一本二百四十円
「俺の事を好いてくれる人がいまして」
「ふんふん」
「俺も、その人の事がまあ、その、なんだ……」
「好きになったのね」
「……まあ、そんな感じ」
「その人って鏡先輩だよね?」
「え!?」
なんで知ってるのよ、さも当たり前みたいな顔してるんじゃねえ。
彩は残りのアイスを頬張りながら、
「部活でよく鏡先輩と話すんだけど、鏡先輩が兄ちゃんの事好きなのは、話しててすぐ分かったよ。兄ちゃんの事話すときの鏡先輩の顔、あからさまだったし」
「そ、そうなのか……」
どんな顔だ、見てみたい。
てか俺の事話すって……どんな話してるの……。
「それにしてもねぇ……兄ちゃんのどこが良いんだか。頭も顔も目つきも悪くて、取り柄なんてないのに、ね」
「ね、じゃねーよ。それに、顔や目つきはお前も同じだぞ」
「ぐっ……。とにかく、もし鏡先輩を泣かせるようなことがあったら兄ちゃん殺すからね!」
「…………」
既に数回泣かせてしまっているなんて言えないな。殺されたくはない。
「本当、鏡先輩は西高剣道部員皆の憧れなの。カッコイイのに美人だし、可愛いし、剣道めちゃくちゃ強いし。あーあ、兄ちゃんには勿体なさすぎるなぁ」
「…………」
「多分、この先兄ちゃんの前には鏡先輩よりイイ人絶対現れないと思うから、嫌われないようにしなよ? 兄ちゃんダメなところ多すぎるからすぐ嫌われそうで心配だなー」
「…………」
先程から三点リーダしか話せていない俺に、彩は漸く本題に切り込んでくれた。
「で? 何に悩んでるの? まさか鏡先輩に失礼な事じゃないよね? だったら処すよ」
「ちげーよ、処すな。ただ……ちょっと抽象的な事しか言えないけど聞いてくれるか?」
「何でもござれ」
「えーと……誰に話しても信じてくれないような、そんな秘密を、できる限り何でも共有したいと思った相手に話すべきかどうか……って感じなんだけど」
俺の言葉に、彩は食べ終えたアイスの棒を咥えたまま眼を閉じてんーんー唸りだした。
ああ、多分さっきの俺こんな感じだったのね。眉間に皺よって確かにちょっとキモチワルイかも。
「秘密ってどんな秘密?」
「命に
「何それ……意味不明、私にも言えないの?」
「うーん、と……」
彩には、そうだな……。
俺が年を取った時に深月と再会する以上、彩もいずれは深月に会えるという事だよな。
詳しくはそのときだって遅くはないだろうし、今話してもきっと何が変わるわけではないな。
「そうだな、彩にはいずれ分かる事だろうし、今は話さないでおく」
「ふーん……」
彩は不満そうな顔をすると思ったが特にそう言った事はなく、凛々しい顔で黒目を動かさずに
「じゃあ、鏡先輩にもそんな感じで良いんじゃない?」
「そんな感じ……とは?」
「今は話さなくてもって事。
淡々と論ずる彩が大人びて見えながら、抽象表現のみの俺の説明に的確に返答する彩に感心した。
「秘密ってのは、言うことで兄ちゃんは少しだけ重さが軽減するかもしれないけど、結局のところ重荷みたいなものだから、話してしまうと同じ分の重さを相手に背負わせることにもなるの。だから、私は秘密は必要最低限しか他人に話さない。勿論、兄ちゃんにもね」
「…………」
妹が本気で大人な発言をしていることにもビックリはしたが、なるほど確かにと妙に得心がいった。
彩も剣道やその他人付き合いの中でここまで立派な考えを持てる大人な人間になったのだな。
そう感心していると俺の携帯電話がバイブした。
母親からのメールだった。
『昨日買っておいた高級バニラアイスは
二本しかないので二人仲良く食べてね
今日残ってたら母さん食べちゃいます』
俺はキッチンまで歩き、冷凍庫を開ける。
そこには保冷剤の類しかなかった。
「なあ彩」
「なんだね夏樹君」
「俺の分のアイスだよな、さっき食ってたの」
「…………秘密は必要最低限しか他人に話さない。勿論、兄ちゃんにもね」
「んにゃろぉ」
前言撤回、コイツぁガキだ。
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