第3話 試合前の時間
今日は大会に出場する代表選手を決める試験の日だが、それは朝の10時頃から始まるのでそれまでは普通に学校の授業がある。
空良は面倒だとは思うがさぼったら怒られるので、朝から生徒達の喧騒で賑わう自分の教室に入ることにした。
入るなり雑談に興じていたクラスメイト達の視線が一斉にこちらに向かってきて背筋をピンと伸ばしてしまう。みんな空良がエントリーを申し込んでいてそのテストが今日ある事を知っている。
自分は出場しなくても出場する自分のクラスの友達は気になるようだ。事情を知るみんなの瞳は興味津々と爛々に輝いていた。
「ねえ、ソラヨシ。今日テスト受けるんでしょ?」
「うん、まあ」
「強い人達がいるのに勇気あるよね、ソラヨシって」
「そうかな? そうかもね」
答えながら自分の席に鞄を置く。実のところ空良はソラヨシとニックネームで呼ばれるのがあまり好きではない。断るのも気まずい思いをしそうな気がするので好きに呼ばせているけれど。両親の前で呼ばれたらきっと恥ずかしさに参ってしまうだろう。
クラスメイト達は何も気にせずにただの友達として声を掛けているだけだ。空良が何も言わないので気が付いていないようだ。話を続けてくる。
「ソラヨシは去年は途中で負けたのよね。今年は勝てると思う?」
「去年は怪我をしていたから。今年はちゃんと万全に準備を整えてきたから大丈夫だよ」
「去年は何で怪我したんだっけ?」
「ノーコメントで」
来る途中で張り切りすぎて転んでぶつかって嵌ったせいだなんて言いたくはない。恥ずかしいだけだ。
去年の事は反省して今年に活かしてきたのだ。テストの日が来た今、もう振り返らずに前を見る時だ。空良の意欲はリベンジに燃えていた。
「今年こそ優勝して大会に出場する権利をもぎとってくるからみんな応援しててね」
「うん、応援してる」
「ソラヨシ、がんばー」
「ソラヨシ、ゴー!」
「その応援は外ではちょっと……」
あまり広められたくはないニックネームだ。教室の中だけならともかく、外でまで連呼されたくはない。
幸いにも町ですれ違う町の大人の人達にソラヨシと呼ばれたことはない。ソラちゃんと呼ばれるだけだ。今の関係を大切にしたい。
去年で感覚を掴み、今年は優勝するつもりでいるので、応援される機会は増えるだろう。
空良はクラスメイト達にやはり注意を促しておいた方がいいかと思うが、何かを言うその前に背後から腕が巻き付いてきて抱き着かれた。
「ソラヨシ、おはよー。いよいよこの日が来たね」
「うわ、乃々ちゃん」
「どうせ会長が勝つのに決まってるのに、空良も無駄な事をするわね」
「寧々ちゃんまで」
やってきたのは三星乃々と寧々。空良のクラスメイトで双子の姉妹だ。乃々はベタベタと親し気にひっついてくるが、寧々は少し距離を取って澄ましている。
どっちが姉で妹かは空良は知らないが、乃々が寧々の事を寧々ねえと呼んでいるので多分こっちが上なんだと思う。
乃々が空良をソラヨシと名付けた張本人である事を思えば、寧々ねえというのもただのあだ名である事も否定は出来ないが。
改めて訊くのも友情に亀裂が入りそうな気がするのでそっとしておいた。別にどっちが姉で妹でも扱いに差が出るものではない。
空良の背後から笑顔で抱き着いてきていた乃々は(気配に気づかなかったのはこちらの落ち度と言えよう。本番では不意打ちをうけまいと空良は気を引き締めた)呆れた顔を机に荷物を置いた寧々に向けた。
「また寧々ねえはそんな事言って。本気を出したらソラヨシは強いんだよ。剣を二本使えるんだから」
「一本でも二本でも同じことよ。まどか会長は八本使えるんだから」
「そういう単純な数の問題じゃないんだけど……」
去年の空良は肩を痛めていて得意とする二刀流を使わなかった。剣を持つことぐらいは出来ても力の満足に入らない状態では敵の攻撃に跳ね飛ばされるだけなので、一本に集中した方がいいと考えたのだ。
結果としては思った以上に苦労して負けてしまった。慣れない戦法が通用するほど甘くはない事を思いしった。
「一本だと風のコントロールが難しいんだよね。やっぱり二本無いと」
そんな空良の呟きを気にせず、乃々と寧々の言い合いは続いていく。寧々はある情報を持ってきていた。
「今年は一年に岩中って子がいてその子がかなり強いって噂よ。今年の空良は一年に負けちゃうかもね」
「もうソラヨシの事はソラヨシって呼んでって言ってるじゃない」
「いやよ、あんたの付けた名前なんて。空良は空良でしょ」
「じゃあ、賭けをしましょう。ソラヨシが優勝したらソラヨシって呼んで」
「出来なかったら呼ばないからね」
「ぐぬぬ……」
本人以外に勝ち負けを気にしてくれる人がいるのは良い事なのだろうか。空良にはよく分からないが、ほどほどにしておいて欲しいと思う。
誰が来ようとやる事は変わらない。勝ちを目指すだけだ。
今年は張り切りすぎないように気を付けてここまで来たのだから精神を鎮めたい。
そうして、空良にとってはたいして重要ではない賭けが姉妹の間で交わされて、一時間目の授業が始まるのだった。
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