ゆき?

 翌日、地元では考えられないような地下鉄の混み具合に精神をすり減らしながら、出発から一時間足らずで目的地に着いた。


 予定通り、フリーパスを人数分買い、中に入るとそこは正に別世界のような、日本ではない何処かの外国のような感覚に陥ってしまう壮大な景色のテーマパークだった。

 特に期待していなかった俺でもこれには少々心が躍るものがある。


 目に見えて欣喜雀躍きんきじゃくやくする鏡と山目に、自然と俺も口角が上がる。

 涼川はというと、俺の隣で顰め面で両手で持つパンフレットを凝視している。こんな時までクソが付きそうなほど真面目だ。


「先ずはあれに乗りましょ!」


 と鏡が破天荒に発言し、山目もそれに同調して走っていく。お前ら子供かよ。


 二人が向かった先は一番目立つ大きな絶叫系マシンだった。

 あの高さと角度……俺には無理そうだな。考えただけで足がすくむ。


 隣でパンフレットと睨めっこを決めながら独り言をブツブツ呟く涼川に俺は声を掛けた。


「涼川、お前も行ってきたらどうだ?」

「は、はい。……風林君は、行かないのですか」


 涼川はパンフレットを両手で力強く握ったまま、俺の顔を見上げて訊いてくる。


「ああ…………俺はパスかな。そこのベンチで待ってるよ」


 すぐ傍にあった座り難そうなデザインのベンチに目をやりながら答えた。


「どうしてですか? 折角来たのに」

「俺高い所苦手でね」


 というより、ただ怖いだけだった。


「そうなんですか……私も少し怖いですけど、折角ですから修学旅行の思い出に乗りませんか? またいつここに来れるかもわかりませんよ」


 微妙に積極的な涼川というレアなシーンを目の当たりにし、つぶらな瞳を無下にするのも気が引け、しょうがなく俺も乗ることにした。怖いけど。


 * * *


「いやー最高! 並ぶ時間がなければもう一回乗りたい気分だわ! あっははは」

「いやいやマジで爽快だったぜ! な、夏樹!」


 ……バカ野郎!

 死ぬかと思う位怖かったわ!! 変な汁が大量分泌したぞ!!

 楽しそうにゲラゲラしている鏡と山目の気が知れん。


 涼川……もどうやら楽しかったみたいで、コースターが上る線路の頂上を見つめたまま恍惚とした笑みを浮かべてやがる。


「次はあれよー!」


 鏡が童心を醸し出す笑顔で指を差したのはまたもや絶叫系だった。

 俺はへなへなとベンチに座り、走りゆく鏡と山目を見遣っていると、


「風林君はどうします?」


 涼川は落ち着かない様子で訊いてくる。


「ああ、涼川は行ってきていいぞ。俺はここで休憩してることにするよ」

「……そうしたら、私もここに残ります」

「いいって。気を遣わないで、楽しんできてくれ。ほら、折角の思い出なんだろう?」


 涼川は少しの間、困ったように眉をハの字にして俺と鏡たちと交互に見ていたが、やがて口を一文字に結び、


「わかりました。行ってきます!」


 両手をそのお淑やかな胸の前でグーにしてから、踵を返して走っていった。

 

 背もたれに体重を預け、快晴の空に向かって口をの字にして息を吐く。


 空を飛びたい、等と他力本願な夢を持っている癖にして、少し高く踊り舞う乗り物に乗った程度で肝を冷やす俺を自嘲していると、不意に膝に握力を感じた。

 正確にはスラックスの膝付近の布地を引っ張られる感覚、を感じた。


 視線を空から正面に、そこには小さな手で俺のスラックスを掴む女の子が立っていた。


 その長い茶髪の女の子を見て俺は目を疑った。


「お兄さん、お願いがあるの」


 猫のように大きな目に、今にも零れそうなほど涙を溜めて懇願してくるその女の子は、ここに居るはずのない人物に瓜二つで、俺は絶句してしまった。


「お願い、助けてほしいの」


 ただ、どう見ても小学生高学年かそこいらにしか見えない程容姿は全体的に小さい。


 潤む両眼を真っ直ぐ俺に向けるその女の子は、ゆきにそっくりだった。

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