葉桜の由来 (下 落葉)
空襲のあった翌日の朝、私は一人、駅に向かった。
駅のある三丁目は父が言っていた通り、
駅の屋根も
しかし、彼はそこにはいなかった。
それから数時間、昼過ぎまで待っていたが、彼は姿を見せなかった。
「間違えたのかしら……」
さらに一時間すると、雨が降ってきた。
「えぇ……」
傘なんて持って来ていない。どうしよう、と分厚い雲を見上げる。
しかし、雨の止む気配など
「どうしよう……」
すると、駅舎の中でずっと待っている私を不思議に思ったのか、歳を取った駅員が話しかけてきた。
「お嬢さん、どうかしたかい?」
「あ、すみません。出征の見送りで……」
「それなら、さっき行ったが」
「あ、いえ。あの中にはいなかったんで……」
すると駅員さんは首をひねった。
「今日はもう、金沢の
「え?」
「お嬢さん、時間ば間違えたんじゃないかい?」
「そんな、はずは……」
彼から
「……」
何か、あったのだろうか。直接彼の家に行きたいところだが、この雨では……。
そう思っていると、駅員さんが「これ持っていきなさい」と、黒い傘を差しだした。
「え、でも」
「いいからほら。ここ居られても困るんでな。こっちとしても」
そう微笑んで、彼は引っ込んでいった。
私は
*
三丁目の東の方にある、彼の住む村へ唯一繋がる橋を渡る。
橋の下を流れる川は雨のせいか増水していて、水も
普段走らないせいか、長い距離でもないのに息が上がる。
田んぼの間の道を進み、
家の前、
しかし応答はない。私は再び声を張り上げた。
「すみません!!」
すると、庭の方から「どちらさまでしょう」と小さな声がした。
「すみません、私、一丁目の
「……」
柴垣の向こうのその人は、途端に言葉を切った。
「あの……」
「光次郎は、いません」
「え?」
「光次郎は、いません」
「いや、そんなはずは……。今日出征ですよね?」
「……」
明らかに様子がおかしい。どうしたものか、と思っていると、彼は一つ大きくため息を吐いた。
「昨日、空襲があったでしょう」
「……はい」
「光次郎はそれ以来帰ってきていません」
雨音が遠くへ離れていくような感じがした。
頭の中が真っ白になるのと同時に、五感のすべてが失われたような感覚に襲われたのだった。
**
光次郎さんは昨日の昼、山の裏手にある畑の様子を見に向かったという。
しかし、それを最後に彼は姿を消した。
彼の父と兄、そして姉は、近所の住人たちとともに
「今日も探す予定だったんですが、
在宅していた光次郎の兄は、そう言った。口では言わないが、もう、
傘をさすことも忘れて道を歩く。
雨は滝のように打ちつけている。髪も、首も、肩も、背中も、すべて雨に濡れた。
路肩にしゃがみ込む。手で顔を覆う。
雨が降っていてよかった。泣いているのかどうかわからなくなるから。
雨が降っていてよかった。この
死んでしまったとは思いたくない。けれど、駅前のあの被害を見ると、楽観的にはなれない。
もし、万が一、最悪の状態になってしまっていたら、どうしよう。
「どうしよう……」
涙に
駅に戻って傘を返し、私は家への帰路についた。
駅員さんは、「身体を壊すからさしていきなさい」と後ろから言ったけれど、それに応える余裕はなかった。
***
びしょ濡れの状態で家に帰ると、それを見た
「実和姉さん! どうしたのそんなに濡れて!」
それを聞いたサクが手ぬぐいを持って走ってくる。
「何でもない……」
「なんでもないってことないでしょ! ほらもう服脱いで!」
何もする気が起きず、私はとりあえず靴脱ぎ場に座ろうとした。
しかし、次の瞬間。
倒れたのだと気づくのには、少し時間差があった。
「きゃああ! お姉ちゃんが!」
「彬子! お母様呼んできて! 早く!!」
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