下手に描いた仮定

 相合傘から屋上のやり取りまで、一通り俺が話し終えた後に鏡から帰ってきた言葉は、


「次はどんな作戦で行くの?」


 だった。

 さも当たり前のように、鏡は真っ直ぐ俺を見つめながら言い放った。

 

「いやいやいや……鏡さん、話聞いてました?」

「聞いてたわよ、勿論」

「俺フラれちゃったんだよ? 次も何も、これでお仕舞いだろ」

「何言ってるのよ! フラれてからが男の腕の見せ所って言うでしょ!」


 ……言わねえ。


「ほら……告白って最終兵器な訳だろ? それが命中しなかったって事は、戦略的にしろ断念的にしろ撤退しか道は無い訳で……」

「でも夏樹は雪が好きなんでしょ? そんな簡単に諦めて良いの? ほら、諦めずに何度も向かって行く姿勢が響くかもしれないわよ」

「いやいや、そういうのはある程度の親交度が有っての話で、好意の無い異性からの執拗な進撃ほど嫌なものは無いと思うぞ?」

「そうかしら?」

「想像してみろ……山目がお前に告白してきて、断ってもそれが執拗に何度も続いたらどうだ」

「………………」


 この例えは効果覿面てきめんだったらしく、鏡は僅かに顎を上げて空を見つめた後、徐々に眉根を寄せていった。

 山目すまん、お前が適役だったんだ。


「そういうわけだ。それに――――」


 そう言ってから、俺は天井の奇怪な穴凹あなぼこ模様に目を移して脳内で言葉を続ける。

――俺が雪に抱く感情は、恋愛感情じゃなかった。


「それに、なによ」

「いや、なんでもない。いいんだ、終わりでいいんだ……」


 昼休みに雪が本当の気持ちを話してくれて、そのまま直接フラれた時に俺が感じたのは悲愴やショックではなく、かかる靄が晴れ、区切りや踏ん切りが付くような、リセットボタンを押したような感覚だった。

 勿論のこと、脆い部分を隠さずに全てを俺なんかにひけらかしてくれた雪には、是非とも幸せになってもらいたい。誰かが幸せにするべきである。

 ただ。

 それは俺じゃなくていい。誰でもいい。可能なら、雪が望む人間が一番良い。

 こんな風に思う時点で、俺の雪への思いは恋愛感情ではなかった、と俺は結論付けた。


 そして――。


「なによそれ。…………まあ、よく分からないけど夏樹が良いなら別にそれでも良いか。なんか夏樹、悲しそうな顔にも見えないし」


 八重歯を見せながら、困ったような笑みで鏡が言った。

 俺は少しだけ背筋を伸ばして鏡に向き直り、ただただ鏡を見つめた。

 二呼吸ほどすると、鏡はむず痒そうな顔で俺を睨み「何よ」と言ってくる。

 そのムスッとした顔が愛おしいとさえ感じる。


「まあその、あれだ。定説になるように祈って……これからもよろしくな」


 俺の言葉に鏡はきょとんと小首を傾げ、


「はぁ……よろ、しく……?」


 何のことだという腑に落ちない顔で返事をくれた。


――ずっと一緒に居たい、全部を分かち合いたい。


 そう思える事が恋愛感情であると、若干十七の俺は仮説立てた。

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