取り違えた恋慕

 昼休みも残り十分あるか無いかといったところで、俺はいつものベンチに座っている。

 いつもと違うのは、隣に雪が座っている事だった。

 先程、雪に引っ張り上げられてから「とりあえずベンチに座ろっかー」と言われたのを最後に、俺と雪の間には沈黙だけが続き、なんとなくむず痒く居心地が悪い気がする。


 雪と居る時にそんな風に感じたのは初めてであり、今までの俺にとっちゃそれは緊急事態とも言える心境の変化なのだが、その実そのことにあまり驚いていない自分も同時に存在している。

 俺の告白によって雪を一時的に壊してしまった気まずさや、増えてしまった理解不明な事象のせいで混乱しているから、という訳ではない。

 単純に一つ、気付けたことがあるからだった。


 ……抽象的な思考で自分をも誤魔化していても仕方のないことではある。

 たかだか十七年程度の経験則で断定できることではないが、雪に対する感情に、自分なりに一つ確信が得られた、とでも言っておくことにする。


「今から私が話すことは信じられないことだと思うけど、聞いて欲しい」


 沈黙を破った雪は、いつもとは違うはきはきとした口調でそう前置きした。


「分かった」


 今の俺なら大抵の事は信じられると思うけどね。


「さっきの風花と瑞花は、未来から来た私の孫、なんだって。どのように来たかは教えてはくれないけど、あの子らは私に目の前で信憑性のある証拠を見せつけてきたから、それは本当なの」

「本当にどっちも雪そっくりの顔だったもんな」

「顔もそうだけど、私しか知らない筈の事も知っていたし、見た事のないさっきの空飛ぶ道具みたいなのも見せられたし」

「ああ、あれマジでいいな。欲しい。どのくらいの未来にあれが発明されるんだろう」

「…………疑わないの?」


 視界の端で雪がこちらを向いているのが見えるが、敢えて視線を遠くに固定しているのでどんな表情をしているかまでは見えない。

 顔を見てしまったら俺も取り返しがつかなくなるような何かをしてしまいそうだから。


「疑わないよ」


 疑わないさ。

 疑うその時期は、深月と出会ったころとっくの前にに終わらせている。


「普通、いきなりあの子らは未来人ですー、なんて言ったら電波って言われてもおかしくないんだけど……信じてくれるんだね」

「信じるっていうか、まあ……信じるよ」

「やっぱり夏樹君は優しいね」


 優しい、の雪の言い方がやけに刺々しく聞こえた気がするが、俺の視界は相変わらずフェンス越しの白棚引く淡い水色なので、表情までは分からなかった。


「だから、私はあの子らにとっておばあちゃんなんだって。この年でおばあちゃんって、笑えるよね」

「今現在の雪は高校生なのに、失礼な奴らだ」

「初めて私のもとにあの子らが現れた時、風花が私の事をおばあちゃんなんて言うもんだから私結構本気で怒っちゃったよ」


 その点深月は優秀な奴だったな。

 アイツのいる未来ではきっと俺はなかなかの年齢だろうに、一度も「おじさん」だの「おじいさん」だの言われた記憶はない。

 まあもっとも未来に於いて俺と深月がどんな関係なのかは分からず仕舞いだけれど。


「それで、風花と瑞花が私のところに初めてきたのは今年の春ごろなんだけど、その時のお願いされた事があるの」


 そう言って雪はベンチから立ち上がり、ぽとぽとと歩いて俺の視界の真ん中に背を向けて立った。

 冷風がルーズサイドテールとスカートを揺らす。


「風林 夏樹さんと接近してください……って」


 淡々とした口調で雪は確かにそう言った。

 

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