第3話 魔法実技

 翌日の昼、美侑の転科届は無事に受理された。レイランが言った通り、魔力が見えるかどうかのテストが行われただけで、魔法科への転科が認められたのである。美侑の魔法実技抜きの成績は学年で上から数えた方が早いから、特にテストも必要なかった。一応、魔力量だけは測定されたが。



「———というわけで、普通科から移ってきた松本美侑さんです。座学に関しては特に問題ありませんが、魔法実技については皆さん教えてあげてくださいね」

 クラス担任の女性教師が軽く美侑の紹介をして、美侑は我に返った。

 美侑が入ったのは1年A組。クラスのアルファベット順がそのまま成績順というわけではないが、このクラスは全体的に優等生が多いように見受けられた。学年トップのレイランを筆頭に、中学時代の成績上位陣がかなり所属している。

 とはいえ、座学で大きく差が出ることはないだろう。美侑も座学の成績はいい方だから、追いつけないわけではない。


「松本美侑です。よろしくお願いします」

 美侑は頭を下げた。

「移ってきて早速で申し訳ないけど、次は魔法実技の授業です」

「わかりました」

 魔法実技。ボイコットする生徒が多いという、魔力制御の授業だ。

「松本さんの席はあそこになります。荷物を置いたら、誰かに移動先まで案内してもらってくださいね」

「はい」

 席は当然だが最後列。そこまで歩いていくと、持ってきた鞄を机の脇に掛けた。ハイテク化が進んだ現代において、教科書類は全てタブレット端末に入っている。そのため鞄はかなり軽い。


「これで転科生の紹介は終わりです。皆さん実習室に向かってください」

 あっさりと説明を終わらせると、担任は教室を出ていった。その言葉で生徒たちもガタガタと一斉に動き出す。

「美侑」

 その中をレイランが美侑に近づき、声をかけてくれた。

「一緒に行こう。私もちゃんと授業に出るから」

「ありがと」

 移動先がわからない美侑を気遣って、一緒に行こうというのだろう。昨日の口調だと、レイランは授業に出る意味はほぼないはずだ。なのに授業に出ると言い切る彼女の存在がありがたかった。




 魔法実技の授業は、その時の内容によって場所が変わる。例えば、火の魔法を使おうという時は、安全を考えて場所はプール。空を飛ぼうというならグラウンド。

 そして今回は、魔力制御。うっかり間違えると魔力暴走の危険もあり、《栓》の閉じ方を間違えれば魔力不足でこれまた命の危機だ。そのため広い、なるべく医務室に近い場所として、実習室が選ばれていた。

 もちろん、3学年が利用する部屋だ。1つだけというわけではなく、美侑たちが使うことになっている2階の第2実習室だけでなく、1階から4階まで全く同じ間取りで、第1から第4まで実習室がある。

 実習室はとにかく広い。柱もなく、天井の低い体育館という印象だ。そこにバラバラに立った生徒たちは、ぎゅっと目をつぶっている。


「魔力制御は人によって進度がまちまちなので、立ち姿は同じでも、やっていることはみんな違うんです。生まれつき魔法を使える生徒たちは、この段階はもう子供のうちに卒業していますから、魔力制御の授業の間は自習にしてもいい、と伝えてあります」

 担任が説明した。レイランが授業のボイコットと言っていたが、このクラスではどうやら担任公認らしい。まあ、美侑が見た限り、このクラスには中学時代から不動の、魔法関係の成績上位3名が揃って在籍しているから、仕方ないのかもしれないが。


「もっとも、一条さんと深瀬くんは、同じ場所で小規模な魔法の練習をしていることが多いですが。2人の魔法技術は同世代の中でも卓越しているので、指導補助に回ってもらうこともあります」

 と思えば、1位と2位はボイコットしていないらしい。となれば、ボイコットしているのはか。

「さすが、学年のトップ2ですね。中学からずっと、学年順位の1位も2位も変わらないですから」

 美侑は無感情な声で返した。

 いくらあの2人が優秀とはいえ———あの2人の実家の魔法使いが四聖家の魔法使いを上回る実力を持つというのは結構有名な話だ———指導補助にまで抜擢する必要があるだろうか?レイランが言うには、魔力制御は先天的な魔法使いは物心ついた時には基礎を覚えているので、基礎を教えるのは難しいとのことだったが、果たして大丈夫なのか……。


