天使の羽根
袴姿の鏡は、年上のお姉さんを連想させるくらい大人びて見える。
道着の上に学校名の入ったジャージ(部ジャーっていうらしいね)を羽織っているとはいえ、十一月下旬の風は流石に寒そうである。
目を突き刺すような浅めの日差しが屋上に当たるのがせめてもの救いか。
俺は今、鏡と並んで屋上の転落防止の巨大な柵からの風景を見下ろしている。
祝日の寒空の下だというのにサッカー部やら野球部やらの活気づいた声が聞こえてくる。
見てる分には青春ぽくて甘酸っぱくていいもんだね。やりたくはないけど。
「夏樹はまだ空を飛びたいと思ってる?」
日差しか風か寒さか、鏡は少し険しめの顔でこちらを見ずに口を開いた。
「もちろんだよ」
「そう……」
鏡は何かを思い出しているような遠い眼をしてから、部ジャーのポケットに突っ込んでいた手を俺の顔の前に出した。
握り
「な、なに?」
一歩後退して僅かに距離を取った俺に、鏡は目を逸らしながら「ん」とだけ言った。ん?
何? あれか? よく男同士が拳と拳をぶつけて、友情を確かめ合うヤツ的な?
何とも男気のある勇ましい行動を求めてくる微妙に顔の赤い鏡の突き出された拳に、俺は自身のグーをコツンとぶつけた。
「なにしてるのよ」
しかしながら帰ってきた言葉は冷たいものだった。
「え? えーと、違くて?」
「違うわよ、バカ! いいから手を出して!!」
俺コイツに何回バカって言われるんだろうね。
慌てて両手を天に向けて鏡の小さな拳の下に配置した。
鏡はグーをパーにして、同時に俺の手の上に小さな何かが乗った。
近づけてよく見るとそれは羽根の形をしたキーホルダー?だった。
「あの、鏡さん? これは?」
「あげるわ」
「あげるってのは……俺に?
「お礼よ、お礼! アンタに色々助けられたし、誕生日プレゼントだってもらったし、他にも……だから、ただのお礼!」
お礼ねぇ……。誕プレったってあげたのは潰れたポ○キーだぞ。
「あ、りがとう? どうして羽根なの?」
「だって!! 私アンタの趣味とか好きなものとかなんにも知らないもん! 知ってる事といえば出会った頃にアンタが言ってた空を飛びたいって事だけだったし、何あげたらいいか本当分からなくて、それで――」
言いながらどんどん赤くなっていく鏡を見て、俺は噴き出してしまった。
またキーホルダーってところが変な所で不器用な鏡らしいね。
「何笑ってるのよ! 要らないなら返してよ!」
「いやいや、ごめん、要る要る、大事にするよ」
改めて見ると、まるで天使の羽根のような端整な作りのキーホルダーで、何故か親近感が湧いた俺は一瞬で気に入った。
それにしてもなんだこの感じ。まるでラブコメじゃないか。
「それで、その……」
鏡は強めの風に長髪を揺らしながらこちらをしっかと見つめてきた。
「私、夏樹の趣味とか好きなものとかも含めて、夏樹の事まだあんまり知らないから…………夏樹の事もっと知りたい。私も…………夏樹とずっと一緒に居たい、です」
靡く髪の毛の毛先を弄りながら鏡は力弱く言った。
俺が自分なりの想いを口にしてから、時間が経とうとも曖昧にせずにちゃんと返事をする生真面目さが正に鏡と言ったところだな。
なんだろう、この感情。
心臓が跳ねて涙目になりそうな程、鏡が愛おしく見える。
今すぐにでも鏡の腕を引いて、身体を引き寄せて、力強く抱きしめてしまいたい。
そう――。
――お前が此処に居なかったらな!!!!!!
先程から忍び足で近づいて耳を
俺の怒りの
「どうぞどうぞ、お構いなく」
なんてしゃがみながら言ってやがる。こんのぉ。
「うるせえ、どこか行けよ野次馬」
「私は兄が粗相をしないか見ているだけです」
「しねえよ! じゃじゃ馬」
「じゃじゃ馬ッ……って何?」
「……もうただの馬鹿だな。いや鹿は滅茶苦茶賢い動物だから鹿に失礼だな。お前はただの馬だ」
「馬鹿って言うな! それに馬だって賢いよ! 馬を馬鹿にするな!」
兄妹のしょうもないやりとりに、いつの間にか鏡は声の無い爆笑をしていた。
それを見た俺と妹は一瞬目を見合わせて、可笑しくなって、鏡と一緒に三人で笑った。
寒空の中、屋上で爆笑する男女三人。
何だこれ。
でも心底楽しくて、暖かい気がした。
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