園内闊歩

 雪に妹なんかいたかな……いや、アイツは一人っ子のはずだ。

 アレか、ドッペルゲンガーってやつだろうか?

 見れば見るほど、眼の形も唇の色も、髪の艶も肌の白さも、それに声だって雪に瓜二つだ。


「お兄さん、聞いてるの?」


 意想外の案件に脳内談義に入っていた俺の意識を、女の子の若干憤りが込もった涙声が現場に戻す。


「ああ、ごめんごめん。で、何だって?」

「だから、助けてほしいの」


 再度懇願する女の子。


「ああ、迷子かな? お父さんお母さんとはぐれちゃったの?」

「ちがう! あたしは一人で来たの!」

「え、ひとり?」


 うそー、USJって地元じゃ小学生が一人でくるものなの? いくらなんでも危ないと思うけど……。


「そんなことはどうでもいいの!」


 涙目で何言ってやがる。


「それよりも早く助けて?」

「助けるって言っても……君、名前は?」


 俺はこの女の子の苗字が権田だったりしないかな等と期待をして訊いた。

 女の子は俺のスラックスを離し、俺を見つめたまま一歩後ろに下がった。


「……知らない人と仲良くしたり話したりしたらダメって言われてる」

「ああそうかい」


 そりゃ立派な親御さんの方針だこと。


「で、お兄さん! 助けてくれるの!? くれないの!?」

「あれ、知らない人と話しちゃダメなんじゃなかったのか?」


 小学生相手に意地悪をする俺に、顔を真っ赤にして頬っぺたを膨らます雪に瓜二つな女の子。

 雪そっくりの顔で万華鏡のようにひらひらと変わる表情を見て、俺はいけないことをしている気分になり、少し興奮した。


「ごめんごめん、冗談だ。それで、助けるって、俺は何を君にすればいいんだ?」

「ついてきてほしいの」


 女の子はそう言うと、後ろに引いたチョ○Qのように駆け出した。


「おい、ちょっと」


 俺は、今まさに班員を空中で弄んでいるであろうマシンを一瞥してから、すぐに走り去る女の子を追いかけた。

 時間が掛かる様なら後で連絡でも入れておこうか。


 小学生とは思えない程足早に駆けて行くチョ○Qを、俺も必死に追いかけた。

 運動不足解消にはちょうど良いかな。


 * * *


 驚く程のスピードを全く緩めない雪似の女の子を文字通り必死に追いかけて追いかけて、もう五分は経っただろうか。死ぬ。


 助けるなら先に助ける内容を話してくれよ。というか体力が底をつきそうでだれか俺を助けてくれって感じだ。


 恐らくだが、テーマパークの端の端の方まで来たと思われる。

 先程涼川が穴が開く程見つめていたパンフレットに、入口から一番遠い所にゲームコーナーがあるのを俺は見ていたからだ。


 そのしょっぱめのゲームコーナーを更に通り過ぎて走っていく雪似の女の子。

 こっちの気温は神無月とは思えない程暑く、数分走っただけでワイシャツは汗を吸ってべったりだ。気持ち悪い。


 いつの間にか人気ひとけがかなり少なくなっていた。

 この辺りにはメインの乗り物もないからだろう。

 立派な木も多く生り、草の匂いと田舎っぽさが少し安心感を与えてくれた。


 安心も束の間、女の子がプレハブチックな建物の裏に入っていき、見えなくなった。

 どうやらその建物は便所らしい。丸と三角でできた青と赤のピクトサインが壁に付いている。


 滴る汗を拭いながら、俺もその建物の裏へ向かう。


 今頃アイツら、俺を探しているだろうか。

 山目や鏡ならきっと気にせず遊んでいるだろうな。

 涼川は真面目だから、俺を探しているかもしれない。もしそうならすまない。あとで謝らなくてはな。


 さて、いい加減何をどう助ければいいか教えてくれ、と俺は心の中で叫びながら建物の裏に到着した。


「おー、きたきたァ」

「お疲れー、ちょっとこっちきなよ少年」


 そこに居たのは金髪の大男と、ベコベコになった金属バッドを引き摺るサングラスの男の二人だった。

 雪似の女の子は居なかった。


 両手を膝について呼吸を整えながら、葉擦れの音を聴く。


 雪もどきさん、一体これはどういう状況なんでしょうか。

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