悪戯な雨3

 いくら雨も素敵だと言われても、大抵の大人は、またそれに準ずる学生たちは、雨が嫌いなものだと思う。だって制服が濡れるし、部活はなくなるし、なんとなく気分は憂鬱だし、いいことなんて何もないから。

「一生のうち雨が降る日が2、3度だけだったらいいのにな」

 バイト帰りの駅のホームに、屋根もないからザバザバと雨が打ちつける。線路はびしょ濡れで、電車も滑って転んでしまいそうだ。

「私はその2、3度が七夕とクリスマスに重なってたら文句は言わないよ」

 と、聞いたことのない明るい声が、僕の独り言に答えた。傘を持ち上げて隣を見ると、そこにはポニーテールの知らない女の子がいて、僕をじっと見ていた。同い年くらいの女の子だ。僕以外誰もいないはずだったホームに、ピンクの傘をさして、ぽつんと立っている。

 僕は慌てて傘で顔を隠した。けれどもその女の子は、気にした様子もなくべらべらと喋った。

「ほらほら、七夕って織姫と彦星が会う日だしぃ、クリスマスはカップルがイチャイチャするためにしかない聖夜でしょ?そういうの見ると雪じゃなくて、泥水が白い靴下を真っ茶色に染めちゃうくらいの大雨でも降らせてやろうか!って思うんだよね。まー、結局は小さい子のためにホワイトクリスマスにするんだけどさ」

 変な喋り方をする人だな、と思って、関わらないようにしたかったけれど、彼女はどうも僕を逃がす気はないらしい。僕の傘のふちに細い指がかかって、傘が持ち上げられた。女の子と目が合うと、僕は自分の頬が引き攣るのを感じた。

「でも、雨が嫌いなのはいただけないなぁ。これでも、私、けっこうみんなに優しい仕事してるんだよ?今日はたしかに土砂降りだけど、その分明日はカラッと晴れて洗濯物も干せるから、今日だけだからさ!」

 女の子はべらべらと僕に向かってしゃべり続ける。僕はとにかく困惑していた。いや、もはや恐怖だった。女の子はしゃべりながら、じりじりと迫ってくるようだった。もうすぐ、傘を越えて入ってくる!僕は咄嗟に目を瞑って、勢いよく傘を引っ張ってしまった。

「あ」

 目を瞑っていたから、僕はその時何が起きたのかはっきりとはわからない。女の子の声が急に聞こえなくなって、物音ひとつしなくなって、雨音すらしていないことに気づいて、そうっと目を開けた。そこには、女の子の姿はおろか、雨も降っていなかった。見渡しても彼女はいなくて、彼女が立っていた場所には、さっきはなかった大きな水溜りができていた。ひとけのない駅のホームに、電車の音がガタンゴトンと、遠くの方からこだました。

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