ただの阿呆ではなかった
一瞬、しかし俺には長く感じた全員の沈黙と静止は、金髪大男の「なんだァ? てめえ……」というどこかで聞いたことのある気がする台詞で破られた。いや絶対聞いたことあるな。
「バットってのは、球を打つためのものでしょ」
俺に向けて振り下ろされたグラサンのバットを左手で握りながら
グラサンは必死にバットを引っ張るが
見かねたのか沸点を越えたのか、金髪が潰れた怒号で
巨大な拳が
未だに後ろからの抱擁で動けない俺は、その光景を鼻血を垂らしながら黙って見ていることしかできなかった。
重機のように立ち上がった金髪大男は苦い顔で
グラサン男は最初こそバットを取り戻そうと顔に血管を浮き上がらせていたが、力負けしていると分かったからか、今は薄く狼狽しているようだ。
「俺が好きじゃないって言ったのは、複数対一人ってところね。君らも男ならせめて一対一でやることやらなきゃでしょ」
丸刈り頭の
「な? 夏樹」
「
鼻から流れ出続ける血での喋りにくさとは関係なく、続く言葉は出なかった。
バットを解放されたグラサン男は数歩後退したのち、再び構えの姿勢を取る。
金髪大男も親の仇でも見るような眼で山目を睨んでいた。
「あ、でもでも、そこのお嬢ちゃんは別だぜー? 何なら俺にも後ろから抱き付いてください!」
俺に、正確には俺の後ろに向けて、ヌメつく気持ち悪い声を出す山目。
間違いない、この気持ち悪さは本物の山目雄策だ。
眼を閉じてタイタニックポーズをしている。唇まで突き出してやがる。きめぇ。
グッと抱擁の力が強くなったと思った刹那、素早く腕が解かれ、直後肩甲骨辺りに激しい圧力を感じ、俺は反射で前に両手を突いて倒れた。
急いで振り返ったが、既に抱擁女は居なかった。
小学生雪もどきといい、抱擁女といい、先程から消失マジックでも見せられている気分だ。
まだ両腕を広げて目を閉じる山目を見て、少し落ち着いた俺は、
「山目、どうしてここに居る?」
そう訊くと、山目は両眼だけをギョロリと開けて尖った口のままこう言った。
「んー? なんでって言われても、なんとなく? 夏樹のピンチに俺が駆けつけたらカッコイイっしょ?」
いや、ちくしょうマジでちょっと格好良かったぞ。山目のくせに。
助けてくれた男に惚れる女ってこんな感じなのかな、と一瞬考えたが、目の前で口を尖らせる山目を見て口に虫が入ったような気分になった。おえー。
「らぁあああ!!」
突如悲鳴のような発声と同時に山目の背後でグラサン男がバットを振り上げた。
瞬く暇もなく振り返った山目が振り下ろされたバットをブリッジの体制で
その両足は見事にグラサン男の顔面を押印し、グラサン男はそのアイデンティティたるサングラス――いや勝手な決め付けだけど――をずらしながらそのまま浅い放物線を描いて後方に吹っ飛んだ。
まるで格ゲーの敗北演出みたいだ。
ターミネー○ーの登場シーンのような格好で着地を決めた山目が、
「そういうのも嫌い。なんで背後から? 男なら正面からっしょ? 普通」
見た事のないキリリとした眼でのびるグラサン男を見下ろしていた。
「ありがとう山目。いや、マジでカッコイイなお前」
「でしょでしょでしょー?」
俺の言葉に山目はすぐに鼻の下が伸びミミックみたいな目になった。
「ああ、俺が女で、お前が山目じゃなかったら惚れてたかもな」
「いやそこは俺に惚れろよ!」
山目のツッコミに笑いあう俺たち。
まあ多分俺の笑顔はテッサちゃんバリのブラクラになってそうだけど。
「さてと」
山目は笑顔のままギョロ目を金髪大男に向けた。
金髪大男は両拳を握りしめて構えたまま硬直している。
「キミはどうする? 男同士の
山目ってこんなに強かったんだな。
人は見かけによらないというのを俺は初めて身を持って体験した。
「クッ……しゃァねえなァ。旅行の邪魔したなァ」
恐らく冷や汗であろう雫を額に浮かべて大男がそう言うと、山目との間合を保ちながらのびたグラサン男を容易く担ぎ、歩いて建物の陰に消えていった。
あの大男すら引く山目って……何者なの。
「鼻血、止まったか?」
消え往く金髪大男を見遣った山目が訊いてきた。
「んー、多分?」
「夏樹、見た感じ鼻骨折れてるから病院行っといたほうがいいな! とりあえず他の奴らと合流しようぜ」
何故だろう、山目がマジで頼もしく見える。
恐怖からの解放か、眉間の痛みからかはわからないが、全身に力が上手く入らない俺は山目の肩を借りて班員の所へ向かう事にした。
しかし、小学生の雪もどきはどこへ消えた?
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