葉桜の由来 (中)
「
「んんん……う……うぅ……」
和子は引かない熱の中でもがくように
頬に赤みがさしている。時折、こぼす咳が痛々しかった。
「彬子、そっとしてあげなさい」
「でも心配」
「大丈夫だから。サクと遊んできな」
そう言って頭を撫でてやると、彬子は頬を
九歳の末妹は、まだ甘えたい盛りなのだろう。それは和子もサクもそうだったし、きっと私もそうだった。それを
お腹に顔を押し当ててくる妹の背を撫でていると、彬子は寝息を立て始めた。
*
あの祭りの日から三日ほど経った。隣村に住む彼とは、あれ以来会っていない。
しかし、彼の出発の日は、刻一刻と迫っている。もう私には、彼を戦地に送り出す事しかできないのかもしれない。
手紙を残して出発した叔父は帰ってこない。
変わり者の叔父のことだから、冗談だと言って帰ってきてもおかしくはない気がしたのだが、三日経っても帰っては来なかった。
叔父の出立に関して、兄である父もまったく聞いていなかったらしい。叔父の知人に何か知らないかと聞いてはいるそうだが、結局消息は不明のままだ。
ただ、駅頭で見かけた人がいたというから、電車に乗って
叔父が
けれど、もし叔父と会ったなら、その頬を
和子の体調も悪いままだった。それどころか、日を増すごとに悪くなっていくようだった。
医者は「危険な状態です」と
額や首筋に浮かぶ汗を拭ってやりながら、妹の側に座っていると、時折妹が左手を天井に向かって伸ばすことがあった。
「うぅ……、叔父様……。叔父様……」
そしてそう繰り返すのだ。
かつてないほど弱っている妹を見ると、本当に胸が痛んだ。
気休めだとはわかっていたけれど、そういうときは、彼女の手を握り、額に手を添えて言った。
「大丈夫、大丈夫だから……」
何が、と聞かれたら返事ができないほど根拠も理由もない言葉だったけれど、妹はそうしてやると微かに笑みを浮かべてまた
そして時間が経つとまた同じことを言い、また手を握って言ってやり、するとまた
**
配給のお米をサクと一緒に持ち帰る途中、サクがちょっと休もうというので、土手の草の上に座った。
「和子姉さん、いつよくなるの?」
サクは
「今まで、あんなに寝たきりだったとき、なかったじゃない。一日寝たきりでも、
「そうね……」
「私、姉さんが治るんだったら、ご飯いらない。全部、姉さんにあげてもいい」
それは妹なりの決意だったのだろう。けれど、きっとわかっていたはずだ。そんなことで治りはしないということは。
不意に太陽が雲に隠れた。
(何か障壁があった方が、より相手の存在がわかるってことかしら)
三日前、和子が雲に隠れた月を見上げて言っていたことを思い出す。
私たちの周りには今、その関係が溢れている。和子と叔父、私と光次郎さん、私と和子、妹たちと和子、妹たちと叔父、私と叔父、父母と叔父、父母と和子というように。
障壁がなくても相手の存在を大切に思えるほど、私たちはできた人間ではなかった。失いそうになってから初めて慌てふためくような、そんな
私は
***
家に帰ると、手紙が届いていた。差出人は
「光次郎さん……」
母に見つからないように部屋に入り、中身を取り出すと、
頬が染まるような愛情表現の後で、私は現実に引き戻された。
『金曜の早朝に出発することとなりました。見送りに来ていただけたなら、とても嬉しく思います』
「金曜……」
今日は水曜日。明後日には、彼は出発してしまう。
国内の基地か、中国か、異国に浮かぶ島かはわからない。けれど、少なくともここではないどこかへ。
手紙を机に置き、ため息を吐く。
和子は今は静かに眠っているようだった。不安になってその胸に触れてみたが、きちんと鼓動はあった。
今度は
見送りの日には、私の思いを込めた手紙を彼に渡したかった。どこへいっても、何があっても、必ず待っていると、そう伝えたかった。
鉛筆を持って、書き出し部分に鉛筆の先を向ける。しかし、納得のいく文章が書けず、完成しては破き、完成しては破きしていると、もったいないよとサクから怒られた。
試行錯誤を繰り返し、白い
書き終えて、腕を伸ばす。背後ではまた和子が腕を伸ばしていた。
「う……」
「和子……」
熱に
それはいつか読んだ小説のエピソードの、再現のようなものだった。鉛筆を持って、叔父の部屋に向かう。
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