最後の整理
昼休み。
いつものように購買に寄り、好物のコロッケパンとコーヒーを購入して屋上に向かった。
コートなしではそろそろ厳しい風を浴びながらいつものベンチに到着する。
ボッチ飯と言われようが構わない。
俺が一番好きな時間だ、他人にどう思われようが知ったことではない。
好物のパンを頬張る。
甘いコーヒーを飲む。
仰向けに寝転がり空を見上げる。
いつもなら雑多な喧騒から解き放たれ、無になれるところなんだが。
どうやら流石にそうもいかないらしい。
仄かに鼻孔に残るコーヒーの香りを感じながら、深月に言われた言葉を蘇らせる。
五番目に話す女性。
朝の妹との会話をカウントしていいものなのか微妙なところだが、仮にそれをカウントしないとするなら、俺はまだ一人の女性としか会話をしていない。
女性、といっても同じ生徒ではなく、先程至極淡々としたやりとりをした購買のおばちゃんだ。
「あら、あんたね。これとコーヒーよね、二百四十円」
「じゃあこれで」
「あいよ、じゃお釣り二百六十円ね」
「ども」
以上である。
……覚えてもらえるの嬉しい限りだが、午前を費やして俺がここまでで話した女性は、なかなかにふくよかな肝っ玉母さんの称号がピッタリのおばちゃん一人だけだ。
こうなると深月の言葉が怪しい。本当に五人も話す女なんているのだろうか。
朝の妹を含めても二人。
最低あと三人は話すという事らしいが。
その三人目……若しくは四人目の女に言わなければならない事。
――夏樹さんが関わる、夏樹さんが知らないこと、それをその人に訊いてください。
齢が若干十七にして、哲学的な問いをしなければならないらしい。
哲学的というよりは、一つ間違えれば大変痛々しい奇特な野郎になりかねない問いである。
いつも天高く眼球を突き刺す陽も、本日はおどろおどろしいモノトーンの階調に阻まれて鳴りを潜めている。
時折頬を突き刺す冷風を感じながら、俺が五人目に言うべき言葉を熟考するが、他にも気になる事がありすぎて集中できない。
雪の為に動く風花とその姉、それを斡旋した雪本人。
鏡の腑に落ちない態度。
涼川と山目の恋模様……はどうでもいいか。
腹筋を使い、上体を起こして軽く辺りを見回すが、さすがに寒いからだろう、俺以外に生徒は居ない。
そりゃそうか、もう霜月だもんな。
どうしてだろう。
今日、この後女の子に殺されるかもしないっていうのに。
その打開策である台詞すら全く思いついていないというのに。
やけに落ち着いている自分がいる。
緊張がゼロといえば嘘にはなるが、きっと俺はこの死と隣り合わせな異常な日常に慣れてしまったのだ。
ぐちゃぐちゃな心の中に、芯強く一筋の梯子を架けてくれているのが深月であることは間違いようがない。
不意に自宅の自室で深月を抱擁した事を思い出した。
最初は天使を名乗った、未来から来たという愛玩動物を彷彿とさせる少女。
今となっては俺よりも三つも四つも年上らしいが、少し身長が伸びたくらいで容姿は幼いままの、お節介な命の恩人。
多分だ。
深月が居るから、俺は落ち着いていられるんだと思う。
他の人には抱かない信頼がある。
――私を好きになったらダメですからね!!
「…………」
今にも細やかな雫を落としてきそうな鼠色を見つめながら、力なく溜息を鼻からつく。
今の俺にはこの感情を分類することはできないが、安心してくれ。
少なくとも俺は、天使を好くような無垢な男ではない。
そう心の中で唱えながら、雪の無感情な笑顔を思い出した。
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