怒涛の初日

「うぐぅ!」


 両頬に強い圧力と柔らかい痛みを感じ、意識を取り戻した。


 徐々に目を開けるとかがみが俺の顔に向け腕を伸ばしているのが見えた。

 どうやら顔を掴まれているらしい。


「やっと起きたわね。もう到着してるわよ! 遅れるから早くいきましょ!」

「うう、あこっと」


 双方からの握力で蛸のような口になっている俺は何とも奇妙な返事をし、ニカリと笑う鏡が手を放す。

 その後ろで心配そうな顔で俺を見つめる涼川がいる。

 山目は居なかった。


「山目は?」

「さあ? いつの間にか居なかったわ。班行動って言っているのに、何考えてるのかしらアイツ」


 きっと居もしない想い人を求めて彷徨っているんだろう、と心の中で呟いた。


 飛行機を降りて空港までの通路で、腕を組み無駄に格好をつけて壁にもたれ掛かる山目をピックアップし、ここでも無事に現地の空港に着くことができた。


 点呼を取り終え、班毎に各自好きな場所での昼食を済ませた。


 俺達が食べたのはラーメンだった。

 わざわざここまで来てラーメンかと女子二人から小さな文句は出たが、空港内の昼時の飲食店はどこも激しく人が群れており、比較的空いていたここで妥協をしたようだ。


 女子二人の麺を啜る際の髪の毛を耳にかける仕草にときめいたのち、空港と一体のバスターミナルへ移動、そのまま大川高校による貸し切りバスに乗り込んだ。

 バス座席は今朝のものと全く同じだった。


 一時間ほどで目的地である旅館に辿り着いた大川高校一同は、男女別に部屋に分けられた。

 夕刻まで各自休憩し、夕食前に各自温泉に入れとのことだ。


 落ちかけている日が見える露天風呂も有り、生意気にも風情を感じながら移動疲れを洗い流す。

 部屋に用意されていた旅館着に脱衣所で着替え、夕食会場へ足を運ぶ。


 お金持ちの人々はこんな食事をいつもしているんだろうか。

 それが夕食に対する感想だった。

 身も蓋もない言い方をすれば、上品すぎて美味しいかどうか余りよく分からなかった。


 小休憩のち、就寝前に各自班で集まり、明日の自由行動の確認の指示が出た。

 時刻は九時前、お土産などの売店コーナーが閉店準備をするのを横目に、傍の椅子とテーブルに俺たち四人は座った。


 丸刈り頭の山目はさておき、女子二人は旅館着が似合っており、魅力度十五パーセント増しに見える。

 ああ、雪が着たらそれはもうとても似合うんだろうな。


「明日は公共交通機関でUSJに行く。それだけだ。何か質問はあるか」


 俺の確認に、鏡は「なーし」と吐き捨て、涼川は無言で首を振った。

 山目は椅子の上に胡坐をかき、腕を組んで何かを考えている。きっとろくなことではなさそうなので触れないでおこう。


「よし、それじゃ、自由時間開始の九時にまたここ集合で。解散」


 この分だと確かに、班長とは名ばかりでやる事も大してなさそうだな。山目の言う通りなのは癪だが。


 そんなわけで今日は無事に、何事もなく初日を終えた。

 今日は、と言うからにはそのうちに無事じゃない何かが起こるのだろうかと思うだろう。


 正にその通りだった。


 予め言っておくが、俺にとっては無事では済まない事がこれから起こるのだ。

 それはどうしようもなく、避け方も解らないことだった。


 しかしだ。

 その時深月は現れはしなかった。

 それは命にかかわる事ではないということを意味するのだろう。


 ただ、その時ばかりは雪が此処に居なくてよかったな、と俺は思った。

 何とも情けない姿を見られなくて済んだからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る