ざんばら六花
そこには三人の女性が俺を向いて立っていた。
その中に深月はいなかった。
まああれだけ最後と啖呵を切って別れておいて、翌日に現れたとなればズッコケて俺は屋上から落ちてしまうかもしれない。ある意味助かったとも言えるな。
しかしながら安堵や落胆を感じる前に、心拍数がさらに跳ね上がって苦しさを覚えた。
要するに凄まじく驚嘆したのだ。
左から大中小と、背丈順に並ぶ三人の女の子は、全員容姿が瓜二つであったのだ。
「夏樹さん、こんにちは!」
一番右のポニーテールの小さな女の子が元気な声を出す。
どうやら声的に先程俺の名前を呼んだのもコイツらしい。
「お前は……チョ○Qだったっけか」
「風花です!! そのチョ○Qってなんですか! 馬鹿にしてるんですか! むぅ」
雪そっくりの顔の風花は腰に握りしめた両手を当てて膨れっ面をしている。
「初めまして……。私、
次に口を開いたのは真ん中に立つ中くらいの女の子だった。
これまた雪そっくりの顔で、綺麗な色の茶髪をギブソンタックに纏めており、自身の胸の前でもじもじと両手で指遊びをしている。
この子に関しては声まで雪にそっくりだ。
「瑞花……ちゃんね、初めまして。風花ちゃんのお姉ちゃん、かな?」
「………………」
俺の問いに瑞花なる女の子は無言でこくりと頷いた。
ということはこの瑞花が、俺の鼻骨襲撃野郎斡旋首謀者か? 中国語みたい。
そして最後に一番左に立つ一番背の高い女の子が、
「私は、雪でーす。初めましてー」
とダブルピースを突き出して言い放った。
「いやいや、初めましてって、おい! 春から半年以上同じクラスだろ」
「そうでしたっけー? 雪わかんなーい」
…………。
一瞬、脳裏に雪の泣き顔が蘇る。
そうですか、俺の告白は雪の記憶ごと消すほどショックでしたか。
冗談はさておきながら、俺は自身の勢いの雪への告白を思い出して顔が熱くなるのを感じた。
さしもの雪も普段と変わらない無感動な笑顔とまではいかない微妙な笑みをしている。
「雪……その……昨日はその」
「傘のことー? いいよー、あれ貰い物だし家にいっぱいあるからー」
「いや、傘もそうなんだけど……」
「んー?」
雪はルーズサイドテールを揺らして小首を傾げた。
きょとんとした顔で俺を見つめやがって、まさか俺の告白やその後の雪の崩壊については、なかった事にしたいのだろうか。
俺がどう切り返すか迷い
「ほら、瑞花、風花。帰る前に夏樹君に言う事あるんでしょー?」
言いながら瑞花と風花の背後に歩いて回り、背中を押した。
押されて俺に一歩近づいた瑞花が、俯いたまま口を開く。
「あの……。その、ごめんなさい……怪我、させて……」
「怪我? …………ああ」
俺は鼻に手を当てて答える。
やはり俺の鼻骨襲撃(以下略)は瑞花だったんだな。
「もういいけど、どうしてあんなことしたの?」
「………………」
俺が問うても、瑞花は俯いたまま指先遊びをするだけで、一向に答えは返ってこなかった。
「それについては、後で私が話すねー。それでいいー?」
代わりに雪が瑞花の背後から声を出す。
「ああ、まあいい、けども」
どういう事かさっぱりだ。
「はい、じゃあ次ー、風花ー」
「はい!」
風花が三歩進んで俺の目の前に立ち、
「やっぱり夏樹さんの言う通りでした! お姉ちゃんが頭を使って、私が一緒に頑張れば何とかなるかなって思ったけど……ダメでした! でも他にも何とかする方法があると思うので、帰ってお姉ちゃんと一緒に頑張ってみます! 本当にありがとうございました。でも、泣く演技だけは凄かったでしょ? 私、演技の才能あるのかな……」
風花は腰に手を当てたり、偉そうに胸を突き出したり、拳を顎に当てたりと忙しなく動きながら言ったが、俺は頭上にクエスチョンマークが量産されただけだった。
一体、何について話しているんだ?
「よーし、それじゃー気を付けて帰るんだよー」
雪が俺の近くに歩み寄りながら、瑞花と風花に向けて言った。
「うん」
「はい!」
瑞花と風花はフェンスの方に走って行く。フェンス?
フェンスの傍に辿り着いた二人は一度振り返り、瑞花は深くお辞儀をし、風花は
「じゃあね! おばあちゃん!!」
と言った。
おばあちゃん!?
俺がサッと首を回して雪を見ると、曇った笑顔で手を振っていた。
再び瑞花風花姉妹に目を向けた次の瞬間、驚くべきことに二人はふわりとその場で宙に浮かんだ。
ヘリウムの入った風船のように徐々に上がっていき、その高さが十メートル程に達したくらいで二人はフェンスの向こうへと横移動をし、そのままびゅんと落下した。
え!? 嘘!? 落ちたよ!?
俺は慌てて走り寄り、這ってフェンス越しに下を覗いたが、瑞花も風花も居なかった。
要するに、落ちて消えた。
何が起こったのか分からない俺はフェンスの下と雪を交互に見る事しかできなかったが、鈍いデジャヴを感じていることに気が付いた。
少しずつこちらに近づいてくる雪を見ながら、そのデジャヴが何なのかパチパチと頭の中で思い出していく。
深月が俺の部屋の窓から飛び降りた時と似ている――。
ということは?
俺が目の前の現実を受け入れられないでいると、這いつくばって下を覗き込む俺に雪が手を差し伸べた。
「わたし、おばあちゃんなんだって」
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