ニヒリストの勢い
「俺は――」
俺は昔から、期待からの裏切り、のような失敗というものをとことん恐れる人種だった。
小さな頃からクリスマスが来ようともサンタからのプレゼントを期待しちゃいなかったし、運動会があろうとも親の参観を期待してもいなかったし、中学受験も高校受験も合格に強く縋ったりもしなかった。
期待して期待して、それが叶わなかった時の拒絶されたような失望感が酷く辛い。
何もかもを否定されたような気がして怖い。
だから俺は極力期待をしない。
それが俺の処世術になっている。
そのニヒリストたる原因は、俺が三歳の時にまで記憶を遡る。
あれは妹が二歳の誕生日の事である。
母親と三人で今よりも狭くて小さなアパートの一室で誕生日会を開いた。
当時の俺は自分の誕生日会しか経験した事はなく――妹が一歳の誕生日会の記憶は俺にはない――誕生日会にはケーキが食べられてプレゼントがもらえる、という嬉しい記憶しかなかった。
取り立てて問題なく皆で短絡的な祝いの言葉を並べて、シンプルなショートケーキを食した。
その後で、俺もプレゼントがもらえる、と思い込んでいた。
「アンタの誕生日じゃないんだからアンタのプレゼントは無いの」
母親から言われた言葉だ。
今考えれば当たり前の事で、途方もなく馬鹿げた勘違いだ。
それでも、当時の俺はチビなりに物凄く傷ついた。
自分の中の記憶には誕生日会=プレゼントがもらえるというものしかなく、それが
当時の鼻垂れチビは、大げさにも絶望の意味を味わったのだ。
それからである。
――期待しても
今振り返れば些末で粗末な原因だが、この教訓は俺に深く根付いてしまった。
どこかで振り返った時に、そんな些事など忘却してしまえ、と思う事が出来たら、もう少し俺の心的傾向は違ったものになっていたかもしれないね。
でも覚えている。
三歳の鼻垂れ坊主が、胸を抉られる様な鈍い落胆を覚えている。
それは忘れられない思い出だった。
そんな、そんな俺がだ。
今目の前にいる魅力的な女性から艶やかな笑顔で放たれた突如の問いに対し、期待を持って返事をしようとしている。
実に三歳ぶりのことだ。
裏切られた時の絶望感よりも、失敗した時の喪失感よりも、今はそれに勝る何かがあると思ったから。
いつまでもぶら下がって緩やかに滑り降りる生き方をしているもんじゃない。
らしくなくてもいい。
たまには斜に構えず、素直に、心のままに。
どんな結果になったって構わない。
「――雪の事、好きだよ」
焚きついて止まらない高鳴りからか、単なる緊張からか、情けないことに震えてしまった俺の言葉を聞いた雪は表情を変えなかった。
まるで俺の
「わたしはさー」
変わらない優艶な笑みのまま両手を後ろに組んでから雪は口を開く。
「わたし、嘘つきなんだよ」
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