cafe miya

 翌日。つまるところ修学旅行最終日だ。


 午前を費やして移動し、昼にバスの中で配られた弁当を平らげたところで、自由時間となった。

 午後三時までにバスに再集合らしい。


 安物の腕時計で先程確認した現在時刻は十二時半。


 一番乗りで先にバスから降りていた俺は、乗車口から蟻のように出てくる生徒らを見ていた。

 鏡を見つけるためだ。


 暫くして、涼川と一緒にほぼ最後に出てきた鏡の姿が見えた。


「じゃあ、ね」


 鏡がバツが悪そうな顔で涼川にそう言うと、俺の元へ駆け寄ってくる。


「おまたせ」


 似合わない小声で鏡は俯きもじもじしている。

 離れた場所から見つめている涼川の視線が少し痛い。


「お、じゃ、いきますか」

「うん」

「どうした? 下向いて。大丈夫か?」


 見た事のない鏡の大人しさに思わず声を掛けた。


「大丈夫。でも……」

「でも?」

「今更だけど、これって何か、その…………」

「その?」

「で、で、デートみたいだなって思って…………」

「ッ!」


 言われてみればそう見えてしまう俺たちのこの行動に、俺ももじもじしてしまった。


「とにかく、いくわよ」


 頬が赤い鏡が俺の腕を強引に鷲掴み引っ張り歩きはじめた。


「おっとと。それで、どこに?」

「行けばわかるわ」


 ずかずかと大股で歩む鏡に引っ張られ、到着したのは小さな喫茶店だった。


 なーんだ、喫茶店か。心配して損した。

 でもこれだと本当にデートっぽいな……。


 木目調で統一された店内は昼間なのにほんのり薄暗く、席も少ししかない。

 隠れ家、という言葉がぴったりな店だ。


 カウンターの中に居る白髪の男性は目を閉じたままにっこり笑い、「お好きなところへ」と呟いた。

 俺と鏡は窓のすぐそばのテーブル席に座る。


「ここに来てみたかったの! この辺じゃ知る人ぞ知る名店らしいのよ。一度食べて見たかったの!」


 何を?


「パンケーキ!」

「ああ、パンケーキね」


 似合わねえ! 鏡には肉とかピザとかジャンキーなものが似合うイメージなだけに、俺は笑いそうになった。


「なによ、悪い? 悪かったわね、似合わなくて」

「いえいえ、滅相もない!」


 いやだから何も言ってないのにみんな俺の心読むのやめてください。


 鏡曰く、涼川は甘いものが苦手らしい。こちらも意外だった。


 俺も鏡と同じパンケーキセットを頼み、先に届いたブレンドコーヒーを啜る。

 なるほど、芳醇で濃厚な香りの割に口当たりが良く飲みやすい。

 マスターに「やるじゃないか」という視線を向けていると、突然窓からゴンゴンと音が鳴った。


 視線を移すと窓の向こうから俺と鏡を交互に覗く深月がいた。


 ことごとく間の悪い奴だ。


「誰? 夏樹の知り合い?」


 鏡はえもいわれぬジト目と表情を俺に向けて訊いてくる。


「あー、えーと、誰だろうね、あははは」


 俺が乾いた笑いで誤魔化していると早速深月は店内に入ってきた。


「夏樹さん! こんなところに居たんですね!」


 ふんすか鼻息を奏でて深月はこう続けた。


「さあ、早く私に命令してください!」


 鏡の視線が氷点下を下回った気がする。

 なんで誤解される様なこと言うかな、この電波。

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