「とにかく、魔力制御はやってみなければ始まりません。松本さんの場合は他の生徒たちより遅く始めるので、まず私がついて教えますね」

 担任はそう言って、美侑を部屋の奥の方、誰もいない場所に連れていった。初めて魔力を扱う場合、暴走とはいかないまでも、事故が起こるのは珍しいことではないそうだ。


「では———松本さん。話によると、最初にあなたが魔法使いとして覚醒したことに気づいたのは、あなたではなく一条さんだったそうですね?」

「はい。魔力が違うと言われました。それで、《魔弾》が見えてるか確認されて……」

「見えた、と。それで一条さんが最初に気づいたわけですね」

 ふむふむ、と担任は頷いた。前半部分は辻褄合わせのためにレイランが考えた作り話をそのまま流用させてもらったが、疑われている気配はない。

「では、少々難しいかもしれませんが……それ以前とその後で、自分の体に違和感はありませんか。具体的には、自分の中に異物というか、何かがある感じです」

「違和感、ですか?」

「ええ。目を閉じて、探ってみてください」


 言われるままに、美侑は目を閉じた。目を閉じることで、体の中の感覚が鋭くなる。

 やがて美侑は、体の奥に違和感を発見した。


「これ……ですか?体の奥の方に、熱っぽい何かがあるような……」

「正解です。すぐに自分の魔力を見つけるとはさすが、霞原家の血を引いている魔法使いですね」

「……どうも」


 四聖家の1つである霞原家は美侑の母親の実家であり、実のところ美侑は当代当主の孫娘に当たる。本来ならばそれ相応の力を持って生まれてくるはずで、当主の初孫ということもあり、母親のお腹の中にいた頃は割と期待されていたらしい。

 魔法能力を生まれ持たない美侑だが、その辺りの才能は両親からきっちり受け継いだのだろうか。魔法が使えるようにならなければ何も得のない才能だが、幸い美侑はもうただの人間ではない、魔法使いだ。もしも両親が才能を遺してくれたなら、ありがたく使わせてもらおう。


「その魔力を、表に出すことはできますか?」

「表に……」

 美侑は体の中の熱を意識した。これを表に出す?

「まずは、利き手の掌の上に集めるようなイメージをしてみましょうか」

 言われて美侑は、胸の前で上に向けた掌に向かって熱が流れるようなイメージをした。


「……わわわわっ!」

 そしてすぐに慌てることになった。

 初めてで強くイメージしすぎたのか、掌に現れた陽炎———魔力が一気に天井近くまで噴き上がったのだ。

「落ち着いて。そのまま、流れる魔力の量を少なくしてください!」

 落ち着けと言いつつ、本人も少々慌てている担任だったが、その指示は的確だった。魔力が少なくなれば、魔力が噴き上がるような事態は起こらない。

 美侑は魔力の量を抑えようとして———そして、なぜか魔力の放出がピタリと止まる。

「あ、あれ?」

 止めるイメージはしていないのに、なぜか止まった魔力。美侑は困惑した。


「あら、魔力の流れを止めるのもできるんですね。普通は自力で魔力を止められるようになるのに、時間がかかるんですが……。《栓》ができるのはいいことですが、魔力量の調節もできるようにならないと、吸血鬼とは戦えませんよ」

「は、はい……」

 一応、これは褒められてもいるのだが、美侑は担任の「吸血鬼とは戦えない」という言葉に肩を落とした。


「それから一条さん、協力してくれてありがとうございました」

「いえ。天井に届かないように盾を作っただけですから」


 そして、担任が大きめの声で続けた言葉に、レイランを振り返る。

 首を振って担任に答えていたが、彼女の位置は美侑から20メートル近く離れている。その位置から、美侑の魔力が天井に到達するのを防ぐために、魔法を使っていたのだ。それもきっと、美侑の魔力が掌に集まってから噴き上がるまでの、ほんのわずかな間に。

(何も気づかなかった……)


 先天的な魔法使いと、後天的な魔法使い。そのうち、先天的な魔法使いは息をするように魔法を扱う。

 その彼らに果たして、追いつくことができるだろうか。今の時点では美侑とレイランには圧倒的な差が存在する。


 でもいつか、同じ場所に立たなければならない。吸血鬼討伐部隊は殉職率の高い仕事だ。その中でずっとやっていくには、吸血鬼と戦っても死なないくらい強くなるしかない。今のレイランのように。

 だが、魔力制御でこの有様では、魔法を使えるようになるのはまだ先の話だ。とにかく今は頑張るしかなかった。

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