悪戯な雨2

 正直、こんなにわけのわからない少年だとは思ってなかった。ちょっとした理由があって、この少年を数日間家に泊めることになった時も、まあ、中学生と新社会人程度の年齢差なら、価値観も考え方も大きくは変わらないだろうと思っていた。けれども、今私の目の前に立っている少年の目は普通じゃなくて、ああ、考えが甘すぎたんだな、と後悔の気持ちがこみあげる。

 わたしと同じく小雨に打たれてこちらをじっと睨みつけている少年は、まだ中学生にしてはやけに冷たい目をしている。雨水が彼の黒髪を滴り落ちた。

「ぼく、中村さんはもっと優しい人だと思ってました」

 佐藤くんは、左手に持っていた筒状のものを胸の高さまで持ち上げて、ゆっくりとわたしに向かって歩いてきた。確信に満ちた足取りは、一歩一歩に狂気すら感じる。

「中村さんは、ぼくみたいなダメな子供にも優しい人だと思ってました。きっと、大切に思って優しくしてくれるって。でも、中村さんもちゃんと仕事に行ってて、ちゃんと嫌いなものも食べてて、ちゃんと朝七時に起きてて……ぼくみたいなダメな子のこと、全然考えてくれない。中村さんって、本当は優しくないでしょ?ううん、優しいフリしても無駄だよ。だって、ぼくには中村さんの本当の心が見えるんだもの」

 そう捲し立てるように言って、佐藤くんは手に持った筒状の何かを、無造作に、私のお腹につっこんだ。それは私のお腹の中に入ったけれど、痛みも触れた感触も感じない。

「潜望鏡って言うんだよ。人の心が見えるんだ。謝るなら今のうちだよ。もう遅いけどね」

と、言いながら佐藤くんは潜望鏡を覗き込んだ。そしてニヤリと笑って、

「わあ、真っ黒。ほらね!やっぱりそうだ、優しくないんだ。佐藤さんは、ぼくにも優しい人じゃないんだ!」

 佐藤くんはそう言って、雨に打たれたまま、どこかへと走り去ってしまった。誰もいないところをぼーっと見つめながら、私は舌打ちをした。

 そうだ。これだから人間は信用ならないのだ。かつて哀れに思った情けで、人の心に傷つけられた幼い少年への情けのつもりで、潜望鏡なんてものを渡すんじゃなかった。もはや彼の潜望鏡は、羨望にくらんで、嫉妬に歪んで何も映さない。せっかくの価値のあるものを、あの子はまったく台無しにしたのだ。

 一面に広がる灰色の空から、悪戯に雨ばかりが降り注ぐ。まとわりつく水が鬱陶しく、私はもう一度舌打ちをした。

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