ成績は上位だろう。
ただ1つ問題なのが、魔法実技の授業だった。
高校1年の前期なので、魔法実技の時間は週に2日しかない。これが高校3年の後期ともなれば週の授業時間の半分以上が魔法実技に充てられるらしいが、美侑たちにはまだまだ座学で学ぶことがある。
この、他の学年に比べて少ない魔法実技の時間で、美侑は先天的な魔法使いに追いつく必要がある。正確には、先天的な魔法使いが高校に入学した際に身に着けている程度の魔力操作———魔力制御の1段階上にある、自分の魔力を操る技術———だけでも得ておかなければならない。さすがに首席のレイランレベルとまではいかなくても。そうでなければ、吸血鬼討伐部隊の中でも精鋭の部隊には入れない。
しかし、現在の美侑にそのレベルは望めなかった。
*****
美侑が魔法科に転科して既に1ヶ月少々が経過している。その間に行われた魔法実技の授業はおよそ10回。
初回の授業にして自力で《栓》を閉じることに成功した美侑ならば、魔力量も制御して、魔力の流れまで操作できるようになるだろう、と担任教師もレイランも、美侑自身も思っていた。
ところが、いつになっても美侑は、《栓》の開閉そのものは簡単に行えても、魔力操作ができなかったのだ。正確には、あの噴き上がった魔力を増加させたり、増加した魔力を元の量に戻すことはできるのだが、それ以外はできない。
魔力量の制御ができないこの段階ではまだ、美侑は「魔力操作」どころか「魔力制御」すら行えていない、ということになる。それに、美侑が噴き上がらせる魔力は、属性魔法に使うならまだしも、術式魔法を使うにはどう考えても量が多すぎた。そもそも属性魔法の練習に最初からあれだけの量の魔力を運用するのも少々危険だが。
これまで何人もの生徒を見てきた担任も、これには困った様子だった。普通、《栓》を自由に開閉するのに時間はかかっても、魔力制御にここまで時間のかかる生徒はいない。
レイランなどは再び実家に助けを求めて何度か帰っているが、一条家もこの事態に困惑しているとのことだ。彼らの助けは見込めない。
どうすればいいのかさっぱりわからないまま、時間が過ぎてしまったのだった。
「どうすればいいの……。このままじゃ、まともに魔法が使えない……」
魔法に使う魔力は、魔力制御によって量を調節したものだ。量を調節せず、ただ放出しただけの魔力では、術式で魔法を発動するのはほぼ不可能、魔力をそのまま物質変換するのも難しい。魔法による攻撃手段で最も単純かつ簡単な《魔弾》を使うのも大変だ。《魔弾》はただの魔力の塊だが、それでも丸い「弾」らしい形をしているし、ある程度の硬さを備えている。美侑が掌から魔力を放出しても、「噴き上がる」だけで「弾」にはならない。
「まあまあ、そんなに気を落とさなくてもいいのに……。美侑は他のみんなと違って実技の授業が始まるのが遅かったし、大抵の人がつまずく《栓》の開閉は元々自分でできていたでしょ。今でこそクラスのみんなが魔力操作できるようになってるけど、1ヶ月前はほとんどできてなかったから。みんなと1ヶ月違うと思えば、美侑は別に進度が遅れてるわけじゃないよ」
「そうだけどさ……」
教室の机に突っ伏す美侑の背中を慰めるように叩くレイラン。他の生徒たちは、それを遠巻きに見ている。誰も美侑に近づこうとはしなかった。
「早く吸血鬼を倒せるようになりたいよ。今日だって世界のどこかで、吸血鬼に血を吸われている人がいる。ただ血を吸われるだけならまだしも、失血死する人だって多い。日本だって、街中で突然吸血鬼に襲われる危険がないわけじゃない……」
日本は他の国に比べて吸血鬼事件はあまり起こらないが、それでも「完全に起こらない」わけではない。月に1度は必ずどこかで誰かが襲われ、年に1度は誰かが吸血鬼に血を吸われすぎて失血死する。
そして、美侑の両親もその被害者だ。
「ご両親のことなら、仇は美侑のお
「うん。うちのお祖父様、自分の子供のことは大好きだから」
美侑の両親が街中で吸血鬼と遭遇し、一般人を避難させるために戦ったのは10年も前の話だ。2人は多くの人命を救ったが、複数の吸血鬼に襲われ、最終的に吸血され失血死した。
その知らせを即日受け取った美侑の母方の祖父である霞原家当主は、奏太の母親の協力で娘夫婦を殺した吸血鬼を全員発見、殺害した。ゆえに美侑は両親の仇を取ろうと思ってもその必要はないのだけれど……。
「確かに仇は取らなくていいけどさ。もし私みたいに、小さい頃に何もわからないうちに親を殺された子供がいたらなあ……って思っちゃうんだ。ある日突然親が帰って来なくなる子供の気持ち、わかるから……」
周りにクラスメートがいないとはいえ、あまり他人に聞かせることではない。美侑は声をひそめた。
「……そういえば美侑は、ご両親と叔母様と一緒に出掛けたんだったね」
「そう。叔母さんと一緒に家まで逃げて、叔母さんが様子を見に家を出ていって……」
過去を思い出して、美侑はぶるぶるっと首を振った。思い出して気持ちのいいものではない。
