第7話 一回戦
「ロックシュート!」
「いきなりソードアーツを使ってくるか。でも!」
聡美は剣を地面に向け、土の粒子を集めて作った岩石をぶつけてくる。それに対して空良はなるべく力を使わないようにして戦おうと思った。
風のスキルを使わず剣も一本しか抜いていない。別に舐めているわけではない。実戦で自分の力を確かめたいだけだ。
考え無しに全力で突っ走るだけではこの戦いは勝ち抜けない。空良は飛んでくる岩石を冷静に見切ってかわしていく。
「大丈夫、今年のあたしは落ち着いている!」
なるべく焦らずに戦いに臨もうとは試合前から考えていた事だ。相手の攻撃はきちんと見えている。体は問題無く動く。岩をかわして隙ができたところを空良は身をかがめて跳び込んだ。
「今!」
「ロックアーム!」
振るう剣を岩の腕で受け止められた。それを空良は斬り裂けず、仕方なく後ろに下がった。
一瞬聡美が笑む。その意味を空良はすぐに知ることになる。
「みんなこれを見ると距離を取ろうとするんですよね」
「え!?」
背に何かが当たった。振り返るといつの間にか背後に岩の壁が出来ていた。投げつけられた岩の塊の一部はこれを作るようにスキルが込められていた。
考えている間に一瞬止まった空良の動き、敵はそれを狙っていた。
「死ねええええええ!!」
岩の腕の乱打が空良ごと壁を叩く。防御する空良を巻き込んで土の煙が上がっていく。しばらく叩いて聡美は満足したようにその動きを止めた。場に落ち着いた空気が戻ってくる。
「これぐらいやればくたばったかしら。一回戦は楽勝ね」
「ごめんね、くたばってなくて」
「なに!?」
横に流れた土煙から空良が姿を現した。
相手は気づいていなかったが、土煙が湧き起こったのは空良にとっては都合が良かった。
煙は風を起こせば空良の好きなように流す事が出来るから。姿を隠すのに利用させてもらった。
でも、一回戦から使わないようにしようと思っていたソードアーツを使ってしまった。相手が強かったのだ。仕方が無い。
目標にこだわるよりなるべく少ないダメージで勝つ事が重要だ。空良はここまで来たらやれるところまでやろうと思った。
剣を握る手を強くする。刀身に小さな風が起こり始めた。相手はそこで初めて空良のスキルに気が付いたようだった。
「あなた、風を操れるんですか!?」
「聡美ちゃんの力を認めるよ。ここからは少し本気を出すからね」
「何を上級生だからって余裕ぶって! 岩に当たってぶちまけろ!」
空良に向かって数を増した岩の塊が投げつけられてくる。勢いは増したがそれだけだ。空良はそれをかわしていく。
相手は退路を断つように狙っているつもりなのだろうが、風を操れる空良の動きはただの身体能力だけでは計れない。
聡美は焦りを見せてきた。
「どうして当たらないの!?」
「ありがとう、おかげで目が覚めた」
相手の攻撃が止んだ隙を狙って空良は跳ぶ。聡美は余裕の笑みを見せて見上げてきた。
「芸の無い事を。同じ結果になるだけよ。あなたの剣ではこの岩の腕は貫けない!」
「じゃあ、行くよ」
空中で風を蹴って空良は加速する。思ったより数倍も早い速度で突っ込んできた空良の突撃を聡美は何とか急ごしらえで作った岩の腕で防御した。
急いで作った防御体勢だったが、すぐに岩を補強して完成させる。そうすると聡美にも余裕が戻った。
「驚きました。そんな加速で突っ込んでくるなんて。でも、止めてしまえばそのスピードももう意味をなさない!」
「まだまだ、風の刃!」
「なんですって!」
空良はもう能力の出し惜しみをしない。敵の実力を認め、この場にふさわしい力を出す。
空良の剣で疾る風が岩の腕を砕いていく。苦渋の顔を見せる聡美だったが、まだ追い詰められたわけではなかった。ここで切り札を打つことを決める。
「これは三年生を相手にするまで取っておくつもりだったのに!」
聡美のもう片方の腕も岩となって殴りつけてくる。空良は深追いせずに落ち着いて回避する事にする。岩の腕を蹴って跳んで風で体勢を制御して着地した。
聡美はそのまま両足も体も全身まで岩を纏って最初に見たようなゴーレムの姿になった。ただその大きさは増している。これが本気と言うものなのだろう。
地上に立つ二年生を見下ろして聡美は吠えた。
「許せない! よりによって一回戦からこれを使わせるなんて! このまま踏みつぶしてやるわ!」
「大丈夫、あたしは落ち着いている」
空良は相手と同じ力勝負の土俵には乗らない。冷静に見極める。相手はまだ力の扱いに慣れていないのか、大きさが増した分、粗も出ていた。空良はそこを狙って突進する。
「そこ!」
風に乗って跳び、ただそこだけを斬って着地する。聡美は何が起こったのか分からなかったかもしれない。
「そんな、なんで岩を貫ける……の……」
正確には岩を貫いたわけではない。スキルを破っただけだ。完全な防御になりきれていない部分を斬った。
岩石が崩れて消えていく。力を失って聡美は倒れた。審判が勝利を伝える。
「勝者! 一条空良!」
みんなの声援で盛り上がる会場。勝利は出来ても空良はあまり喜べなかった。
「まだ試験に慣れていない一年生を相手にこれじゃ、先が思いやられるなあ……」
去年より腕を上げて準備も万端にしてきたつもりだった。でも、まだ足りないと思いしった。
空良はさらに精進する事を誓いながらその場を後にするのだった。
その試合の模様を校長先生は席に座って見ていた。試合が終わって選手が退場してから校長先生は傍にいるまどかに訊ねた。
「あなたが強いと薦めた岩中さん、負けましたね。それもほぼ一方的な試合運びに見えました」
「ええ、一条さんにとっては良い準備運動になったようでなによりです」
「あれほどの選手がいたとは。去年はいたかしら?」
「わたしは去年から分かっていましたよ。本気になった一条空良さんは強いと。しかもまだその力を隠し持っている。これはわたしもうかうかしていられませんね」
まどかは一礼してその場を去っていく。
校長先生はこれからの試合を思い、低く唸るのだった。
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