嘘が振り撒く謎

 どういう意味の返答なのかさっぱり分からない。

 どいつもこいつも、少しは意味の分かる様に喋ってくれないだろうか。

 それとも俺に読解力が欠落しているのだろうか?


 雪は先程の言葉とは相そぐわない表情のままこちらを見つめている。

 相変わらず雨は止まることを知らずに優しい拍手のような音を奏で続けている。


 ……え、俺ちゃんと告白したよね?

 比喩でも婉曲でもなく丸裸の言葉で言ったよね?


「どういう意味?」


 沈黙に耐えられず、遂に俺はストレートに訊いた。


 雪の顔からゆっくりと笑顔が失われ、あまり見た事のない真剣な表情になった。

 別種の緊張が俺の脊椎を走る。


 雪は両眼を真っ直ぐに向けてこう言った。


「わたしは、全部嘘。嘘だけでできているの。嘘の塊なの」


 自分の眉が寄って行く感覚がある。

 雪はさらに続ける。


「だらしなさそうな喋り方も嘘。テニスをがんばる真面目な振りも嘘。さっきの笑顔も嘘。嘘嘘嘘嘘嘘嘘。ぜーんぶ嘘」

「……雪?」

「ホント、バカみたいでしょ? 全部全部ぜーんぶ、嘘なの」

「…………」


 マジでどうしたんだ、雪。

 俺が勢いで不慣れな事をするもんだから、壊れちまったのか?


 雪は口角だけを徐々に上げながら、


「なーんにも知らないカマトトぶってるのも嘘。修学旅行に行けなかった理由も嘘。こうして楽しそうに夏樹君に話しかけているのも嘘。全部嘘なの」


 雪の左眼から一滴、涙が頬を伝り落ちた。


 美しい。

 そう短絡的に感想付ける視神経とは裏腹に、俺は強い混乱に陥っていた。

 掛ける言葉が出るはずもなく、雪を見つめる事しかできないでいる。

 それもそうだろう、まさか告白をしたら泣きながら壊れ気味に自白してくるとだれが想像できるだろうか。


「夏樹君、わたし、うそつきでごめんね。わたしもどうしたらいいかすごく悩んだ。でも分からなくて。したいこととしなきゃならないことが違うとね、心がズレていくの。したくない事をしていると、心が擦れていくの」


 雪の眼から大粒の涙が止め処なく零れ落ち続けている。


「それでね、気づいたの。嘘を吐いていたら紛れてくれるって。嘘を吐いている間は、その嘘が本当だから、嘘が隠してくれる。でもそれを貫くには嘘を吐き続けるしかなくなって」


 本当に雪の言っていることが一つも理解できない。

 俺のほうが泣きたい気分だった。

 ただ一つ分かったのは、雪は何かが『限界』だったんだなという事だった。


 こんな時の対処法を、生憎俺は持ち合わせて等おらず、ただただ理解できない事を話して泣いている雪を近くで傍観する事しかできなかった。

 はずなのに。


「別に、嘘でもいいよ」


 俺の口から無意識に言葉が出た。


 自分でもどのように発声したか分からないレベルに自然と口にしていた。

 勿論自分でも意味など全く分からない。


 俺の言葉を聞いた雪は安堵のような笑顔で「ありがとう」とだけ呟き、そのまま雨の中を走って学校の方角へ戻って行った。

 四呼吸ほどで見えなくなった後、傘と共に取り残された俺は先程までのやりとりを咀嚼する。


 …………。


 いや最初から最後までさっぱり意味わからねえよ!


 俺の短い人生での、一世一代の決意の告白の答えは?

 嘘つきの意味は?

 涙の理由は?

 そして最後のありがとうはどういう意味なんだ。


 どうして俺のもとには謎ばっかり集まってくるんだよ……。

 今まで生きてきた中で一番深い溜息を限界まで吐ききってから、俺は傘を片手に駅の中に入った。

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