正体不明の前後
スーツを着ている金髪の大男がゆっくりと、しかし大股でこちらに歩いてくる。
同じくスーツでサングラスの男が金属バットを引き摺りながらそれに続く。
それらの表情からするに、仲良くしようぜ! という訳ではなさそうだった。
「あの、すいません、ここに小さな女の子が来ませんでしたか? このくらいの身長の、茶髪の子です」
さながら迷子を捜す父親の様な俺に、返ってきた金髪大男言葉は、
「兄ちゃん、ちーとばかし金ァ貸してくれんか」
重低音のような潰れ声だった。
おいおい。
「俺らはお金が無くなって困ってるんだよ、少年」
やけに高い声のサングラスの男が、金属バットを振り回しながら言った。
「困ったときァお互い様、言うやろ?」
「とりあえずそのポケットの財布を貸してくれるかな、少年」
おいおいおいおい。
「えーと、その……俺は女の子を探しているだけでして――」
「兄ちゃんの都合ァしらん、今はとにかく金を貸してくれりゃァええんじゃ」
「そうそう。借りるだけだよ、少年。いつかは返すさ。いつになるかはわからないけど」
ひひひ、と続けたサングラス男は、持っているバットを俺の顔面に向けた。
おいおいおいおいおいおい。
「いや、それは、ちょっと……」
この物語の作者はちょっと安直すぎやしませんかね?
人気のない物陰で不良にカツアゲって……。
そうツッコみながらも、俺は内心恐怖していた。
実際に遭遇してみると、危機感と焦りがすべてを支配し、怖いという感情で満たされていく。
足が僅かに震えていくのが分かる。
軽く辺りを見回す。
木々以外に何もない。
不敵に凄む金髪の大男とグラサン男が目の前に居るだけだ。
ソーシャルディスタンスを徹底しろよ……密ですよ……。
「なあ兄ちゃん、あんまり待たせんでくれんかァ? 俺ァ気が短えんだァ」
「手荒な真似は極力したくないからね、少年。まあ俺は手荒な真似も嫌いじゃないけど! ひひひ」
金髪大男はわかりやすく指をボキボキ鳴らし、グラサン男はバットを上向き掌にノックしている。
純粋に恐怖感があるが、どこか俺の中で安心している部分があった。
何故ならそれは、深月が俺の前に現れていないからだ。
ここで俺が死に瀕するようなことはないということだ。
「申し訳ないけど、俺も今人に貸すような余裕はない。それに人を探しているので、他を当たってくれるか」
俺は強気なフリをするも声が震えてしまってなかなかにダサい感じになってしまったが、兎に角この場を離れなければとゆっくり後退する。
「分かってねえなァ、兄ちゃん」
ニタァと笑う金髪。銀歯が四つほど見えた。
「兄ちゃんに選択肢ァねえのよ」
「素直じゃない少年が悪いのだからね」
グラサン男はそう言うと、バットを高く振り上げた。
――逃げるしかない!
逃げるために身を翻しそうとしたところで視界外から腕が二本、それらが俺の身体に巻き付いた。
「逃げちゃだーめ」
その後ろから聞こえる声はどこかで聞いたことがあるような女の声だった。
どうやら俺は後ろから仲間?の女にホールドされたらしい。
カン!! という金属音と共に眉間付近に衝撃と激しい痛みが走った。
その後すぐに口と顎が温かくなった。開けている口に血の味の液体が入ってくる。
「お次はどこがいいですか、少年」
痛い。顔面の中心がものすごく痛い。
逃げようにも、尋常ではない力で抱きしめられているので動けなかった。
あーあ、人生初の女の子(?)から抱きつかれる体験がこんな残念なものだなんて。
もっとこう、ドラマティックで情熱的なシチュエーションが良かった。
眉間の痛みに堪えながら悲しい初体験の自己批評をしていると、再びグラサン男がバットを振り上げるのが見えた。
逃げられない。
両手足に力を入れ、歯を食いしばり両目を目いっぱい閉じた。
カン!!
再び金属音が鳴った。
しかし俺の身体には衝撃は無かった。
恐る恐る目蓋を開くと、俺とバットの間に入り込んだ人間がそこにはいた。
「いやー、そういうの好きじゃないんだよね」
そいつはそう言いながら左手でバットを掴んでいた。
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