憧憬からの模造に弄ばれた末路
俺が雪に直接フラれた後にすぐ予鈴が鳴り、午後の授業の為に二人で教室に戻った。
その道中、歩きながら雪が教えてくれたのだが、風花と瑞花には正直に自分の気持ちを話し、お願いを断ったそうだ。
するとあれだけお願いしてきたのにも拘らず、すんなり了承して諦めたらしい。
どうして風花と瑞花は他でもない俺を雪の相手として指定したのかとか、未来からの来訪の事を易々と他人に話してよかったのかとか、雪にはまだ沢山問いたいことがあったが、教室に入る直前に雪が、
「本当に今までごめんね。それじゃ、バイバイ」
と俺の顔も見ずに言ったその『バイバイ』が、永遠の別れのような、今生の別れのような気がして、それ以上雪に話しかけようという気にはなれなかった。
午後の授業も勿論のこと頭に入るはずがなかった。
普段割と得意な数学の授業だったが今日は暗号文にしか見えず、数学が苦手な人間の気持ちが少しわかった気がする。
精神的に不安定だと人間はこうも世界が変わって見えるんだな、と大げさに心の中でぼやいてから窓の外に目を遣る。
要するに。
俺が恋をしていると思っていたあの雪は、本当の雪による創られた偽物の雪で、それは雪の子孫であるあの子らの為に創り出された雪であった。
その架空の雪に惹かれて、勢いとは言えファイナルウェポンたる告白までしでかした俺は、あまりにも粗末なピエロであり、どの角度から見ても救いようがない悲しい存在である。
俺が恋をしていると思っていた
……これもう恋とかよく分からなくなっちゃうね、本当に。
それでも、不思議な事に悲しいだとか辛いといった感情は俺にはほぼ無かった。
強いて言うならば解き方の分からない難題の意外な解法を見出せた時のような「そういうことか」という気持ちが大きい。
つまりは俺が雪に抱いていた思いはその程度のものでしかなかったという事なのだろう。
ますますよく分からなくなってくる。
人間という生き物はどうしてこうも面倒な感情の錯綜が義務と言わんばかりに当たり前に蔓延っているんだろうか。
雲を背景に風のままに泳ぐようにして飛ぶ鳶を窓越しに見ながら、あんな風に自由に成りたいと強く思った。
* * *
ほとんど記憶の無い午後の授業を終えてから、俺は真っ先に名沙総合病院に行くことにした。
鏡のお見舞いの為だ。
道中になんとなく買ったポ○キーを鞄に入れて、電車でいつもと違う路線に乗り換えて名沙駅に向かう。
座席越しにレールの揺れを感じながら、内心緊張している自分がいる事に気付く。
先程まで「
…………男ってつくづく単純だよね。
駅を出てすぐ、嫌でも目に付く場所に名沙総合病院はあった。
昨日は帰るのにあんなに苦労したのに、一度道さえわかれば物凄く容易かった。
人間関係もこんな感じなら良いのに。
俺は既に陽が落ちかけている空を見上げて一つ深呼吸をしてから病院に入った。
鏡に会えたら、先ずはフラれた事でも話すとしよう。
それから、深月が残した最後のヒントを聞かせてもらおうかな。
受付で面会手続きを済ませながらそんなことを考えて、病室に向かう自身の足取りが異常に早いのに気づき、苦笑した。
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