【過去】とある中学生の葛藤
今日は、数年ぶりにおじいちゃんの家に行く日です。
お父さんの母親、私のお婆ちゃんの七回忌とのことで、行くのは数年ぶりです。
前回行ってから数年が経ってます。
あの時は私はまだ小学生でした。
おじいちゃんはすごく優しくて、会うといつも遊んでくれました。
優しい笑顔で、お父さんに結構似ています。
お父さんのお仕事の都合でここ何年かは会えてなかったので、会うのはとても楽しみです。
でも、今、私は中学生。
あの時みたいに子供っぽくはしゃぐのは恥ずかしいので、ちょっとどんな顔で会えばいいか分からないです。
お父さんにそう言うと、
「中学生の分際で、そんなこと気にしなくていいだろ。素で接すればいいの」
車を運転しながら、そう言われました。
その言葉に助手席の母さんは、
「あらあなた、女の子は中学生からもう立派な大人なのよ。ね? 深月」
私の味方をするように言ってくれました。
でも父さんも母さん、どっちの言う事も私には分かります。
だからこそ、おじいちゃんにはどう接していいかちょっと分からなくて困っちゃいます。
車で四時間かけて、ようやくおじいちゃんの家に着きました。
この辺りは、私の住む地域よりもちょっとだけ都会で、おじいちゃんが羨ましい。
黒い格好のお父さんを先導に、お母さん、そして制服の私が順番に玄関に入ります。
靴を脱いで居間に行くと、おじいちゃんが居ました。
記憶の中のおじいちゃんとあんまり変わらない、年の割には若く見える、ちょっとお父さんをダンディにした感じの顔でした。
とはいってもまだおじいちゃんは五十歳くらいらしいですけど。
本やテレビでみる「お爺さん」とは結構印象が違います。
おじいちゃんはお父さんとお母さんと喋った後に、私の顔を見ました。
それはもうまじまじと。
「あの、お久しぶりです……」
なんだかよく分からないけど緊張しちゃって、声がかすれました。
おじいちゃんは何とも言えない顔――哀愁が漂うっていうのかな?――でずっと私の顔を見てしばらく何も言ってくれませんでしたが、不意に笑顔になって、
「久しぶり、深月ちゃん」
優しい声でそう言ってくれました。
笑うと皺ができて、ああ、おじいちゃんなんだな、って感じでした。
やっぱりちょっと緊張しちゃって、あの時みたいに思いのままに抱きついてたり、素のままで話したりはできませんでした。
小学生だった私がちょっと羨ましくなりました。
でも、おじいちゃんに抱きつきたいな、という欲求が自分の中で膨れ上がるのを感じました。
どうしてだろう、そう考えれば考える程、そうするのが難しくなっていく感じがします。
おじいちゃんに抱きついて、抱きしめ返されていると、言葉ではうまく表すことの出来ない、安心感とも違う温かい気持ちになります。
でもでもやっぱり、中学生にもなって抱き付くのも変だよね。
人見知りって訳じゃないけど、どうしても緊張するというか、人の目を意識してしまって。
もう私も中学生になったんだって、大人ぶっちゃうっていうか。
大人からしたらまだまだ子供って言われるかもしれないけど。
見た事のない何人かの人と挨拶をしてから、数十分で法事が終わりました。
あとはホテルで一泊して、明日にはもう帰るだけ。
そのホテルのロビーで、お父さんとお母さんがちょっとした用事で居なくなって、私はおじいちゃんと二人きりになりました。
おじいちゃんは私の方を向いて笑顔で、
「深月ちゃん、何か飲むかい?」
そう言って、すぐ傍の自販機を指差しました。
「あ、はい、ありがとうございます」
自販機のラインナップはごく普通のもの。
いつもならジュースとか炭酸のを選んじゃうけど、その時の私は大人ぶってしまいました。
一番安いのを選ぼう。
ブラックコーヒーって大人っぽいかな。
そんな感じに遠慮と大人ぶりで、私が百円と書いてある小さい缶のホットのブラックコーヒーのボタンを押したら、
「あー! あと三十円だね!」
おじいちゃんは急に大きな声を出して、私はとてもビックリしました。
私は首を傾げてしまってから、コーヒーを手に取って、暫く暖を取る仕草をしました。
ロビーは大して寒くないのに、なんか大人っぽいかなって。
「じゃ、ほら、はい。 手だして」
唐突におじいちゃんは握り拳を突き出して、そう言いました。
よく分からないけど、あれかな? 拳同士ぶつけて友情を確かめ合うみたいな感じかな?
ってそんな訳ないよね、といった感じで少し困っていると、おじいちゃんは私の手を優しく広げて、何かを握らせました。
開いてみれば、そこにはくすんだ色の硬貨が三枚。
「これ、何ですか?」
私はコーヒーの缶のプルタブを開けながら訊きました。
お小遣いにしては少なすぎるし、よく意味が分からないから。
「それは、俺が深月ちゃんから借りてたお金だよ。覚えてないかい」
「……?」
覚えてない、というかお金を誰かに貸した事なんてない。
おじいちゃんってこんなによく分からない人だったっけ。
そんな事を思いながら一口コーヒーを飲んで、あまりの苦さにビックリしました。
コーヒーってこんな味なんだね。
そんな私をしっかりと見つめてくるおじいちゃん。
ん? それともコーヒーを見つめてるのかな? そう思って、
「もしよかったら、飲みます?」
「いや、俺はもう飲んだから。それに、女の子が男の人に缶コーヒーをあげるっていうのはね。特別な意味があるんだよ」
「え?」
そんなの聞いたこともない。それにおじいちゃんずっと何も飲んでなかったような。
「どんな意味ですか?」
「ん、知りたい?」
「えっと、はい」
正直どっちでもよかったけど、おじいちゃんが柔らかい顔をしていたから、何となく断れなかった。
「あなたともっと一緒に居たい。そう思った相手に、女の子は缶コーヒーをあげるのさ」
おじいちゃんは何故かどこか遠くを見つめるような眼でそう言いました。
「え、絶対嘘だ」
「どうしてそう思う?」
「だって、そんなの聞いた事無いもん」
「あははは。そうだね。そりゃ、まだ深月は十三歳だからね」
皺を作りながらおじいちゃんは笑いました。
でもでも、そんなの本当に聞いた事無いし、嘘な気がする。
「まあさ。そうだったらいいなって、俺が思っただけなんだけど」
「あ! ほらやっぱり! 嘘つき!」
私はいつの間にか丁寧語も忘れておじいちゃんにツッコんでいました。
少し、小学生だった頃に戻ったみたいで嬉しかった。
それでも、やっぱり恥ずかしくて、おじいちゃんに抱きつけませんでした。
おじいちゃんから抱きしめて欲しいな、なんて思ってちょっと近くによったりもしてみたけど、おじいちゃんはニコニコした笑顔を向けてくるだけでした。
帰りの車の中で、おじいちゃんの変な嘘について、お父さんとお母さんに訊いてみたけど、やっぱりそんなものは聞いたことがないと言っていました。
おじいちゃんって、ちょっと変な人だったのかな、なんて思いながらも、やっぱり小さな頃のおじいちゃんとの温かい抱擁をおもいだして、心が妙に騒ぎました。
私が大人になるまでに、もう一回だけでも、おじいちゃんに抱きしめてもらえるかな。
そのためにも、これからもおじいちゃんの弱みを握らなきゃ。
って、なんか悪女みたい?
そんな風に考えたら、少しだけ大人ぶるのがバカらしく感じました。
いつか私の人生にも、缶コーヒーをあげたいと思う人が現れるのかな。
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