第六話
日帰りでは絶対に済まないけれど
救急に電話をするのは二度目だった。
しかしながら一度目に自身と妹の救護を依頼した時よりも更に困惑と焦燥感で一杯であり、自分でも何を喋ったのかよく覚えていない。
よく一杯一杯な状態の俺を、宥める様に問いただして正しく現場に救急が来てくれたなと思う。
そこはやはりプロなのだろうなと素直に感心した。勿論そんな余裕などなかったのだが。
そのプロたちは現場を見るなり先ずは鏡に応急の止血処理を施した。
意識が残る鏡は痛みに顔を歪めていたが、俺はその様を見ている事しかできなかった。
何とも情けない話だ。
次いで三人がかりで鏡を簡易担架に乗せ、救急車両の中へと運ぶ。
その際に隊員の一人が俺に声を掛けてきた。
「原則、付添の同乗は一名までですが、どなたがお乗りになりますか」
一瞬、周りに目を遣る。
崩れ込み頭を抱えて唸る涼川、のびている駅員、その他野次馬が数名。
迷う余地はなかった。
「俺が乗ります」
* * *
移動中、車両は尋常ではない揺れと鳴り止まない軋む音で落ち着かなかった。
更に、苦痛の表情を浮かべる鏡に、俺は気が気ではなかった。
俺を庇ったせいで鏡は大怪我をしたのだ。
「鏡、大丈夫か」
救急隊員の一人に「意識が無くならない様定期的に声を掛けてあげてください」と言われた。
俺はできるだけ優しく聞こえる様に話しかけた。
「大丈夫……では、ないわね。……凄く痛い」
「どうして……なんでだよ」
「……なにがかしら」
片目を開けられない鏡は下手くそなウィンクのような表情で無理矢理笑顔を作っている。
こんな時でも気を遣い笑う鏡に、俺は感情が暴走しかけて泣きそうになった。
「なんで、俺を……庇うような……」
喉が詰まるような感覚で上手く喋る事ができない。
俺は揺れに耐えながら、鏡の顔からは視線を逸らさないようにする。
「庇う、形には……なったけど……。それは、たまたま。……見つけた時に、危ないって、思って。……咄嗟に止めに入っただけ……うっ!」
「大丈夫か!?」
額に脂汗を浮かべて痛がる鏡。
罪悪感と悲しみで見ているだけの俺も顔を歪ませてしまっているのを感じる。
「……ハッ、ハァ……なんで、アンタが苦しそうな顔、してるのよ……」
「だって……」
「痛いのは私で、アンタは、何も悪くないでしょ……」
「でも、俺のせいで」
「言ったでしょ。これは、お返し、なの……。アンタは何も、悪く、ない……いい?」
「…………」
そうは言われても、だ。
理由は不明だが、涼川が剥き出す殺意が俺に向かっていた以上は俺にも非があるとしか思えない。
そして、その『お返し』って何の事だ。
また俺の知らない何かがあるという事か。
ここでポッと一つの疑念が浮かび、余裕のない俺はそのまま口にしてしまった。
「鏡、お前もしかして……未来から来てたりするか?」
「はぁ!? ……アンタ、なに言ってるの? 頭おかしくなった? こっちは痛くて、キツいんだから、電波みたいなこと言わないでよ!」
「…………」
まあ、ですよね。
深月はこんな気持ちだったのだろうか……結構精神に来るな。
取り敢えず、ややこしい事情ではなさそうではあるが、『お返し』の意味はどうしても気になるところだ。
「じゃあ、その、お返しって、本当に何のことだ?」
「……続きは、また後で、みたいね」
救急車のサイレンが止み、どうやら搬送先に到着したようだった。
揺れが収まり、車両後部の扉が大きく開く。
救急隊員が瞬く間に飛び出し、鏡を移す用の担架を地面に準備し始めている。
「私、この傷じゃ絶対手術、よね……怖いな……」
弱音を吐く鏡に俺は少しだけ近寄る。
そのまま鏡の右手を優しく握りしめた。
「なっ! な、な、なにしてんの、夏樹」
「大丈夫、すぐに終わるさ」
俺はそれだけ言って、ちょっぴり無理して笑顔を作った。
それを見た鏡も少し笑った……気がする。
覚えているかな、鏡。
これは、俺の『お返し』だ。
あの時の様に、少しでも鏡の恐怖感を軽減させられていたらいいな。
そう思いながら左手の人差し指で自身のすっかり元通りの鼻骨付近をポリポリと掻いた。
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