「……とにかく、あんな思いをする子供がもう出ないようにしないと。そのために、吸血鬼は退治しなきゃいけない」
「まあ、人間を殺してる時点で、害獣みたいなものだもんね……」
レイランは窓の外を見た。その表情から感情は読めない。
「早くどうにかしないと、また誰かが死ぬ。———そうなる前に、吸血鬼を倒せるだけの力をつけて、吸血鬼を倒しまくる。日本の吸血鬼は全部倒す」
美侑は言った。
「そっか。美侑はそっちの考え方だもんね」
「そっち?」
「うん。美侑は『やられる前に相手を倒す』って考え方でしょう?私はそういうの、好きじゃないから。うっかり間違えて、吸血鬼じゃなくて人間を殺しちゃうかもしれないし。そういうのは嫌だから。私は『守るのが優先』。敵がいて、何かを守る必要があるなら、まずは敵に攻撃させない方法を考える」
「そっか。一条家はもしも何かあったら、東京を守る魔法使いだもんね……」
「そういうこと。敵を倒すのも大事だけど、味方を守るのも大事だよ。それが私の考え。攻撃じゃなく、守りで敵の上を行けばいい。もちろん、美侑の考えを否定してるわけじゃないけどね。私だって、普通の魔法使いより攻撃手段は多いわけだし」
レイランはまだ、窓の外を見ている。けれどその口元にはかすかに笑みが浮かんでいた。
「美侑は自分の道で、自分の考えで進めばいい。そのためにも、今は頑張らないと。《栓》ができるんだから、魔力操作ができないなんてことはないと思う。私が知ってる人たちも、みんなちゃんとできてたし。
だから、大丈夫だよ」
「レイランは生まれつきできるからそんなこと言えるんだよ……。《栓》はどうにでもできるのに、魔力の量は調節できない……」
「魔法はともかく、魔力については大して研究が進んでないからね……」
ゆえに、《栓》が一体何なのか、魔力操作とは何なのか、ほぼわかっていない。《栓》という名称だって、魔力タンクから魔力が流れ出ないようにしている何かがあるということで、暫定的に《栓》という名称が使われているに過ぎない。
魔力操作の原理だって、何もわかっていない。
美侑が《栓》の開閉だけはできて、魔力操作ができない理由はこの辺りにあるのだろう。
「あるいは、その特性を利用するのも手なのかな……?」
レイランが呟いた。
「特性?」
それを聞いて、美侑は眉をひそめた。この状態が、美侑の特性だとレイランは言うのか。
「美侑のその魔力操作ができないっていうのは、ある意味個人が持つ特性、個性とも言えるものだから。
魔力操作ができないからこそ、できることもあるよ」
美侑にはレイランが何を言っているのか、さっぱり意味がわからなかった。が、レイランが言うのだから、何かはあるのだろう。魔力操作ができないがゆえにできる何かが。
「魔力を操作する必要のない戦闘方法。今の美侑にできること……」
レイランが再び呟く。
「やっぱり、《魔力流》、しかないよね……」
「……魔力流?」
聞いたことのない名称に、美侑はレイランの言葉をそのまま繰り返した。
「どういうものなの?」
「名前の通りだよ。魔力の流れ。
具体的には、魔法使いや吸血鬼が、自分の体から魔力を高圧で放出することでできる、圧縮された魔力の流れのこと」
レイランは目に強い光を浮かべて美侑を見た。
「美侑は吸血鬼と戦えるように強くなりたいんだよね。それも、なるべく早く」
「うん。強くなりたい。みんなを守れるように」
もう、あんな光景を見なくて済むように。
脳裏に蘇るのは、母が吸血鬼と戦っていた光景。長く伸びた吸血鬼の爪に切り裂かれた体と、滴り落ちる紅の血。今でも忘れられない記憶。
「《魔力流》は、普通の戦闘に使うものじゃない。むしろイレギュラーだし、魔力操作とは全く正反対の技術だよ。《魔力流》の練習をしたら、美侑が普通の魔法を使えるようになるまで、今想定しているよりも長くなるかもしれない。それでも美侑が、吸血鬼と戦えるようになりたいって言うなら、教える」
どうしたい?
レイランは美侑を見つめた。
「レイランは、私がその……《魔力流》を使う練習をしたら、魔法を使えるようになるまで時間がかかるって思ってるの?」
「うん。《魔力流》は魔力操作の一種だけど、美侑の短所を全部無視して、長所だけを使うような戦闘方法だから。《魔力流》の練習をしていたら、確実に美侑が魔力操作を習得するのは遅くなるよ」
美侑の問いかけにレイランは頷いた。
「……遅くなるだけで、魔法が使えないってことは?」
「ない、と思う」
レイランの回答は歯切れが悪いが、それでも美侑より多くの魔法使いを見ているはずのレイランの答えだ。語尾に「思う」とついた彼女の考えであっても、十分参考になる。
「なら、教えて」
美侑はしっかりレイランを見つめ返した。
「魔力操作ができないからこそできる、その方法を」
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