【閑話】稀な山目、不変の鏡
某日昼休み。
これといってすることの無い俺は自席で突っ伏し、狸寝入りを決めていた。
普段ならイヤホンを耳にぶち込み外音をシャットアウトするのだが、たまたま本日は家に忘れてきてしまったので手元には無かった。
夜中に音楽なんて聴いて寝るなんていうルーティンから外れた事をするからこういうことになる。いい教訓だね。
仕方なしに寝たふりをしていると、後ろの席の
山目が元気がないなんて、どうせ碌な事ではないだろうが、一応聞き耳を立ててみる。
「なあー、鏡ー」
「何よ」
どうやらすぐ傍に鏡がいるようだ。
「俺と鏡って小学校からずっと一緒だろ?」
「そうだったかしら」
「おいおいおいおいおい、そこは覚えててくれよ。小学校から一緒の奴なんか鏡くらいなんだからよ」
「冗談よ、覚えてる。それがどうしたの?」
そうだったのか。意外とコイツら、長い付き合いだったのね。
「そんな長い付き合いの鏡に訊きたいことがあるんだけどよー」
「何?」
「どうして俺ってモテないんだろうなー」
「…………さあ?」
「だって、俺ってば野球部のエースよ?」
「そうみたいね」
「普通野球部のエースって、女の子たちが黄色い声援をおくってくれるもんなんじゃねーのかー?」
「どうかしらね。そう言った例もあるかもね」
「はあ……。やっぱ、顔なのかなー」
「さあ」
鏡の返事は正に「どうでもいい」って感じの声色だった。
いやー、狸寝入りして良かった。
こんな面倒な話を俺に振られたら、苛立ちで喧嘩腰に唾棄してしまったかもしれない。
いや、喧嘩は勝てないだろうけど。
「ああ……雪ちゃんとか、俺と付き合ってくれないかなー」
「無理でしょうね」
「じゃあ、涼川は? 付き合ってくれないかなー」
「無いわね」
「じゃあ、鏡ー、付き合ってくれよー」
「嫌よ」
鏡の即答に俺は一瞬笑いそうになって危なかった。
寝たふりがばれてしまう。
「だよなー…………あーあ。どうやったらモテるかなー」
「モテ方を模索してる内はモテないわね」
「うぅ……勝者の余裕ってやつかよー。鏡はモテるよなー……」
「別にモテてはいないわよ」
「鏡は昔から一生懸命だったもんなー」
「何よ、それ」
「ちょっと無理してでも明るく振る舞って、周りの奴らも鏡のおかげで相当救われてたもんなー。何事も全力でやってるし」
ほう。鏡の昔はそんな奴だったのか。
「どうしたの、アンタ。頭おかしくなった?」
「いや、鏡は真面目だよなって話だよ」
「なんだか気持ち悪いわね……口説いてるつもりかしら」
「そんなんじゃねーよ。本心だ。俺だって鏡みたいな立ち位置になりたかった一心で何事にも明るく、全力で振る舞っていただけなのに……どこでベクトルを間違ったんだろうなー」
「何それ。本当大丈夫? 熱? 頭打った?」
「俺も鏡みたいになりたいなー。モテモテで皆から慕われて……」
「…………」
パンッ! と背後で気持ちのいい音が鳴った。
「いで!! 何すんだよ!! 頭叩くことねえじゃねーかよ」
「アンタはそのままでいいでしょ。バカなままで」
「バカっていうなよー。泣くぞ?」
「アンタのそのバカで多少なりとも救われる人だっているのよ。アンタがアホみたいに明るく振る舞うようになってから、私は見てて最初は戸惑ったけど、アンタはアンタなりに努力して今の明るいバカキャラになってるのは分かったから、そのままでいいのよ」
「鏡……」
「アンタとは小学校から一緒だからね。暗かったアンタも知ってる私からしたら、今のおバカキャラなアンタは少なからず全力で一生懸命に見えるし、その明るさに救われている人も絶対いると思うわよ」
何だと。山目が暗かった?
全く想像がつかん。
思考能力を欲求にフル回転させているのが山目の本質だと思っていたが……。
こいつにもそんな過去があったのか。
それにしても鏡は本当に優しい奴だな。山目の事を思っての物言いが垣間見える。
「鏡、お前……」
「別にモテるモテないはどうでもいいじゃない。自信持ってなさい。その自信に引かれる女の子だってきっと現れるわよ。多分。そのうち。いつか」
「鏡……」
「何よ」
「俺と付き合ってくれないか」
「嫌よキモチワルイ」
――ブホッ!!
俺は吹き出してしまった。
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