大変な静観
「ふーん…………夏樹ってそういう趣味があったんだ」
「ちがうちがうちがうちがう、誤解だって! そんな訳ないだろ」
鏡の三白眼が俺を鈍く睨んでいる。
「夏樹さん! 誰ですかこの女の人は!」
深月は俺と鏡が座る席のテーブルに両手を突いてまるで不倫現場を発見した正妻のように問い詰めてくる。
俺やっぱり前世は悪人だったのかな。
「クラスメイトの鏡だよ」
「えっ」
俺が紹介すると、何故か深月は大人しくなって鏡の顔をじーっと見つめだした。
鏡は頼んだカフェラテを啜りながら、「何よ」と深月を見て呟く。
「鏡さん……」
「はい」
「鏡……
「……そうですけど」
冷ややかな眼差しを受けていたはずの深月が、不意に快晴の笑みになった。
「ゆ、夢鏡さん! あの、わ、は、初めまして! お会いできて光栄です!!」
突然態度が一変し、ぺこぺこ頭を下げだす深月。
「光栄って……」
「はい! いつかお会いできるかなとは思ってました! 私、深月って言います!」
「は、はあ……よろしく……」
深月の意味不明な勢いに気圧された鏡が「何? コイツ」と言わんばかりに困った表情を俺に向けてくる。
俺も表情で「さあな」と返しながら珈琲を啜る。
「それで、お二人はいつからお付き合いをされているんですか?」
「「!?」」
突拍子の無い深月の問いに俺は珈琲を噴き出してしまった。鼻にも入ったじゃねえか。
「……夏樹さん、汚いです。何やってるんですか」
深月の笑顔は俺を見るなり蔑視に変化した。
俺は慌てて置いてある紙ナプキンで顔を拭い、反論する。
「付き合ってねーよ! 急に来て変な事言うな!」
「あれ? そうなんですか? おかしいなぁ」
「おかしくはないだろ! なあ、鏡も――」
――反論してくれ、と言おうとしたが、当の鏡が顔を真っ赤にして俯いてしまっているのを見て口を止めた。どうした。
「失礼」
深月の背後からマスターと思わしき白髪の男性が椅子を一つ片手に現れ、深月の傍に置いた。
深月は一つ頭を下げ、それにそのまま座る。
絶妙な沈黙が三呼吸ほど有ってから、鏡が口を開いた。
「やっぱり、そんな風に見える? 私とコイツって」
「はい、お似合いだと思います! 夢鏡さん超美人だし、夏樹さんみたいなお馬鹿さんにはちょっと勿体ないですけど」
「おば……ッ」
一々腹立つ野郎だなこのオンナ……今が年上だろうがなんだろうが、お前には言われたくない!
「あっははは! 深月ちゃんいいこと言うわねー!」
鏡は似合わぬお淑やかさから一変、いつもの雰囲気に戻り、べしべしと深月の肩を叩き始めた。
「夏樹、この子、いい子ね!」
深月の頭を撫でながら鏡が俺をニヤリと見てくる。やめろその含み笑いを。
俺が黙っていると、「お待たせしました」とマスターらしき男性がパンケーキを二皿持ってきた。
「わー! これ凄く美味しそうですね!」
「そうなのよ! 深月ちゃん、食べる?」
「え、いいんですか!?」
「もちろんよ!」
鏡はそういうと同時に俺の目の前のパンケーキをそのまま深月の目の前に移動させた。
「わああ、ありがとうございます!」
おい、俺の…………。
「すごくおいしいです! 私パンケーキって初めて食べました!」
「やばいわねこれ……本当来てよかった」
満足そうな笑顔で頬張る深月と、今にも泣きそうに感動しながら綺麗な所作で食べていく鏡。
それを見ながら珈琲を啜る俺。
その味は、さっきより酸味が増している気がした。
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