半分になる眼光炯々
昼休みが終わり、午後の授業が始まっても、俺は謎の達成感で満たされて教師の言葉は頭に入りはしなかった。まあ普段から大して入ってはこないんだけど。
特別な存在の人間が居るっていうのは人を豊かにするもので、大したことの無い学校生活も同じクラスにそいつが居るとなると彩りが増す気がするし、空っぽだった将来構想も何かで埋めてみたいと思うようにもなった。
期待からの裏切をとことん恐れていたくせに、
でもそんなのも全てどうでもいい。鏡のあの笑顔を思い出せば、もうそれがありゃいいやなんて思ってしまっている。自分でもちょっと自分が気持ち悪いね。
* * *
放課後、俺の脳味噌が花畑になった原因である鏡が、竹刀袋を背負いながら俺に近づいてきて、質問をしてきた。
「そういえば修学旅行で会った、あの深月ちゃんって子、あの子って何者なの? 夏樹は命の恩人って言ってたけど」
俺は即答できなかった。
どう答えていいか、どう答えるべきかが分からなかったからだ。
正直に話すべきか。それとも誤魔化すべきなのか。
正直に話したところで信じてもらえるとも限らないし、かといって隠し続けるのも「全てを分かち合いたい」と思った俺の意志にも反する気がする。
結果、「いつか話す」などという全くもってつまらない回答を吐いて、その日は逃げるように下校してしまった。
自宅についてからも脳内モノローグは続いた。
雪は、俺に対してあっさりと未来からの
俺は既に信じざるを得ない経験を積んでいたので直線で話を信じることはできたが。
それ以前に、そもそもでこれは人に話していいことなのだろうか。
初対面の時には、深月は「誰かに聞かれては困る」のような事を言っていた気もする。
それに、実際の深月が、何者なのか、俺との間の具体的な関係は分かっていない。
分かっているのは
そうなれば。
やはり今の時点で鏡に全てを話すべきではない気がするな。
「なーに兄ちゃん、目閉じて唸って、ちょっとキモチワルイよ」
リビングのソファの上で胡坐をかいて思考を巡らす内に、無意識に唸り声をあげていた俺に、ジト目の妹から温い罵声が飛んできた。
タンクトップにスウェットというだらしなさ黒帯の格好(偏見です)で、彩はバニラのアイスバーを片手に俺の隣に腰を下ろした。
「キモチワルイって言うなよ」
「じゃ、気色悪い?」
「それはもっとショックだな」
「だって悩みとは無縁の脳味噌空っぽ兄ちゃんが、珍しく真面目に悩んでるような顔に見えたからさ」
「俺だって悩むことくらいあるぞ」
「どんな悩み?」
「人間関係かな」
「え……」
何ですかその「悩むほど人間関係構築できてないだろお前」みたいな顔。
顔だけで兄ちゃん傷付けるのやめてね。
「俺だって、お前より一年以上長く生きてるんだからそりゃ悩んだりもするさ」
「しゃあないねえ」
そう言うと彩はバニラバーを齧り、咀嚼して美味しそうに目を細めてからごくりと飲み込んだ。
そして少し飛び出た木の棒の先端を咥えて、両腕を組んでから俺のほうを向き、
「悩み、聞いたげるから言ってみ? 兄ちゃんよりは多分、人付き合いは分かると思うよ」
俺に似て目つきの悪い彩は、そう言いながら片目を閉じた。
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