エピローグ
年齢的には……孫とかかな?
天使の羽根を貰った日からは、これまでの煩忙が無かったかのように単調な日々がぐるぐると過ぎていき、外にはうっすらと雪が積もり始め、気が付けば冬休み前の定期試験も最終日となった。
残すところは苦手科目の英語の試験のみである。
これさえ終われば、翌日の終業式を挟んだ後に晴れて冬休みの始まりだ。
しかしながら大トリに英語とは……ラスボス感極まりないね。
そもそも日本人である限りは日本語さえ堪能であれば生きていくに不便はないし必要はない、というのを提唱したところ、鏡からは「あっそ、前時代的ね」と言われた。かくいう鏡は実は英語がペラペラであり、どこまでもハイスペックな鏡を目の当たりにする度に己の劣等感が日に日に増す。
ちなみに同じことを母親に陳ずると、
「そもそも高校生の時点で義務教育ではない、自ら望んで入学した高等学校の授業の一つである科目に対して、必要ないと言っている時点で自己矛盾も甚だしいッピ」
と突き放すように言われた。
確かに正しい立論で、なるほど教育者染みている発言だ。最後の「ッピ」が無かったらな。
俺は瞑想しているフリをしてそんな悲しいやりとりを思い出していると、試験監督の教師が入室してきた。すぐさま問題用紙が配られる。
用紙の束を後ろに回すときに、山目の俯き気味の真っ青な顔がチラリと見えた。
前時間の化学のテストが壊滅的だったか、これから始まる英語が絶望的かのどちらかだろうな。後者なら俺も全力で賛同するところだ。
開始のチャイムが鳴るまでの数分で、一瞬窓側の空席に目を遣った。
元々、涼川の席だったところだ。
涼川はその後、少女院に行くことになったそうだ。少年院の女性版らしい。そんなものがあるのは初耳だった。
期間は半年程度らしく、その間の面会も一応はできるらしい。そう鏡は言っていた。
大川高校は退学処分となり、担任の岩塚からはクラスの奴らにあまり詳しく語られる事はなかったが、噂というのはどこかしこで広まるものであり、傷害事件を起こした、という事だけは学校中に知れ渡っているようだ。しかしながら詳細を知るのは生徒だと俺と鏡くらいだろう。
涼川の事を考える時に最近よく思うのは、どうやって涼川が毒物を入手したかとか、どうやって俺の家に侵入したかとか、包丁の事前準備は計画性があったのかとか、そんな事ではなかった。その辺は、出所 (でいいのか?)した時にでも本人に直接訊くことにしようと思う。
では何を思うのかと言えば、それは『タイムパラドックス』についてだ。
現在の俺が深月によって何度も助かったのは、そのように指示を出す
未来の
未来の俺が、深月に指示を出さなかったらどうなるのか。
その時は、未来に於いて過去である現在の俺は涼川の思惑通りに死ぬことになり、風林夏樹は享年十七歳となる。必然的にその後の俺も、おじさんの俺も存在しなくなるはずである。
そうすると十八歳以降の俺はフッと存在がなかった事になるのか、それともよく言われる「世界線」が分岐して、俺がいる世界といない世界の両方が確立するのか。
そんな禅問答紛いなことを、考えてしまうのだ。
風花や瑞花がやってきて強く懇願しても結果を変えられなかったことを考えれば、やはりある程度の事にはそれなりの強制力があるという事だろうか。
そうするとやはり、俺が深月によって助けられるのも強制力があり、規定事項となるのだろうな。
「はじめ!」
チャイムとほぼ同時、もしくは少し早く教師が発声し、不得意な科目の試験が始まった。
初問の単語から全く分からない。Regulationって何だっけか。
とにかくまだまだ不透明な事が散見される中で一つ確かな事は、遠い未来にタイムリープマシンのようなものが発現した時期に、年を食った俺は今の俺を救わなければならない、という事だ。
その為に、深月に指示を出す……果たして深月は俺にとってどんな関係なのかも未来のお楽しみって訳だ。
そして更に、一度未来の俺自身もこの時代に来る必要があるようだ。今分かっているその理由は二つ。
一つは、鏡に俺を救うように指示を出すこと。
もう一つは、鏡に会う為それ自体が理由だ。
深月に指示を出す人間が、未来の俺自身であると思った理由は、なんというか恥ずかしいので割愛したいが、白状するなら要するに鏡といる未来を想像したところから始まる。
深月に指示を出すソイツが
……まあ、思春期のそれ、で吐き捨てられてしまえば俺の推論は跡形もないんだけどね。
とどめは天使ノートで、俺が明確にそれら全てを記載し記録しておく理由が、もうほかに見当たらない。
そうすると。
非常に悲しい事実が一つある。
そしてそれもどうせ規定事項なんだろうね。
いつかは分からないその事実を、受け入れられる日は来るのだろうか。
真正面から全てを受け入れられる精神に、いつかなるのだろうか。
……いや、子供ばりに号泣してたみたいだし、ずっと無理なんだろうな。
無理だからこそせめてもの一瞬の救いを求めて、ただ会うために未来から馳せ参じてくる
もしかすると、
だとしたら、俺の鏡に対する想いは常軌を逸しているな。
空を飛ぶどころか、時
「はい、残り後十分!」
嘘でしょ、ちょっと待ってくれ何も書いてねえ。
思考迷宮で遊んでいたばかりにテストの点数がヤバイ。
……まあ、真面目にやってもやばいけども。idiotってなんだっけ。
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