ゴールドリング
「俺?」
「そう、アンタ」
鏡はニヤリと笑ってから、
「やっぱり覚えてないか……まあ私あの後転校したし覚えてないのもしょうがないけど」
「転校……」
屋上、転校……。
一瞬脳裏に何かがよぎった。
「フェンスの途中まで登っている私を見て、お前も空飛びたいのかー? って言ったのよ。それで私と同じところまで登ってきて景色を見ながら感嘆の声をあげていたわよ。おおー、なかなかの景色だなー、って」
「……それ聞くと、そいつは状況が読めないアホだな」
「うん、まさにそんな感じだったわよ。それでその次に、なあなあちょっと見てくれよ! って大きめの声で言ってきて。よく分からなかったけど一旦フェンスから降りたの。見せてきたのは漫画の本だった」
「漫画?」
「うん。当時すごく流行ってたやつ。その漫画のキャラ二人が空を飛んでいるページを開いて私に見せながら、こう言ったのよ。空を飛んだら、人や家がこんなに小っちゃく見えるんだ! 空から見れば俺達もめちゃくちゃ小さくてちっぽけなんだぜ! って」
それを聞いて、俺の頭の中に稲妻が落ちた。鮮明にその当時の事を思い出したのだ。
確かに俺は小学生の時に屋上で女の子にその話をしたことがある。
「鏡……お前、もしかして、
その子は確かそんな苗字だった。
俺が小六の頃、
髪が短くてすごく背が小さくて、今の鏡とはあまり似ていない。
「そう。あの時は私、
「思い出してきたよ。そうそう、俺がその漫画の空飛ぶ術について熱弁していたら、急に号泣し始めてめっちゃ焦ったよ、俺」
「うるさいわね! 抱え込んでたものがすごく軽くなって、よく分からない気持ちが溢れてきて、泣くしかなかったのよ」
鏡は少し顔に朱を差してそっぽを向いた。
そうだ、俺はその頃から空を飛びたいと思っていたんだった。
その時に鏡に披露した漫画こそ、俺にそんな夢を与えた元凶でもあったのだ。
「だから」
二呼吸程してから鏡が向きを変えずに口を開く。
「私を救ってくれたのは、夏樹なの。アンタが意図してなくても、ね。それからは、私は何もかもどうでもよくなって、母親にも我慢せずに言いたい事を言うようになったの。そうしたらどんどん父親とも仲が悪くなっていって、離婚するまではそう時間はかからなかった。同時に苗字も鏡に戻って、父親の都合で転校することになった。離婚のときに父親が母親に何を言われたのかは私には分からないけど、父親はそれからは暴力は振るわなくなったし、仕事も真面目にするようになって、おかげで中学からはすごく楽になったわ。まあ、今でも女癖も金癖も悪いし、あまり私にも興味なさそうだけど、それでも学費と生活費はちゃんとしてくれるから、私はそれでいいの。今は友達もたくさんいるし、それに――」
鏡はそこまで言ってから再び俺のほうを向き、八重歯を見せた。
「――こうして、好きになった人にも再会できているし」
本当、八重歯が似合っている。重力に流れ落ちる前髪が凄く綺麗だ。
……じゃなくて。
なんだって?
「好きにって…………」
鏡は今までにないくらい顔を真っ赤にして、しかしこちらから目を逸らさずに笑顔のまま、
「あの時からずーっと、今も、私は夏樹が好き。多分、これからもずっと」
嘘みたいな台詞を吐いた。
どうしよう。
こちらを見つめる鏡が信じられないくらい可愛く見える。
俺は心臓が身体の何処かから飛び出してしまわないか心配になった。
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